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男運ゼロの薬師令嬢、初恋の黒騎士様が押しかけ婚約者になりまして。  作者: 柊 一葉


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不気味な人

イズドール公爵邸は、王城が見える一等地にある。淡い赤味がかった(だいだい)色のレンガで四方を囲まれた敷地は、外部からの襲撃を防ぐためなのかそれとも内部で起きたことを外へ漏らさないためなのか。


ここで殺されても、誰にも気づかれないだろうな。

不本意すぎる強制連行に、ついそんな印象を抱いてしまった。ノルンも同じことを考えているようで、その表情は硬い。


私をここまで連れてきた初老の男性は、ミケイラ様のかつての世話役であり、現在はイズドール公爵家の家令補佐を務めているという。名はデオトアといい、代々この家に仕える家系だと聞いた。


「お嬢様は、狭い世界でお育ちになりました。あなた様への非礼の理由にはなりませんが、ミケイラ様のお言葉には悪意などございません。どうかご承知を」


非礼の理由にはならないと言っておきながら、それでも悪意がないから許してくれと。

さすがはあのお嬢様のお世話をしてきた人の言うことだと思った。


けれど、貴族令嬢にはミケイラ様のようなタイプは決してめずらしくない。


娘を素直で扱いやすい子に育てるというのは、よくあること。明確な意図をもってそういう風に育てられているのだ。純粋で疑うことを知らず、親の言うことを信じるようにって。


それが自己顕示欲と恋情と絡まっておかしなことになってしまうと、ミケイラ様のようになる。彼女たちのような娘が考え方を改めるのは、よほど環境が変わらない限り難しい。


デオトアさんの弁解に愛想笑いをしつつ、私はどうやって無事にグレイブ家へ帰るかだけを考えていた。何があるかはわからないけれど、謝罪だけで終わるわけがない。




馬車を下りると、そこは宮殿のようなお邸がどーんと建っていた。羽の生えたライオンのような像がお出迎えしてくれている。


ラウルの実家もそうだけれど、辺境では見たことがないほど豪華で大きい。使用人だけでもうちの三倍は働いていそうだ。


「ようこそ、いらっしゃいました」


玄関の前で深々と頭を下げたのは、今日も花のように美しいミケイラ様だった。私も形だけの挨拶を交わす。友好的なムードを醸し出すのは不可能だけれど、笑みだけは貼り付けておく。


「突然のことですみませんでした。グレイブ家の方へは毎日謝罪のお取次ぎをお願いしていたんですが、すべて断られてしまって……」


「そうだったのですね」


なるほど。私が知らなかっただけで、グレイブ家にはミケイラ様から謝罪したいという申し出があったのか。断り続けたから、こんな風に拉致同然で……。


迷惑極まりない行為だけれど、相変わらずミケイラ様には悪気がない。「謝りたい=謝る」という図式が彼女にとっては正しい行いであって、被害者であるこちらが謝罪を求めていないことはわかっていない。


ため息が出そうになるけれど、これもすべて無事に家に帰るためと思って不満を飲み込んだ。


私とノルンは、ミケイラ様に案内されて庭園の奥にあるガゼボへやってきた。屋根と柱だけのシンプルな造りなので、周囲の花々を眺められるようになっている。真っ白な梁には緑の蔦が這っていて、童話みたいで幻想的な美しさがある。


「こちらへ」


使用人の方に促され、私はそっと着席した。ノルンは私のすぐ後ろに控えている。


「父からも謝罪をと思ったのですが、あいにく急な用事で家を空けておりますの」


ミケイラ様の説明に、心底ありがとうと思った。イズドール卿とご対面なんて絶対に避けたい。私は笑顔で「お気になさらないで」と本心から告げた。



私の斜め前に座ったミケイラ様は、メイドがポットやティーカップを並べるのを見届けると、後は自分ですると言って彼女たちを下がらせた。


テーブルの上にはクッキーなどの焼き菓子が並んでいて、甘くて幸せな気分になる香りに包まれていた。……まったく幸せじゃないけれどね!


