同情されました
お城でひと悶着あった後、私たちはグレイブ侯爵家に馬車で向かい、ようやくラウルの家族と対面を果たした。
「リディア、父と母、それに兄だ」
ラウルが淡々と紹介すると、挨拶もほどほどに彼のお母様がボロボロと泣き出してしまったので挨拶どころではなくなってしまう。
「あぁっ、リディアさん!ラウルの腕を治してくれて本当にありがとう!この子ったら剣だけで生きてきたから、それがなくなったらもうどこかへ行って死んじゃうんじゃないかって……」
気まずい!!
お母様、その予想は残念ながら当たっていました!!
隣に座るラウルをちらりと見れば、こちらも気まずい空気を醸し出して沈黙を守っている。
まさか生け贄になりに行きましたなんて言えないもんね。
お母様は、私より少し背が小さくて、とても美しい方だった。昔は貴族を相手にする劇団で、舞台女優をしていたらしい。50代だというが高く澄んだ声が特徴的な淑女らしい方で、少女のような可憐さを持ち合わせた人だ。
ラウルのお父様は、黒髪にしたラウルを50代にした感じ。
左目の瞼から頬にかけて縦に走った細い傷跡が、威圧感バリバリでめちゃくちゃ怖い。口数が少ないところも怖い。
お母様は泣いて喜んでいたけれど、お父様は「利き腕でもない左腕のケガごときで騎士を辞めるなんて」というお怒りの空気がビシビシ伝わってきた。父と子の仲は、微妙らしい。
ラウルから王都に来る途中で聞いた話によると、イズドール卿との確執についてはお父様もご存知だとか。けれど、「自分で何とかしろ」というスタイルなので助けてはくれないらしい。
ラウルも親の力で解決してもらおうとは思っていないのでそれでいいそうだが、お父様が厳しい人だというのは今日会ったことで十分に伝わった。
多分、私がいるから叱責するのを堪えているんだろうな。
私がいなくなったら、ラウルへの小言が出てきそうでおそろしい。
何か口を開けば刺激することがわかっているので、ラウルとお兄様2人はまったく口を開かずにいた。
「リディアさん、ラウルは真面目なだけが取り柄だけれど、どうか末永くよろしくお願いしますね」
お母様は泣き止むと、空気を和ませようと朗らかに笑う。
いや~、何か可哀想になってきた。うちは、お父様も見た目こそ山賊だけれど明るいからなぁ……。
「こちらこそラウル様にはお世話になります」
それから和やかに昼食会は進み、基本的にはお母様と私がずっと喋っていて男4人は無言で食事をする状態だった。ラウルが「食事は1人で摂ることが多かった」と言っていたのは、こういう状況なのがわかっているからだろうな。
「ねぇねぇ、そう言えばリディアちゃんはなんで2回も離婚したの?」
来た。
いつ聞かれるかと思ってひやひやしていたけれど、ラウルの次兄・キアド様(29歳)がワイングラスを片手に突然質問してきた。
「兄上。そんなことあなたには関係ありません」
ラウルが露骨に嫌そうな顔をしたのは、私に対して失礼だと思ってくれているのだろう。
そもそも離婚した理由は、カイアス様からグレイブ侯爵家のご両親には話をしてもらっている。
けれどお兄様方には説明されていなかったらしい。
キアド様は、長兄のリーディアス様(31歳)にも睨まれていた。
「別に問題ないだろう。政略結婚での失敗は、ままあることだ」
優しい!上のお兄さん優しい!
「えー?2回連続はさすがにめずらしいと思うんだよね」
おっしゃる通り!
私までがうんうん頷いてしまった。
「兄上!それ以上は」
ラウルがキレそうになった空気を察し、私は彼の手を握って「落ち着いて」と声をかけて宥める。
「キアドお兄様のおっしゃることは、当然だと思います。あくまで私サイドからの離婚理由となりますが、1度目のお相手はナルシストで自分しか好きでない方で、2度目のお相手は他にお好きな方がいて……子ができたので離縁しました。あちらにはあちらの言い分があると思いますが、結婚したとはいえ形ばかりで終わってしまったというのは事実です」
しんと静まり返る食堂。
給仕の男性も気まずい顔してるわ。ごめんなさいね!?
「大変だったね、リディアちゃん」
キアドお兄様はさっきまでの明るさはゼロになり、表情筋が死んでいる。リーディアスお兄様も似たような反応で、「聞いちゃってごめん」という雰囲気を醸し出していた。
沈黙に耐えかね、私が愛想笑いを浮かべていると、なんとここでお父様が人を殺しそうな雰囲気を放ってラウルを睨みつけた。
「おい」
え、もしかして破談!?こんな女に息子はやれん、っていう展開!?
ビクッと跳ねた私。ラウルが私を庇おうと、咄嗟に手を強く握り返してくれた。
お父様は親の仇でも見るかのような形相で、こちらを睨みつけている。
「ラウル」
「何ですか」
「おまえ……!絶対にリディア嬢を幸せにしろ」
「「「「…………は?」」」」
顔と発言のギャップがありすぎて、脳がすぐに理解してくれない。
幸せにしろ、ってことは認めてくれるんだ。それを理解するのにしばらく時間がかかった。
「あ、あの。どうして」
思わず疑問が口から漏れる。
お父様は殺気を漏らしたまま、拳を握り締めて言った。
「騎士たるもの、妻にすると誓った相手を蔑ろにするなど許されん!例えそれが、家同士の結びつきであったとしてもだ。くだらぬ男に2度も虐げられたなど、あるまじき不幸ではないか」
「あるまじき不幸!?」
グサッと心臓に言葉が刺さった。
どうやら私は、あるまじき不幸らしい。流れ弾みたいなの飛んできましたよー!!
「父上、もうそのあたりで」
あぁ、長兄さんが空気を読んだ。
お母様も次兄さんも顔が死んでいる。
お父様が実直で義理堅い人だということはわかったけれど、付き合いやすいか付き合いにくいかで言うと確実に後者なんだろうなと思った。
嫌いじゃないけれど。
ただし息子たちの心境は微妙なようで、和気あいあいという空気になることはそれから後もなかった。
これから2週間もお世話になるかと思ったら気が遠くなりそう……。
「リディア、すまない」
「いいのよ、謝られるようなことじゃないわ」
意外にも歓迎された(?)ようだし、これでいいとしよう!私は前向きに考えることにした。





