女神様、異物混入事件です
「お師様!エドフォード様が飲んでくれました!」
薬師たちの待機部屋に戻ると、そこには私に薬草学や魔法、薬のことを教えてくれた師匠がいた。
お師様のティグラルド・モルダーは、遠い国から放浪の旅をしている魔導士兼薬師で、初めて会った人にはだいたい女性だと間違われるほどの美貌の紳士だ。
「おかえりなさい、リディア。うまくいって何よりです」
私がエドフォード様のところへ行っている間、お師様は回復魔法を広範囲に使用して、軽傷の騎士たちを百人以上まとめて治療していた。
魔導士としてもかなりの腕を持つお師様は、性格に難はあれどその実力は計り知れない。
「あぁ、今日はもう休んでいいそうですよ。帝国軍の完全な撤退が確認されたので、後はもう神官たちが全部任されてくれるそうです」
聖オラトリオ教会から派遣された神官たちは、これまでわが身かわいさで前線には出なかった。
もちろん、エドフォード様のことも責を負いたくないからといって治療しない。
「後は全部って、もうやることないじゃないですか。介護とかお世話とか、神官の仕事じゃないですよね」
私が呆れてそう言うと、お師様はほわんとした笑みを浮かべて言った。
「そうですね。でも何もしなかった、というわけにはいかないのでしょう。それに彼らがいたということで、教会から巨額の金品はいただけますから十分ですよ」
口止め料、も含んでいるんだろうな。
教会からきた神官たちは決して無能ではないけれど、とにかく危ない場所には行きたがらない。
これは昔からの組織体質という方針だから、今さら変わるものでもなさそうだ。
「あぁ、今日は村の小さい子たちのために炊き出しもしたんです。昔のリディアくらいの女の子が『私も薬師になりたい』って言ってくれて。なんだか懐かしい感じがしましたよ」
お師様は、うれしそうに微笑む。
こんな風に笑っていれば、本当に素敵な人なんだけれど……。
お師様とは、お母様に女神の加護を使ってしまった後、山に入って薬草を探していたときに出会った。
その日、私は清流で育った薬草を求めて随分と山奥まで入って採取をしていた。
そこで行き倒れていた世にも美しい男の人が、このお師様である。
『生きてる?死んでる?』
くすんだグレーのローブの袖をつんつんと引っ張っていると、長髪をゆるく一つに結んだ男の頭部がかすかに持ちあがった。
『うっ……』
女性のようなきめ細かな肌で、誰もが振り返るほどの美丈夫。
見た目は25歳くらいで、水色にも青にも見える髪は思わず触れたくなるほど艶やか。
でも顔色は悪かった。
『え、行き倒れ?もしかしてお腹が空いているの?』
水と食料を与えると、急激に元気になってイキイキと話し出した。
『いや~、お嬢さん。助けてくださってありがとうございました!私はさすらいの魔導士であり薬師なんですが、このあたりで清流を確保しようとしていたら食事をするのを忘れてしまって、あやうく死にかけました~』
のほほんとした表情で、死にかけたことを何でもないように話す当時のお師様は、見るからに異質で。
けれど、恐ろしい人間でないことはすぐにわかった。
『私はリディア、薬師なの。お兄さんは?』
そう名乗ると、彼はうれしそうに目を細めた。
『小さいのに偉いですね~。私はティグラルド・モルダーといいまして、ここより遥か東の国からやって来ました。あぁ、お兄さんではありませんよ?もう47歳です』
47歳!?
どう見ても25歳くらいなのに、見た目年齢と差がありすぎる。
『エルフなの?』
『いえ、人間です』
私がじ~っと見ていると、ティグラルドと名乗った彼は「あはは、でも本当です」と笑った。
『おや、その籠には薬草……ということは採取の最中ですか?お食事のお礼にですね、あなたのお仕事をお手伝いいたしましょう!』
『え、あの私は』
軽快にそう言われるも、出会ったばかりの人にそこまで気を許せない。見た目は12歳でも大人な私は、彼の申し出を断ろうとする。
が、彼は一気に捲し立ててきた。
『わかっています!怪しいですよね、私は怪しいですよね!?それはもちろん自覚しております。あなたのような美しい少女は簡単に人を信用してはいけません』
いつ息継ぎをしているんだろう、それほどまでに饒舌に語りだす。
『あぁ!大丈夫です。私は業界では名の知れた熟女好きでして、五十歳未満は恋の対象ではございません!ですからあなたのような幼気なお嬢さんに、よからぬことをしようなんて微塵も、微生物程度にも思いませんのでご安心を。え?どんな熟女が好みかですって?それは熟女が百人いれば百通りの魅力がございますので一概には言えませんが、年齢に伴った老いをお持ちになった熟女には特に惹かれます。(中略)
シワとお金はいくらあってもいい、人情とシミは濃い方がいいというのが私のモットーでございまして、つまり何が言いたいかと言いますと、決して若返りの薬は作ってはいけないという信念で薬師をやっています』
『長っ!話が長いっ!ってゆーか、その信念いる!?』
女神様。
これもシナリオに存在するのですか?
異物混入ではないでしょうか?
心の中でそう尋ねるも、当然お返事はない。
この変人が後に私のお師様となるのだが、このときはとにかくおかしな男だと思った。
『お手伝いいたします。……ダメですか~?』
『うっ……!』
イケメンの上目遣い、涙目、探るような声色という必殺技を食らった私は、あっけなく同行を承諾する。
『えーっと、私には害のない変態だということはよくわかりました。一緒に下山しながら、薬草採取をしましょう。あ、魔法って使えますか?魔導士っていうくらいだから使えますよね?』
『はい、もちろん。お礼にいくつかお教えしましょう』
彼は見惚れるほどの美しい笑みで、私に手を差し出した。その手は白く細いけれど大きくて、きれいな顔に似つかわしくないほどささくれの目立つ、働き者の手だった。
「懐かしいですね。足をくじいていたリディアを私が助けたあの出会い」
「勝手にねつ造しないでください」
記憶が都合よく捻じ曲げられていた。