気まずさをなるべく押し殺し、私はミケイラ様が口を開くのを待つ。

ポットをおのずから持ち、二つのカップに茶を注ぐミケイラ様。横顔はかすかに緊張しているように見え、怯える小動物みたいだ。


「どうぞ」


スッと目の前に押し出されたカップには、オレンジ色の紅茶が注がれている。花びらが浮かんでいて、飲みやすいミントハーブティーのようだった。


「ありがとうございます」


ガゼボには、私とミケイラ様。そして背後にノルンが立っている。

会話が聞こえるギリギリの距離に、私を連れてきたデオトアさんが待機していた。メイドの姿がまったくないのは、謝罪の場だからだろうか。


「美しい庭ですね」


出されたお茶は、手をつけない方がいいだろうな。もったいないけれど。失礼な人だと思われようが、毒が入っているかもしれないお茶は飲めない。


ミケイラ様は、お茶を飲まない私をちらちらと見て不安げだ。


「あの、お茶はお気に召しませんでしたか?」


ついに疑問を口にした。

私はにっこり笑ってそれを否定する。


「いいえ、とても素敵なハーブティーだと思います。さすがイズドール公爵家ですね」


「でしたら、召し上がってくださいませ」


私が口にした社交辞令を真に受けて、ミケイラ様は安心したように微笑んだ。

けれど飲むわけにはいかない。


「申し訳ございません。私は食べ物や飲み物にはアレルギーがございまして、外ではほとんど何も口にできないのです」


「アレルギー、ですか?」


この世界でアレルギーはあまり聞かない。鶏や卵、ナッツのアレルギーはよく聞くけれど、死に至るほど重大なことだと認識している人はほとんどいないのだ。


私にアレルギーはまったくないけれど、誰も本当のことなんて調べようがないのだからお茶を飲まない理由に使わせてもらった。


「危ないものは入っていませんよ?」


ミケイラ様は当然そんな反応を見せる。


「普通の人に危なくないものが、私にとっては危ないものかもしれないのです。こればかりは、具合が悪くなってからしかわかりませんから……。礼儀知らずと罵られても、命を優先しなければならない事情があるのです。どうかご理解いただけますようお願いいたします」


悲しげに目を伏せてそう言えば、ミケイラ様はおとなしく引いてくれた。


「それで、本日はどのようなご用件でしょう?謝罪に関しては必要ありません」


今すぐ帰りたい。

その気持ちを抑えて、用件を尋ねる。


ミケイラ様はしばらくもじもじと手元のカップを見つめていたが、何かを決意したように顔を上げてまっすぐ私の目を見て言った。


「先日は失礼いたしました。父に叱られて、自分が間違ったことをしたのだと気づきました」


「そうですか」


わかってくれたなら何よりだ。

そう思って頷いた私だったけれど、ミケイラ様は驚くべき言葉を述べた。


「私、お二人の結婚には反対いたしません。けれど、どうか私をラウル様の第二夫人にしていただきたいんです!」


「はぃぃぃ!?」


衝撃的なお願いに、私は思わず目を見開いて彼女を凝視する。

こ、これは本気で頼んでいる!とても冗談を言っているようには見えない。


だいたい、お二人の結婚には反対いたしませんって何!?あなたが反対しようがしまいが、私たちは結婚するんだけれど!?なんで自分の許可がいる、みたいに思ってるの???


ちらりとノルンの方を見ると、世にも残念なものを見ている顔つきになっていた。怒りを通り越して「かわいそう」という顔になっている。


「あの、第二夫人っておっしゃられても、ニースは一夫一妻制ですから」


私がどうこうできる問題では。

しかしミケイラ様は諦めない。


「勲章持ちの黒騎士様なら、第二夫人を持つことができるってお父様から聞きましたわ」


「え!?」


嘘!?そんなルールあったっけ!?


あぁ、でもありえないことじゃない。


特権階級というものは存在するから、王族や王族に連なる公爵家ならありえるか。そういえば、高位貴族でなくても結婚して10年経って子ができなかったら第二夫人を持ってもいいというルールもあったような。


「待ってください、あなたのお父様であるイズドール卿が第二夫人になってもいいと?」


「はい。リディア様にお願いしてみたらと」


どういうこと?

どう考えても、ラウルの第二夫人になることはイズドール家にとってメリットがない。逆恨みしている相手で、なおかつ格下の辺境伯爵家に?しかも第二夫人って。


意味がわからない。

ラウルを恨んでいるのなら、そもそも娘と結婚させること自体許せないはず。ドラマみたいな大恋愛が二人の間にあるわけでもないのに。


何かがおかしい。

考え込んでいる私に、ミケイラ様の視線が突き刺さる。

そんな目で見られても「では認めます」って言えるわけないでしょう!?


