がんばった結果がこれです。
時は無情にも流れていき、王子様を救ってから6年。
私は21歳になり、辺境伯領にある小さな薬屋で今日も仕事をしていた。
つい先日、二人目の夫と離縁したばかりなのに、自分でもびっくりする働き者だわ。
たくさんの薬草や小瓶に囲まれながら、黒いワンピースを着た私はすり鉢を片手に嘆いていた。
「なんでこうも男運がないの?」
容姿、学力、運動神経、財力、運……この世に生きている限り、他者と比べて不公平を嘆いても仕方がない。
わかってる。
嘆いたところで、女神様は助けてくれない。
でも今、さすがに嘆かずにはいられない事態が発生しているのだ。
カウンターでコーヒーを飲んでいる女性・ナタリーは私の友人だけれど、苦笑いするだけで明確な答えはくれなかった。
そりゃそうよね。
誰も理由なんてわからないもの。
「腹が立ちすぎて、傷薬がこんなにできちゃった」
ずらりと並んだ軟膏のケース。アイボリーの木製ケースが20個はカウンターに並んでいる。
私は普段はわりと忘れっぽく、嫌なことがあってもきっちり胸の奥にしまい込んだりストレスを発散したりできるタイプなのだが、さすがに今は精神的に参っている。
21歳ですでに2度の離婚歴というのは、貴族女性にはあるまじき事態なのだ。
「えーっと、リディア。なんていうか、次はいい人がいるわよ」
なめらかな赤毛をハーフアップにした気の強そうな美女。ナタリーは幼なじみであり、伯爵家と付き合いのある豪商の娘だ。
彼女は私の結婚・離婚に関して真実を知っている、数少ない友人の一人。幼なじみなので、リアルタイムで私の男運のなさを見てきた。
「最初からうまくいかないことはわかっていたのよ。だって顔合わせの時点で、明らかに嫌そうな顔をしていたの。自分より背の高い女は嫌いだって、結婚式でそんなこと言ったのよ」
「あ~、そうだったね。でもたった2センチでしょ?」
私の身長は172センチ。この国の女性にしては長身だけれど、目立つほどのものでもない。が、今となってはそれすらも恨めしい。
「たかが2センチ。されど2センチ」
そう。レイモンドは有望な騎士だったけれど、力押しするタイプではなく技巧派だった。
体格は小柄で、自分より長身の私を嫌がり、結局は手を繋ぐこともなかった。もちろん、それ以上も。
いつも"君"と呼ばれるだけでリディアと名を呼ばれることもなく、完全に他人のまま結婚生活がスタートした。
そして結婚して半年。まったく夫婦と呼べないような同居生活が続いた結果、ある日突然、彼が私にお願いしてきたのだ。
「ありえないでしょ……。浮気相手が妊娠したから、その子を私の子として伯爵家で育てたいだなんて」
「死ね、クソ男!!」
言葉は悪いが、ナタリーがそう言うのも無理はない。
あんまりだ。
私からの婚姻の贈り物すら開けもせず、話しかけても乾いた笑みと嘲笑を向け、あげく浮気して子供を作ったからうちで面倒みたいだと。
さすがに追い出してやった。
二度目の離縁に抵抗がなかったわけじゃないけれど、とても許せなかったのだ。それにその子を愛せる自信もない。
「家族三人で暮らしてくれたら(私の目に映らない場所で)それでいい。いっそ清々したわ」
「ご両親はなんて?さぞ落ち込んでいたでしょう、あなたにそんな男を紹介して結婚させたのはご両親なんだから」
私の結婚は、二回とも政略結婚だった。
一回目は18歳のとき、二回目は21歳のとき。
両親は、家のために無理強いするような性格ではない。私のことを愛しているけれど、男を見る目がないのだ。ただそれだけであり、それが一番問題だったりする。
「もちろん落ち込んでいたわ。『今度こそ、リディアを幸せにしてくれる人を見つけてくる!』って意気込んでたし……ってそんな顔しないで?大丈夫よ、今度なんてあるかわからないけれど、相手は自分で探しますって宣言したから」
ナタリーが世にも悲痛な顔になっていたので、思わずこっちが慰めることになってしまった。
「そういえば一人目の人は、ナルシストすぎて頭がおかしかったんだっけ」
冷めたコーヒーを飲み干すと、ナタリーはおかわりを要求した。私は彼女が一番好きな豆で、温かいコーヒーを淹れる。
「そうよ。一人目の夫は『僕が愛しているのは僕だけだ』ってね」
とても顔のきれいな男性だったことは確かだ。でも、彼は自分しか愛していなかった。
結婚式で誓いのキスを頬にするのも拒否したから、おかしいとは思っていた。
が、初夜で「僕は自分以外と触れ合うのは嫌なんだ!」って言われたときは絶句した。
そして同時に思った。
『私もムリ……!』と。
それでも親の手前、歩み寄ろうとは思ったんだけれど、彼の方がやっぱりダメで。
結婚して三か月後、女装好きな男たちが集まる紳士バーに出入りしていた彼は、見知らぬ男に刺されて重傷を負ってしまった。
いわゆるストーカーってやつだ。キレイすぎて男をも惑わす彼は、交際を断ったことへの逆恨みで腹をおもいっきり刺されたらしい。
死んではいないけれど、その後どうなったのか私は知らない。
騎士である辺境伯爵の父は、妻の私を顧みもせずしかも女装趣味を持っていた彼を許せず、ケガが治る前に私との離縁を成立させたのだ。