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男運ゼロの薬師令嬢、初恋の黒騎士様が押しかけ婚約者になりまして。  作者: 柊 一葉


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それぞれの終着点

「リディア、大変だったね。無事でよかった」


事件から5日後、私はエドフォード様に呼び出されて王城の一室へやってきていた。もちろん、ラウルもすぐ隣に座っている。


カイアス様は、ナタリーの件でマイヤーズ辺境伯爵領まで行って帰ってきたその足で私を助けに来てくれていたそうで、しかもその後もイズドール卿の尋問や諸々の手続きに追われてげっそりしている。


気のせいか、片眼鏡のレンズが曇って見える。不憫だ……。


エドフォード様は長い脚を組み、「どこから話そうか」と思案する。ラウルはすでに何度も城へ来ていて、イズドール卿の尋問にも立ち会ったのですべてを知っているという。


私のためだけにこの場を設けてくれたと思うと、ありがたい。


「ディノのことはどこまで知ってる?」


「ラウルの弟子で、イズドール卿に唆されて……ということは聞きました」


今、彼はエドフォード様に匿われていて、カイアス様の家の持っている邸の一室にいる。ようやく最近話ができる状態まで回復したそうで、イズドール卿が関わったという証言を引き出せたのだとか。


「ずっと不思議だったんだ。必ずディノは誰かと一緒に行動していた。どこでイズドール卿に接触できたんだろうって。でも一年くらい前に、教会の聖女たちが中央治癒院への慰問を行ったときがあってね。そのとき、ミケイラとディノが接触していたんだ」


「ミケイラ様が?」


イズドール卿は、娘のそばにデオトアを置き、そしてデオトアを通じてディノくんに接触した。村を焼き払ったのはラウルだと思い込まされ、さらには効率よく鍛錬を助けるものだと幻覚剤まで飲まされていたという。


ミケイラ様から差し入れだと言われてもらった食べ物を、騎士見習いのディノくんが捨てることはできない。


「ディノくんにラウルを殺させようとしていたと?」


「いや、それはない。短剣でラウルを殺すのは無理だよ。弟子に傷つけさせて、ラウルを追い詰めたかったんだと思う」


エドフォード様によると、ラウルが傷をすぐに治癒しなかったのはイズドール卿にとっても想定外だったと。そして失意のラウルが王都を離れ、私の元へやってきたのも本当に偶然だったらしい。


「イズドール卿からすれば、ラウルに弟子を殺させたかったんだ。けれど、ディノはすぐに僕らが匿った。幻覚剤の影響で、彼は自分がラウルを斬ったことは覚えていないんだ」


「そう、ですか……」


ディノくんは身体の傷よりも、薬物中毒の方が問題で、まだ普通の暮らしはできそうにないという。

ラウルは彼に真実を話さないでくれと望み、昨日は数か月ぶりに再会を果たした。


無罪放免とはいかないけれど、ディノくんを罰するとラウルがいらぬ苦しみを背負うことになる。このまま秘かに治療をし、元気になったらグレイブ侯爵家の領地で護衛騎士に採用することが決まった。


「デオトアを生け捕りにできたし、イズドール公爵家の私兵からはリディアを捕らえるよう指示されたと証言もある。イズドール卿は、全責任を負って引退。領地の一部と財産の没収、親戚筋へ爵位の譲渡……そんな感じでおしまいかな。斬首はリディアが嫌がるからダメだってラウルが」


「そうですね、それは望んでいません」


ラウルを苦しめた人ではあるけれど、後味が悪すぎるから斬首はやめてほしい。


「ミケイラ様はどうなりますか?」


利用され続け、毒まで飲まされたのはかわいそうに思えた。

ラウルへの恋心と思い込みは見過ごせないけれど、若気の至りで許されてもいいようなことだと思う気もする。


探るようにエドフォード様を見ると、彼は困った風に笑った。


「ミケイラは心神喪失扱いで、隣国の救護院へ行ってもらうよ。言い換えれば幽閉だね」


「そう、ですか……」


「あぁ、でも心配はいらない。向こうでおとなしくしていれば、それ相応の相手の元へ嫁がせるよ。権力争いなんて皆無の相手にね」


本人がそれで納得するだろうか。

あんなにラウルとしか結婚したくないって言っていたのに。


「ま、全部が全部スッキリするのは無理だよ。世の中そんなに便利な仕組みにできていない。ミケイラに関しては、重い刑罰が下らなかっただけ温情たっぷりって思っておかないと。ごめんね?」


「いえ、エドフォード様が謝られるようなことではありません」


「今回のことに関しては、ラウルの私怨よりももっと根深いところに、僕が王位継承権の争いに勝つために色々と利用して、その残骸がはびこっていたのが原因にあるんだ。これからは権力が古い者たちに集中しないよう、しっかり見張るつもり。リディアにはこんなことを思い出す暇もないくらい、ラウルと幸せになってほしい」


「エドフォード様」


にっこり笑ったその顔は、疲労が滲んでいる。

財務大臣が起こした事件で、議会は少なからず荒れるだろう。誰が政局を牛耳るのか、これからエドフォード様は大変だ。


カイアス様は…………立ったまま寝てる。

見なかったことにしよう。


「リディア、三度目は絶対にうまくいくよ」


自信満々にそう言われ、私はくすりと笑ってしまった。


「なぜそう思うのです?」


エドフォード様はにんまりと笑う。


「初恋は叶わないもの、けれど叶えたら生涯幸せを手にするだろうって。ラウルの母上がかつて出演していた舞台で、そんなセリフがあったから」


「母が引退したのは、俺たちが生まれる前だが」


ラウルが突っ込む。


「僕がフラれ続けるから、ラウルの母上に『舞台でも見て勉強しなさい』って言われてね。お勧めの舞台を観に行ったんだよ。もちろん、僕が観たのは別の女優さんだけれどね。あぁ、知らない?グレイブ侯爵が、奥方を見初めた舞台らしい」


「……」


突然の両親の恋愛エピソードに、ラウルが沈黙した。

あの寡黙なお父様が、お母様を舞台で見初めたって……後でお母様に聞いてみよう。


「だからね、リディア。初恋は逃しちゃいけないらしい」


「え」


あれ、初恋って……エドフォード様は知っていたの!?

