黒騎士様に出会いました
翌朝、私はエドフォード様のもとを訪れ、最終的な意思確認をすることとなった。
が、部屋に来るとどうも様子がおかしい。
「どうかなさいました?」
私が尋ねると、神妙な顔つきで彼は言った。
「よく考えたんだが、その薬が苦そうだなと思って」
「は?」
待って。命がかかっているときに味!?
そこは我慢してよ!
「わかってる!私だってわかってるんだけれどね!?あ、そんな目で見ないでくれないかな!?」
じとりとした目を向けていると、エドフォード様が拗ねた顔になった。
「この薬を飲めば治ります」
はい、このドス黒くて謎の気泡が浮き上がっているのが究極ポーションです。
ヤバいです。味も見た目もヤバいです。
エドフォード様は顔を引き攣らせ、私がずいっと差し出した銀製のカップを両手で制した。
「毒にしか見えない!」
彼はベッドの上で顔を歪ませて抵抗する。イケメンを虐待しているようにしか見えないけれど、これはあくまで医療行為である。
「この世の憎悪や憤怒を凝縮したかのような色だ」
「はい、私もそう思います」
「正直だな!?」
「だってこの見た目ですよ?でも究極ポーションです」
しばらく押し問答は続いた。
「いやいやいや、毒殺するならもっとさ……、巧妙な手口にしてくれ。シンプルに毒を手渡すとか雑だな」
「何をおっしゃいますか。毒を盛るならもっと確実に、警戒されないようにやります。それにこの見た目で回復薬だなんて、ギャップ萌えだな~くらい思って飲んでもらえません?」
「ギャップ萌え……?よくわからんがさすがにこれは飲めん」
そんなこと言われても。
回復魔法は病気には効かないから、薬を飲むしかない。
もし魔法で治ったとしても、聖女様はプライドが高くてこんな死地には来てくれないから無理だ。
「エドフォード様。毒を含む植物や液体は、こんなに黒ずんでいません。むしろ艶やかで美しいくらいです。
今の時期なら紅色二枚貝の触手なんていいのではないでしょうか?紅茶みたいな香りがして、味はなく、暗殺にぴったりです」
「詳しいな」
「ええ、紅色二枚貝の蝶つがいには皮膚病に効く成分が含まれていますから」
これも本当。
どうしてだか、毒薬がつくれる原材料には身体にいい成分を含んでいるものも多い。
お師様から教わった知識は、どの高貴なお医者様が書いた本にも載っていないことばかりで、善行と悪行のどちらも経験したから知っている実体験なのだ。
「あなたは……この国を背負って立つ方。病ごときで命を失くしてはいけません」
キリッとした顔で私はエドフォード様を見つめるが、心の中は冷や汗ダラダラだ。このまま死なせてしまうのだけは申し訳ない。
女神の加護はもうないんだから、これしか助かる方法はないのだ。
王子様はまだ少しためらっていて、咳き込みつつも薬に手を伸ばさずにいた。
前世の私なら「薬くらい飲め」と言って苛立ちそうだが、実際にこのドス黒い液体を目の前にするとためらう気持ちはよくわかる。
「お願いします。毒ではないので飲んでください」
メンタルは死にますけれどね。
どうしたものか、と思ってると、私の背後から突然低い声がする。
「ここで死ぬ気か?せっかく誰もが認める功績を立てたというのに」
振り返ると、そこには漆黒の鎧に身を包んだ騎士がいた。
「黒騎士様……」
兜で顔は見えないけれど、二十代後半だろうか。
身長は190センチくらいあって、とにかくオーラが物々しい。
彼はベッドの上にいるエドフォード様を見下ろして言った。
「戦場ではなくベッドで死ぬなど騎士の恥だ」
「私は騎士ではない。王子だ。こんな毒みたいな薬は飲めん!」
「毒でもなんでも飲んでみろ」
なんだか意固地になっている気がする。
黒騎士様はしばらくエドフォード様を睨んでいたが、ふと何かに気づいて私に向かって尋ねた。
「これは、まだあるのか?」
「え?は、はい。十人分くらいはあります」
材料がめずらしいわけではないから、二日もあればさらに十人分は作れる。
黒騎士様は私が持っていたカップを取ると、兜の口元部分をガコンッとずらし、どう見てもえぐみと苦みが強そうなドス黒い液体を躊躇なく飲んだ。
「「わぁ、飲んだ!」」
エドフォード様と私の声がハモる。
黒騎士様は5秒くらい固まっていたけれど、飲み終えたカップを私に手渡し、兜を元に戻した。
「エドフォード様も飲んでくださいね」
「うわぁ、ここまでされたら飲まないわけにはいかないじゃないか……」
「あなたが冗談ばかり言っているからですよ。どうせ最後には飲むんです、今すぐ飲んで早く回復してください」
「わかったよ、ほんとにもうラウルは容赦ないんだから」
エドフォード様だって本気で拒否していたわけじゃないけれど、往生際悪く逃げ道を探していたところを塞がれてしまったみたい。
私はここぞとばかりに新しい薬を用意して、王子様に手渡した。
「……すごい色だね」
「はい。効果を優先するとこうなりました」
覚悟を決めたエドフォード様は、一気にそれを飲み干す。
そして、気絶した。
うん、黒騎士様がおかしいだけで、多分エドフォード様の反応は間違っていない。
気絶するくらいまずいのよね……。
私は王子様にそっと毛布をかけ、手から落ちて床に転がっているカップを拾った。
「三日三晩苦しんで、それで治るのか」
黒騎士様がそう尋ねる。
「はい、おそらくは。副作用がでなければですが」
彼は無言で部屋を出て行こうとする。
私はその背に向かって、慌てて声をかけた。
「ありがとうございました!」
黒騎士様は何か言うことはなく、そのまま黙って出て行った。
あのまずい薬を一気飲みして、平然としているなんて。
見た目は怖いけれど、顔も見えない黒騎士様にキュンときた瞬間だった。