愛が重すぎる王子様
「えーっと、これは一体どういうことなのかしら」
婚約披露パーティーの翌日。
王城へ呼び出された私とラウルは、目の前の状況がよく理解できないでいた。
ここはエドフォード様の執務室。
なぜかナタリーがちょこんとソファーに座っている。顔面蒼白で今にも倒れそうになっていた彼女は、私の姿を見るとあからさまにホッとしていた。
「やぁ、よく来てくれたね!」
対称的に、エドフォード様は今日も明るい。最奥のデスクに座り、テキパキと書類をさばいている。
「あの、なぜここに呼び出されたのでしょうか」
意味がわからない。
促されるままに座ると、ナタリーが私の腕に自分の腕を絡ませて縋りついてきた。
「わ、私知らなかったの……!まさかこの方が王太子殿下だったなんて……!!」
「ナタリー?あなた一体何をしたの?」
昨日の婚約披露パーティーで、私たちが庭からホールに戻ってきたときにはすでにナタリーはいなかった。脚が痛いのでマイヤーズ家のタウンハウスへ帰ったと聞いていたけれど、なぜ今エドフォード様の執務室にいるんだろう。
ラウルはすでに何かを感じ取ったらしく、半眼でエドフォード様を睨んでいる。無言が怖い。
「リディ。僕は運命の恋に落ちたんだ」
「は?すみません、意味がわからないんですけれど」
「あぁ、ごめんね?唐突だったか。昨日、カイアスを撒いてのんびりと庭で休んでいたら、運命の女神が僕の前に現れたんだ」
これは突っ込んでいいのか。
私はちょっと迷ったけれど、スルーすることにした。
「僕がベンチで休んでいるとね?靴擦れで足が痛むので、ベンチを譲ってくださいませんかと女神に言われたんだよ」
「女神って靴擦れになるんですねぇ」
「そうなんだ。僕も知らなかった。それでね、手当てして差し上げようと思って、屈んで足に触れたところ」
会ったばかりの女性の足に触れるとか、それはもうダメな人だ。善意かもしれないが、それは絶対ダメ。
「顔面をおもいっきり蹴られたんだ」
「まぁ、当然の判断ですね。なんて賢い女性なんでしょうか。頼もしい限りですわ」
すごいな、その人。
けれど何で今そんな話を…………
ものすごく嫌な予感がする。
私に縋って震えているナタリー。満面の笑みのエドフォード様。
あぁ、これは間違いなくそうだ。
「ごめんなさいぃぃぃ!!まさかあのド変態が王太子殿下だったなんて思わなくて……!!」
ド変態って言っちゃったよ、ナタリー。私は彼女の肩に手を添えて、よしよしと撫でる。
「大丈夫よ、ナタリー。エドフォード様は腹立たしいくらい顔は小さいけれど、お心は大きくて温かい人よ。ちょっと蹴られたくらいで怒ったりしないわ」
「あはははは、そうだよ。怒っていないよ?ただ、運命の出会いをしただけなんだから」
「冗談ですよね?」
「冗談に聞こえたかい?だとしたらリディは、恋する心を失っている。早急に治療した方がいい」
余計なお世話だ。恋する心は最近知ったばかりだと言うのに。
かわいそうに、ナタリーは涙目で震えている。
しかしエドフォード様はまったく気にせず、彼女の前に跪いた。
「ナタリー嬢。あなたのような素晴らしい女性は初めてだ。ぜひとも私と同じ墓に入って欲しい」
「……重いな」
ラウルがぼそっと呟く。
プロポーズ(?)されたはずのナタリーは、「この人何を言ってるんだろう」と唖然としている。
なぜ顔面を足蹴にして、求婚されるのだ。この図式は私の中にも、もちろんナタリーの中にもない。
「嫌なことは嫌だと言い、行動に移す。そんな気高いあなたを愛してしまいました」
「け、気高い……?私は蹴っただけです」
うん、そうだね!この場合、おかしいのはエドフォード様の方で間違いない。
「どうか私にあなたと過ごす時間をください。お互いをよく知ればきっと、末永く人生を共有して魂を融合できると思うのです」
いや、思わないよね!?
目の前で繰り広げられる意味不明な求婚劇?に、私は思わずラウルに視線で助けを求めた。
しかし彼は静かに首を横に振る。
「エドフォード様はいつもこれなんだ。惚れやすく情熱的で、そしてあっけなくフラれる」
「フラれる!?」
浮名を流してるんじゃなかったの!?
確かに初対面で「一緒に墓に入ろう」はないわ。
しかし、ナタリーのハートは強かった。
「お、お友達からでしたら……」
「ナタリー!?いいの!?」
私は驚きのあまり大声を上げてしまう。思わず手で口を塞ぐけれど、私よりもエドフォード様の方がびっくりしているみたいだった。
「本当に、いいのか?」
二人は見つめ合う。なぜか空気が甘いような気がする。
「わ、私は田舎娘でしてギリギリ貴族です。そんな私が、王太子殿下にこれほど熱烈に求婚していただけるなんて……。うれしく思います。それに殿下は私が足蹴にしたときも、ご自分の非を認めて謝ってくださいましたし、紳士的な態度で邸まで送ってくれましたし、とてもお優しい方だというのはわかります」
さっきまでの怯えた様子とは一変し、頬を染めるナタリーはかわいらしい。
エドフォード様は歓喜に瞳を潤ませ、ナタリーの手をそっと取る。
そして甲に口づけると、ぶわっと花が舞うような麗しい笑みを浮かべた。
「一生あなたを大事にします。あなただけを愛して、そばに置き、生きていてよかったと思えるような家庭を築きましょう」
重い。エドフォード様が重すぎる!!
昨日出会ったばかりでしょう!?しかも足蹴にされたんでしょう!?
どうしてこうなったの!?
そしてカイアス様がいないのはなぜだ。
まさか……。
じとっとした目でエドフォード様を見ると、にっこり笑顔で返された。
「カイアスにはマイヤーズ領へ向かってもらったよ!ナタリー嬢のご両親に書簡を届けに」
もう結婚準備を始めているー!!
断られたらどうするつもりだったの!?
いやいやいや、まだ友達からならってナタリーは言っているよね?
「えええええええ」
私の口からは間抜けな悲鳴しか出てこない。
ナタリーとエドフォード様は、とても幸せそうに見つめ合っている。
いいのか、これで。
甘ったるい空気を目の当たりにした私たちは、二人を残して執務室からそっと退室した。後は若いお二人に任せよう、というかこっちの頭がついていくまでしばらく時間が欲しい。
「ナタリーは幸せになれるのよね……?」
「おそらく」
ラウルによれば、エドフォード様は決して遊び人ではないらしい。ただちょっと情熱的すぎて、女性に引かれてフラれてしまうだけだという。
これまで王太子としてプライドを保つために、遊び人のふりをしてきたんだそうな。
まぁ初対面であの重さで愛を投げつけられたら、逃げたくもなるよね。
しかも権力志向の女性は本能的に嫌いだというから、何が何でも王太子妃になりたいっていう女性のことは好きにならないのだとか。
「二人があれでいいならいいけれど」
私がそう言うと、ラウルは困ったように笑っていた。ナタリーがエドフォード様の重さに耐えられなくなることが心配だそうだ。
自分たちの婚約披露パーティーで、まさか王太子殿下が恋に落ちるなんて。手放しに喜べる雰囲気ではないけれど、ナタリーが幸せになってくれればそれでいいと思った。





