まともな人と結婚……!?
初雪が舞い始めた頃、私とラウルの結婚式が行われた。
ニースの北部では雪が降る冬場はやることがなく暇なので、結婚式シーズンとなっている。
天井のステンドグラスから光が降り注ぐ礼拝堂。最奥には、クリスタルで作られた女神像がある。
女神様。
ようやく私も幸せになれそうです。
多くの参列者に見守られながら、私はラウルと腕を組んで中央の赤絨毯の上を歩いていた。
「「…………」」
ラウルは漆黒の鎧に兜という、黒騎士スタイルだ。
……なんでコレ!?
顔も見えない人と私は結婚するらしい。
声や所作で、さすがに中身が本人であることはわかる。でもなんで鎧!?
神父も含めてここにいる全員が「なんでだ」って思っている。
私はこの日のために誂えた、純白に金糸の刺繍が履いた長袖のドレスを纏っている。髪はゆるく編み込まれ、白いウィンターコスモスを幾つも飾って華やかに仕上げた。
ティアラやネックレス、腕輪などはラウルと王都でオーダーしたもので、結婚の贈り物だ。
ラウルのためにがんばって着飾ったのに、ちゃんと見えているのか……
まぁ、見えてるか。兜をつけても見えないと戦えないから、多分見えているはず。
微妙な空気が流れる中、オルガンの音楽が鳴り響く中、礼拝堂で式はどんどん進行していく。
「幸せなお二人に、女神様の加護があらんことを」
神父の言葉に、私は心底そう思った。もう結婚はこれで最後にしたい。
ラウルは予定通り、私の手を取り指輪をつける。私も彼の手を取り、無機質な鎧のひんやり感を確かめながら指にそっと指輪をはめた。
何も突っ込むまい。
気にした方が負けである。
「それでは誓いの口づけを」
「っ!?」
え、どうするの?
私はラウルと向かい合った状態で、彼の目を凝視する。
顎パーツをガコンッと外せばできるのかな!?
動揺していると、ラウルは普通に兜を取った。
会場中から「取るのかよ!」という心の声が聞こえた気がした。
短い銀髪がさらりと揺れ、相変わらずの美男子っぷりに参列者の女性からはため息が漏れる。
私は彼にだけ聞こえるくらいの小声で、なぜ鎧なのかと尋ねた。
「人前に出るのは苦手だ。それに」
「それに?」
「……リディアの初恋は黒騎士なんだろう?」
「私のため!?」
私が喜ぶと思ったってこと!?
初恋を叶えてくれようとしたってことか。またおかしな角度からサプライズをしてくれたものだ……
まさかの理由に、唖然となる。
「黒騎士様もラウルも同じ人なのに」
呆れてそう言うと、ラウルはクスリと笑った。
そして、私の頬に手を添えて上を向かせると、慣れた所作で優しい口づけをくれた。
人前ですることはないので、ちょっと緊張してしまう。
ところが唇が触れ合ったその瞬間、頭上からポンポンッと軽い音が次々と鳴り、白い花がたくさん降ってきた。
驚いて周囲を見回すと、魔法で作り出されたように見えるそれらはふわりふわりと舞うようにして落ちてくる。
「きれい」
「あぁ」
手のひらに舞い落ちてきたのは、真ん丸い袋状の花。
「なんで今、カルセオラリア?」
温かい時期にしか咲かないのに。
それに女神像から湧き出ているような気がするのは、お師様のサプライズかな。
参列席を見ると、お師様は「きれいですね~」と普通に喜んでいた。どうやら違ったらしい。
「まさかね……」
女神像を見ると、まだまだ花がポンポンと宙で咲いている。
「これにて、お二人は晴れて夫婦となりました」
神父様の声で、私とラウルは正面を向き直る。
これでようやく、まともな人と結婚でき………………
「どうした?リディア」
隣には、結婚式なのに黒騎士様。いつのまにか、また兜を装着している。
まともな人、かしら!?じぃっと見つめて確認してしまった。
まぁ、いいか。彼も私も大概まともじゃないかもしれないけれど、好きな人と結婚できたのでよしとしよう。
私は幸せ者である。
「なんでもない。すごく幸せだと思って」
微笑みかけると、彼も笑った(ような気がした)。
◆◆◆
宴が終わり、私はほろ酔い気分で部屋に戻ったところを侍女たちに確保され、浴室に放り込まれた。
ここ数か月は、髪や肌のお手入れをより入念にしてきたのだから、今さらがっつり磨かなくても……と思ったが、やる気を見せた侍女たちの手を止めさせることはできず。
「さぁ!世界一の美女に仕上がりましたよ!!」
「あ、ありがとう」
そんなバカな。と思ってもそれを言うのは野暮というもの。
シルクのネグリジェを着せられ、髪を丁寧に梳かれた私は自分でも「なんかイイ匂いがする」とわかる状態にされた。
過去2回の結婚でも同じようなことがあったけれど、結局のところ一人で朝までぐっすり眠ることができたわけで。
しかし今。ラウルが相手となればさすがにそれはないだろうなと思う。
正真正銘、初夜というイベントが私の前に立ちはだかっている。
けれど、ここは領主館の私の部屋。
逃げることなどできないし、こんな姿で廊下を歩いた日にはラウルに叱られること間違いなしだ。
現在、私の部屋のお隣は改装されて、夫婦の寝室になっている。
普段なら薬屋に住むところだが、今日は結婚式があってそれらの準備はすべて領主館で行ったために、ここへ一週間はお泊りが確定している。
本来であれば、すぐに寝室へ行ってラウルを待っていなければならないのに、私はまだ自分の部屋をうろついていた。
大丈夫。
ラウルは私と違って大掛かりな準備が必要ないので、私が宴の席を離れたときもまだエドフォード様に捕まっていた。昔話に花が咲いたのか、彼の周りには騎士が集まっていてわいわい楽しそうだった。
あのテンションから、初夜にシフトチェンジって無理じゃない?