私が6年前、顔も知らない黒騎士様にちょっと恋心を抱いていたのを。


「「…………」」


隣に座るラウルの視線が痛い。

これって後で追及されるパターンだろうか。エドフォード様のせいで、私はつい渋い顔になる。


エドフォード様は「いい仕事したな~」感を醸し出しているけれど、おかげさまで気まずいです。


「そろそろ下がります」


痺れを切らしたラウルが、そう言った。私も彼に続いて立ち上がり、部屋を後にする。


「またね。結婚式は参列するから」


「「は?」」


扉の前で、私とラウルは驚いて振り返る。

ひらひらと手を振るエドフォード様は、どうやら本気らしい。


ラウルは呆れ顔で彼を見つめると、無言で私の腰に手を回して廊下へ出る。

えーっと、捕獲されているような気がするのは気のせいかな。


沈黙を続ける私、じっと見つめるラウル。

馬車に乗りこむまでの時間がこれほど長いと思わなかった。


――ガシャン。


重厚な扉が閉まり、ふかふかの馬車に座って私は窓の外に目を向ける。

すると隣に座って身を寄せてきたラウルが、耳元でそっと尋ねた。吐息がかかる距離で、思わず全身がビクッと跳ねる。


「リディア。初恋とは……?」


来た。

聞き逃してくれなかった。


「…………」


「リディア?」


長い髪を、彼が長い指で(もてあそ)ぶ。その顔は笑っているようにも思えるが、直視できずに私は視線を窓の外に向けたままで。


流れゆく車窓。

いいお天気ね、と現実逃避をしていたら、カーテンを閉められた。


「リディア。聞こえている?」


するっと腕を回されて、横から抱き締められるといよいよ逃げ場がない。ちらりと隣を見ると、顔を向けるタイミングを待っていたかのように頬や目元に口づけられる。


あ、これダメなやつだ。

早く白状しないとエスカレートするパターンだ。

背や二の腕を這う手つきが怪しい。


「初恋とは?」


「それは……ずっと前のことで、ひゃっ!?」


首筋に噛みつかれ、甲高い悲鳴が漏れた。ラウルは楽しそうに目を細め、さらに私を追い詰める。私の両手首を掴んで壁に押しつけると、首筋から胸元へどんどん口づけが落ちていった。


「ふぬぬぬぬぬ……!!」


「……相変わらず力が強いな」


「おかげさまで」


必死で抵抗を見せる私。ラウルは口角を上げ、からかうような笑みを浮かべていた。


「無駄な抵抗はやめて、さっさと自白すればいいものを」


その言い方はどうだろうか。犯人じゃあるまいし。


むぅっと膨れていると、今度はがっつり唇を貪られてしまう。


「んんっ……!んう~」


初心者にこれは無理。意識が朦朧として、身体があつい。

さっさと白状すればこんなことにならずに済んだのに、と後悔してももう遅い。


「……話す気になったか?」


「そうね、不本意ながら」


彼は満足げな表情で、自分の口元を手の甲で拭う。

本当にこれが色事に縁遠かった騎士のすることかしら!?無駄に色気がすごいんですけれども!?


満身創痍の私は、すでに座面に押し倒されている状態だ。色々と、全部のマウントを取られてしまっている。


「別に大したことじゃないのに……。6年前に砦にいた黒騎士様を、ちょっとかっこいいなって……、初恋というほどのものでは」


この期に及んで言い訳がましいと自分でも思う。「きゃっ」みたいな感じで、語尾にハートでもつけて「あなたのことが初恋なんです」と言えればいいのに。


いや、でもそんな私は気持ち悪いか。今さらキャラ変が過ぎる。


「好き、というよりはその憧れみたいな?あのマズイ薬を飲んでも動じないところとか、潔さとかそういうのがいいなって……ちょっと思っていただけで」


ラウルは私を見下ろして、笑みを深めた。


「そうか」


「そうですが、何か」


なぜ私は喧嘩ごしなんだろう。

馬車の揺れのせいにして、このまま眠ってしまおうか。


「何が何でも幸せにしないとな」


そう言って笑ったラウルは、出会った頃とは別人みたいに穏やかだった。

紫色の瞳がまっすぐに私だけを映している。


「ラウル?」


おそるおそる身を起こし、ラウルに手を引かれて座りなおす。

乱れた髪を直すのも忘れそっと彼の肩に頭を預けると、彼もまた私の方に寄りかかってきた。


「初恋は叶うこともあるらしい」


「え?そ、そうね。めずらしいこともあるものだわ」


何となくそう答えると、クックッとかみ殺すような笑い声が聞こえた。


「そんなに笑うこと?」


床に視線を落としたまま尋ねると、予想外の言葉が降ってきた。


「リディアじゃなくて」


「私じゃなくて?」


一体何のことを言っているのか。

彼はその後、一言も発することはなく、心地いい揺れに身を任せた私はグレイブ家までうつらうつら惰眠を貪るのだった。




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