全力で断りたいお呼び出し
婚約披露パーティーから数日後、ラウルはかつての部下たちの願いで騎士団へ出向いていた。
久しぶりに稽古をつけて欲しいと懇願されたらしい。
一時的なこととはいえ、天下の黒騎士様が王都に戻っているから手合わせをしたいという血気盛んな若者は多い。ノルンはいつも相手をしてもらっているからさすがに行かなかったが、久しぶりに会った元部下たちの興奮はすさまじい。
そういうわけで私はノルンと一緒に、街でお買い物をしていた。結婚祝いに自分だけ装飾品を買ってもらうのは気が引けるので、武具店で何か贈り物を選ぼうと思っている。
「刃物は縁切りってことにならない?」
日本的な価値観でそう尋ねると、ノルンは「いいえ」と答えた。
特にそんな話は聞いたことがないらしい。
「騎士の妻なら、短剣や鞘を贈ることもあります。移動用の靴や上着を贈る者もいますね」
割と何でもいいらしい。でも何でもいいからこそ、迷ってしまって決められない。
「あぁ、でもネームタグのネックレスはダメですね。死んでいいよっていう意味になります」
「遺体の代わりに戻ってくるアレね……」
新婚でそんなものを贈るのはさすがにダメだ。熟年夫婦でもダメだけれど。
「もういっそ護りの腕輪とかにしようかな。お師様に限界まで防御効果を付与してもらうとか。あぁ、でもお師様だって一応は男性だから、結婚祝いに他の男性の手を借りて装飾品を贈るのはダメね」
「リディアが込めればいいのでは?小回復の祝福なら可能では」
う~ん。ラウルにあげるものならば、付与魔法を最高にしたいと思うのは私のわがままだろうか。考えれば考えるほど、悩みが深まる私。
「ラウル様は、リディアがくれるものなら小回復だろうが毒物だろうが喜ぶと思いますよ」
さすがに毒物は喜ばないだろう。どうするの、「これで死んでくれ」って意味だと解釈されたら。
長時間悩んだ結果、私は魔法道具屋で買った黒のブレスレットに小回復と耐毒効果を付与することにした。効果はしょぼいけれど、自分でつくったことに意味があると思おう。それしかない。
店を出ると、私たちは大通りをまっすぐに歩いていった。この先で辻馬車を拾い、グレイブ邸へと戻るつもりだ。お母様は馬車を出すと言ってくれたけれど、何時になるかわからなかったから待っている御者がかわいそうで遠慮したのだ。
辻馬車は日本でいう小型タクシーや巡回バスみたいなもの。王都ではポピュラーな移動方法である。貴族用と庶民用があり、どちらにせよ中規模以上の商会が運営しているので、どこかに連れ去られる心配はない。
ところが、ノルンと二人でおしゃべりしながら歩いていると、停留所の近くで見知らぬ馬車から声をかけられた。
「失礼。リディア・マイヤーズ様でいらっしゃいますか」
きちんとした衣服を身に着けた老齢の男性で、どこかの家の執事か世話役みたい。
馬車は豪華で土埃ひとつ付いておらず、どこかの高位貴族のものであるとわかる。
「そうですが、どちら様でしょう」
グレイブ家の親戚だろうか。
ノルンが警戒し、私の前に出る。
「私はイズドール公爵家の使いです」
空気が一瞬にしてピリッとしたものに変わった。けれど老齢の男性は柔らかな笑みで、話を続ける。
「先日は、ミケイラお嬢様が大変失礼をしてしまったと伺いました。主人から、誠に申し訳なかったと伝えるよう言い使っております」
主人、ということはイズドール卿のことだろうか。ラウルを恨んでいるという財務大臣。
彼が騎士団へ行っていて不在のときに私に接触して来たのは、偶然ではないはず。
うわぁ、人違いですって言って逃げればよかった。
猛烈な後悔がこみ上げる。
「謝罪していただくようなことはございません。ラウル様も同じ気持ちです。どうかお忘れください」
はい、私たちのことなんて未来永劫忘れてください。
愛想笑いを浮かべつつ、どうにかこのまま帰ってくれと思ったけれど、やはりそうはいかなかった。
「いえいえ、ここで会ったも何かの縁です。ぜひともイズドール公爵家へお越しいただけませんか?」
縁も何も、私の後をつけていたか待ち伏せしていたに決まっている。こんなの公爵家からの圧力じゃないの!
行きたくない。行きたくなさすぎる。けれど、身分の関係でお断りはできない。
困っていると、ノルンが捨て身で割って入ってくれた。
「すみませんが、リディアお嬢様はこれからエドフォード王太子殿下と面会のお約束がございます。お招きいただくのは、後日でお願いできませんか」
これは失礼のない限界の譲歩だった。
今日誘って今日来いというのは、いくら公爵家でも横暴なので王太子殿下の名前を出せば今はどうにか逃げられるはず。
ノルンが咄嗟についた嘘に縋ろうと思った私は、期待を込めた目で老齢の男性を見つめた。
が、彼は引かなかった。
「おや、殿下は本日美術館へお出かけですよ。お戻りは夜となっております」
なんでスケジュールを把握しているの!?
はっ、財務大臣だからか!
「夜までの間でけっこうです。イズドール邸からお城まで、馬車でお送りいたしますので。どうぞ」
夜まであと4時間半くらいある……
今すぐお城に行って、待機したいんですとはさすがに言えなかった。
私はノルンと目配せをして、苦肉の策でラウルに連絡を取ることにした。
「ミケイラ様は、お邸にいらっしゃるのよね?」
「さようです」
「それなら、このお店で菓子を買ってもよろしいかしら?手ぶらでお伺いするわけにはいきませんから」
私は返事を待たずして、目の前にあった店に強引に入った。ノルンを扉の入り口に立たせ、使いの男性が入ってこないようにする。
お店の人に銀貨を渡し、その場ですぐに手紙を書いて騎士団へ走ってもらうのだ。日本円でいうと5万円くらい渡しているので(しかもグレイブ侯爵家の名前を出して)、お店の人は快くお願いを聞いてくれた。
パウンドケーキとクッキー、チーズも購入して、私はお店を出る。あまり時間稼ぎはできなかったけれど、お店の人から手紙を受け取ったラウルが助けに来てくれるのを待つしかない。走り書きでも「謝罪、強制招待、助けて」で理解してくれるだろう。
イズドール公爵家の馬車に乗りこむと、ノルンが神妙な面持ちで頷いた。どうか彼女が仕事をしないで済むように、穏便に過ごせますように。それだけを祈りつつ、私は敵地へとドナドナされていくのだった。