もしかすると、あのまま宴の場に留まって、寝室へはこないかも……
なんて考えが頭をよぎる。
そうだ。2度あることは3度あるっていうし、今回も初夜はスルーなんてことがあるかもしれない。
それはそれで女としてどうなのって思うけれど、この緊張感に耐えられそうにないのでこのまま眠ってしまえればどれほどラクかと思ってしまった。
ふわりとした長い髪は、香油を塗り込んであるからさらさらツヤツヤで。
結んでいないと、動くたびにイイ匂いが鼻を掠める。そして緊張する。この無限ループ!
「はぁぁぁぁぁぁ……」
おじさんみたいな低い吐息が、腹の奥底から漏れだした。
これはいけない。私の中のこじれて腐りかけた卑屈な精神が溢れ出す前に、早く寝室へ行ってしまわないと。
意を決し、寝室へと続く扉を開く。
――キィ……。
ダークブラウンの木の扉。毛足の長い絨毯を、ルームシューズで一歩ずつ踏みしめる。
大げさなほど美しく飾り付けられた天蓋付きベッドは、寝起きの間抜けな顔を使用人に見られないための設備のはずだけれど、初夜のための演出に見えてしまって仕方がない。
ベッドサイドには水差しがあり、お酒の瓶やグラス、謎の小瓶があった。
いや、違う。知っている。小瓶、あれは私が作って薬屋に卸しているものだ。知らないふりをしていたかった……。
何って、初夜でそういうことをするときの痛み止めである。
それ専用というわけではないけれど、初夜でアレするときや便秘でどうにもならなくなったときの痛み止め兼潤滑油とか、耳や鼻の奥の手術をするときのちょっとした麻酔みたいなもの。
まさか自分で使用する機会が来るとは思っていなかったから、見なきゃよかったと後悔が押し寄せてくる。
「はぁぁぁぁぁぁ……」
両手で顔を覆い、意味もなく身体をくねらせて悶えた。
ラウルがまだここに来ていないことが唯一の救い……と思ったその瞬間、扉を叩く音がする。
「ひぃっ!」
ベッドの前で、私は立ち尽くす。
振り返るのもおそろしく、恥ずかしい。
落ち着け。
大丈夫。こんなことはイズドール公爵邸に強制招待されたときに比べたら、どうってことない。
「リディア?」
「あああっ!!」
呼びかけられて、つい叫んでしまった。マインドコントロールが足りていなかったみたい。
振り向けずにいる私の元へ、ラウルはゆっくり近づいてきた。
肩にふわりと彼の腕が回され、後ろから抱きすくめられると心臓が破裂するかと思うほど跳ねた。
頭が真っ白になるとはこのこと。
ついでに目の前も真っ白になりそうだ。
あああ、でも私の精神力は女神様お墨付きの逞しさ。やはりここでも倒れることはできなかった。
ゆっくりとした手つきで、彼の指が私の髪を掬いあげる。
「これは?」
多分、イイ匂いがすることを聞いているんだろう。
私も端的に答える。
「アイリスとホワイトローズ」
彼は口元に髪を持っていき、スンスンと香りを確かめていた。こんな風に露骨に匂いを嗅がれるのは初めてだ。これまでも距離は近かったけれど、ここまでするのはやはり結婚したからなのか。
「……どう?」
香りは好き嫌いがあるから、気に入らなかったら困る。
おそるおそる尋ねると、くるっと身体の向きを変えられて抱きしめられた。
「っ!?」
「好きだ」
「……匂いが?」
「匂いも、何もかも」
一段と胸がドキンと大きく跳ねる。
「ようやくリディアを抱ける」
「……そんなはっきり言わなくても」
正直者か!
私はラウルの肩に顔を埋め、しばらくそのまま動きを止めていた。
ラウルは何も言わず、私の背中や頭を撫でて落ち着かせるかのように優しくしてくれた。時間がかかって申し訳ない。
どれくらい時間がかかったか、ようやく私が顔を上げてラウルの目をまっすぐ見たときには、もう待てないとばかりに唇を強く重ねられた。
「リディア」
熱っぽい目。
ついにこの人のものになるときが来た。
と、思ったのに。
寝室の扉が激しく叩かれて、私たちははっと正気に戻る。
「ラウル様!大変です!」
「なんだ!」
彼が私を抱き締めたまま、扉に向かって叫ぶ。
どうやら廊下にいるのは、うちの私兵らしい。
「竜です!竜がリディア様の薬屋に………!!」
「「竜!?」」
ラウルは自分の着ていたガウンで私を包むと、すぐに扉の方へと向かう。
何が何だか、茫然とした私はへなっとベッドに座り込んだ。