ここは一度持ち帰って要検討、ということにしなければ。検討するのは、どうお断りするかだけれどね。

私は背筋を正して、きっぱりと言った。


「ラウルと話をして、お返事いたします」


しかし彼女は食い下がる。


「どうして?ラウル様はお婿に入るんでしょう?それなら次期当主はリディア様だから、決定権はあなたにあるはずです!今すぐ返事をくださいませ」


しまった。忘れていたけれど、当主になるのは私だ。


いやいやいや、でもこんなに重要なことを私一人で決められるわけがない。それに今はまだ当主じゃない。まだ辺境伯爵の娘だ。

なんの権限もない。


「私はラウル様とでなければ、結婚したくないのです。どうしても彼と結ばれたい……だからリディア様にお願いを」


うん、もう誰とも結婚しなければいいんじゃないかな。

だいたいラウルが嫌がってるし。どう考えても、ラウルとミケイラ様が結婚する可能性はない。


「お願いします。私たちの邪魔をしないで」


「…………私たちって」


この子の思考回路はどうなってるんだろう。

ラウルが不気味だと表現したのが、今ならよくわかる。不気味だ……。


「どうしてそこまでラウルのことを?」


昔、ラウルがミケイラ様を庇ったっていう話は聞いた。

けれど、彼は具体的なことは記憶にないって言っていたから詳細は不明なままだ。


ミケイラ様は、自分が妾の娘であったことを話し始め、ラウルと出会った茶会について目をキラキラさせて語った。


「あれは私が6歳のときでした。王妃様の開かれた茶会で、ラウル様と出会ったのです」


当時ラウルは16歳で、ミケイラ様の兄のダリオも16歳。10歳も離れているのに、ダリオは使用人が産んだ腹違いの妹を(さげす)み、(ののし)っていたそうだ。


「兄は私に、生まれが卑しいからおまえはバカなんだと、幸せになる資格なんてないのだと」


「酷いお兄さんね」


思わずそう言うと、ミケイラ様は苦笑した。次いで出た「いつものことでしたから」という言葉が、何とも物悲しい。


「王城の茶会で、私は緊張からカップを落としてテーブルクロスもドレスも汚してしまって……。兄に叱責されていたところをラウル様が庇ってくださいました。『まだ6歳なんだから、茶くらいこぼす』と」


ラウルらしい。状況を見て、淡々と述べたんだろうなと想像がつく。


「兄が去った後、泣きじゃくる私にラウル様は優しくしてくださいました。こんなに不出来な私は、兄の言うように幸せになんてなれないんだって嘆くと、ラウル様はそんなことはないと否定してくれて……!『生まれてきただけで幸せになれる人間はいない。だから己を磨け』と」


「ラウルがそんなことを」


みんな幸せになれるんだよ、って言わないところもラウルらしいというか。子どもにかける言葉にしては少々現実的だけれど、気休めでは救われない状況だったミケイラ様には響いたのかも。


「私のために侍女に着替えを用意するよう言ってくださり、おかげで公爵家の面目はギリギリ保てたのです」


「そうなんですか」


小さい子には優しかったんだなぁ、と微笑ましく感じる。


が、ミケイラ様は悦に入った様子でラウルへの愛を熱弁した。


「あのとき、私は運命を感じたんです!ラウル様もきっと、私のことを見染めてくださったに違いありません!」


「え」


それはちょっとないんじゃないかな~!?

16歳で、6歳を見染めるってそれはもうお師様の基準でなくてもロリコンなのでは!?日本でなくても、この世界でもそれは犯罪臭がしますよ!?


呆気にとられる私の姿は、ミケイラ様の目には映らない。


「だから私とラウル様は結ばれるべきなんです。ダリオお兄様のことは不幸なことだったと思いますが、私たちの障害にはなりえません。だってお兄様はお酒に逃げて、賭博で借金もたくさんつくって……私のことをおかしな友人に売り払おうとしていたくらいなんです。ラウル様は私の運命の人だから、何も悪くなんてありません……!」


兄の死について逆恨みしていないことはわかったけれど、だからといってラウルと自分を運命の相手だと思い込むのはどうだろう。


本人がまったくなびいていないのに、どうしてここまで思い込めるのか。


助けてくれたヒーローだと思っているのだろうけれど、あまりに彼女は現実を見ていなさすぎる。


「リディア様、どうか私とラウル様のことを認めてくださいませ」


懇願されても、私にはどうしようもなかった。

もう何度目かわからないお断りを述べるだけになる。


「ここでお返事はできません。何より、ラウル本人の意向がありますから」


私にミケイラ様のことは理解できないし理解したくもないので、やはりグレイブ侯爵家とマイヤーズ辺境伯爵家の両方からお断りさせてもらうのがいい。


そうだ、お父様たちに丸投げしよう。それがいい。


半泣きのミケイラ様から視線を逸らし、庭園のバラや緑を鑑賞する。こんなに美しい景観が目の前にあるのに、どうして私の心はこんなにも(よど)んでいるの……?


あぁ、早くおうちに帰りたい。


青い空には、優雅に舞う鷹のような鳥がいる。

あなたはいいわね、自由で。

ついそんなことを思ってしまった。


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(978-4758094894)
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