魔女にはなりたくありません
お師様と出会い、私の能力は格段にアップした。
回復魔法は相変わらずだったけれど、結界や防御魔法といった薬草採取などで役立つスキルを習得する。
また、毒草から毒の成分だけを取り除き、人の生命力を飛躍的に伸ばす薬の研究も行った。もともとその薬は、お師匠様が身体の弱い妹さんのために生み出したものだそうで、まさに万能薬と呼べる性質だった。
この究極ポーションのおかげで、王子様を助ける前にもすでに幾人もの騎士を助けることができた。
お師様の研究の大半が妹さんのためになされたことと知り、「なんだ、いい人なんだ」と思ってしまったけれど、取り除いた方の毒成分を凝縮して、魔物を巨大化させたり毒性を持たせたりする研究もしていたというから、そっち方面は尊敬できない。
「お師様なら、人体実験もやりそうですね」
私はそんな軽口を叩く。
「あはははは、まさか。あれは効率が良くないんですよ~。近頃はそんな物騒なことをする国はありません」
「……」
経験者だった。
物語の挿絵で、魔女が生け贄を鍋でぐつぐつ煮るシーンがあるけれど、私の頭にはそんなものがよぎる。
「今から三十年ほど前でしょうか、遠い地の、もう亡くなった国では魔導士の命を糧にして魔法石を作り上げるという実験をやっていたそうです。あぁ、私ではありませんよ?私はその頃、まだ純粋に食堂の熟女を追いかけていましたから」
「そんなに若いときから……」
「えーっと、人体実験でしたっけ。生け贄にも質というものがありますので、高位の魔導士を使わないと質の高い魔法石も作れないというわけで……そうなると、魔導士を使い捨てるよりも、雇って普通に働いてもらった方が利になるわけです。これに比べると、毒草は非常に効率がいいです。少し育てるだけで、多くの薬と毒を作れますからね!」
ちょっと倫理観がおかしいような。でもこの人が有能なことは確かで、お師様の助けなしでは私は王子の病を治せないだろう。
「ほら、昔から、毒を食らわば生産地までって言うじゃないですか?」
「根こそぎ!」
「何でも、踏み入れたら最後まで突き進まなくてはいけないのです。例えそれが、人の道に反する研究でも」
ふふふ、と笑うお師様は美しいがおそろしい。
悪気がないって怖すぎる。
そもそも、なぜニースにいたのかと尋ねたら、お師様は研究が好きすぎて以前いた国で問題を起こし過ぎて国外追放になってしまったという。
妹さんが元気になったのでやりたい放題していたら、その国の王族に叱られたんだそうな。
王族に叱られるって、笑いごとじゃないですけれど!?
今はもう国外追放なのか逃亡なのか、ただの迷子なのかよくわからないらしい。たまに使い魔の梟が来るらしく、家族に生存報告はできているから大丈夫だと陽気に笑っていた。
「さぁ、リディアはどんどん知識を覚えて、立派な魔女になってくださいね」
「私がなりたいのは薬師です!」
魔女にされても困る。
そもそも魔女って職業なの?
この世界には魔女狩りとかはないけれど、あまりいい印象でないことは確かだ。
変わり者の薬師のおばあさんが、魔女と呼ばれることはたまにある。
「あ、リディア。エドフォード様が究極ポーションで気絶している間に、あなたはゆっくり休養しておいてください。人を看るのは、自分で思っているよりも緊張が伴います。あなたが倒れてしまっては私が悲しいです」
急にまともなことを言ったお師様は、私の頭を撫でてから部屋を出て行った。
わりと働き者だから、まだケガをしている人がいないか騎士の詰め所に確認に行くのだろう。
私はお言葉に甘えて、簡易ベッドで休息を取ることにした。
◆◆◆
翌日から、エドフォード様は薬を飲んでは気絶し、薬を飲んでは気絶し…を繰り返した。
これまで究極ポーションを飲んだ人もこうだったから、これは通常の治療ではある。
ときおりエドフォード様を見に来た黒騎士様は、相変わらず漆黒の鎧と兜のままで一向に素顔は不明。
けれど、もうこの状態が通常なのだと見慣れてきたから私の適応力もすごいなと思う。
「……これで主は助かるか?」
看病のためにベッドサイドの椅子に座っていた私の頭上から、バリトンボイスが降ってくる。
「おそらく。あと5日ほどこの薬を飲み続ける必要はありますが」
「5日……!?」
あ、やっぱりマズイとは思ってたんだ。オーラがそう言っている。
「病を治すにはこれしかありません。エドフォード様にはがんばってもらうしか……」
病に罹ることがわかっていたから、初期症状の微熱が出た時点で治療を始めることができた。
体力のあるうちに薬を飲んでいるから、治りは早いはず。
「もうすぐ治りますからね」
汗だくで呻いているエドフォード様の額をタオルで拭う。
すると黒騎士様がふいに疑問を投げかけてきた。
「おそろしくはないのか?」
小首を傾げていると、彼は追って口を開く。
「王族を治療することだ」
まぁ、普通はやりたがらないよね。
病が発症したときも、騎士の上層部では「一刻も早く王子を都に戻すべきだ」なんて意見もあったし。旅してる最中に悪化して死ぬことがわかっていても、この砦で死なれては困るっていうことだった。
「助けられるとわかっていましたから」
ちょっとだけ見栄を張った。
何に置いても100%はないから、不安はあった。でも助けなければ申し訳ない、という実に個人的な感情からがんばったとは言えないよね。
「それに……王子様でも死にどきは選びたいでしょうから。今じゃないはずです」
前世で突然死した私は、今度は寿命を全うしたいと思っているし、できれば自分とかかわりになる人にもそうであって欲しいと思っている。
黒騎士様はそれ以上何も聞くことはなく、でも私の荷物を運んだり、他の部屋へ物資を運んだりするのを手伝ってくれた。とてもいい人だった。