ご挨拶しました
無事に王都へ到着した私たちは、お城で王族の皆様にご挨拶をした。
エドフォード様とカイアス様もいたけれど、その空気は彼らだけのときとは違って緊張感たっぷりで。
ラウルはいつも通りだったけれど、私は緊張でどうにかなるかと思った……!
陛下から国防のために「くれぐれも辺境伯爵領を頼む」と乞われたラウルは、騎士の敬礼がイケメンすぎて破壊力抜群だ。
もう退団しているので騎士の隊服ではなく黒のシンプルな正装だったけれど、やはり侯爵家のご子息なのだと思い知らされた。田舎貴族の私とは、気品というか溢れ出る優雅さが根本的に違う。
「リディア・マイヤーズ辺境伯爵令嬢。どうかラウルを頼む」
「はい」
私が話したのはたったこれだけ。はい、以外に何を言えよう。
ミントブルーのドレスを着てきたけれど、目に優しいだけでまったく癒されなかった。
挨拶は恙なく終了し、私はラウルに寄り添って謁見の間を出る。
「リディア」
扉を出てすぐ、私たちを呼び止めたのはカイアス様だった。片眼鏡イケメンは、今日もいきなり失礼だった。
「どこの銅像かと思いました。台座があるのかと足元を確認してしまいましたよ」
デカいと言いたいらしい。今日の私はヒールも含めると180センチ超えだから。
「カイアス様、お久しぶりです。台座だなんてご冗談を、どなたかと違って足が長くてごめんなさい」
おほほほと笑いながら嫌味を返すと、カイアス様も社交用の笑みを貼り付ける。
そして特に用件もないようなので早々に下がろうとすると、彼は飴色の筒をスッと差し出してきた。
「私が待っていたのはコレですよ」
「あぁ、例の」
王家の紋章がバーンと入った筒は、私がラウルの治療について申請していたものだ。
中身を確認すると、厚手の紙に希望通りの内容が記されていた。
「ありがとうございます」
カイアス様にお礼を言うと、彼は「ではまた婚約披露パーティーで」とだけ告げて、王族の居住区がある方へと去って行く。
私は飴色の筒を左手で持ち、口元に笑みを浮かべていた。後でこれをラウルにも見せようと思って。
「リディア、行こうか」
差し出された左腕にそっと手を添え、共に歩き出す。
これからグレイブ侯爵家へ向かい、いよいよご両親にご挨拶するのだ。
「緊張する……!」
「両親や兄は、リディアとの結婚に感謝こそすれ反対などしない」
どういうわけか、グレイブ家でラウルは残り者扱いだそうだ。一生結婚しないと思われていたそうで、エドフォード様もラウルの家族から感謝されたと笑っていた。
豪華な金糸で刺繍が施された濃茶色の絨毯を踏みしめ、私はどきどきしながら廊下を歩く。
ところが謁見の間からそう遠くない場所で、思わぬ事態に見舞われる。
ラウルと歩いていると、突然フル装備の近衛に出くわしたのだ。彼らは私たちを待ち伏せていたようで、警戒したラウルが私を庇うために前へ出る。
「何事だ」
低い声が廊下に響く。
私たちの前に立ちふさがる近衛兵は5人。剣を抜いてはいないものの、その雰囲気はまるで友好的ではない。
けれど敵対心を感じるかというとそういうわけでもなく、彼らも嫌々ながら来ました感を醸し出している。一体どうしたというのだろう。
私がラウルの後ろで困惑していると、近衛の間を割って登場したお偉いさんが嘲るような笑みを浮かべながら話し始めた。
「救国の英雄が、事もあろうに辺境の女に騙されるなどいい笑いものですよ。ラウル・グレイブ」
茶色の髪は短く、彫りの深い顔立ち。四角い頑固そうな輪郭のおじさまはいかにも権力者といった印象で、ラウルの敵であることがすぐにわかった。
「イズドール卿、これは一体どういうことで?」
ラウルの冷えた声が廊下に響く。
この人が、ラウルを陥れようとした財務大臣か。顔だけで人を判断しちゃいけないけれど、どう見てもいい人そうには見えない。ラウルの半歩後ろにいる私を品定めするように眺めると、何の感情もない仄暗い目で言った。
「そちらのマイヤーズ辺境伯爵令嬢に、違法な治療をしている疑いがあると報告が上がっています」
「違法?彼女は普通の薬師だ。エドフォード様も認めている」
殺気だったラウルがイズドール卿を睨みつけるが、おそらくは私を逮捕するなり尋問するなりしなければこの場は収まらないだろうなと思った。
ラウルへの嫌がらせのためだけに、わざわざ大臣自らがやってくるなんて暇なんだろうか。
私はそんなことを考えていた。
「元・騎士団長様はご存じないかもしれませんが、王族や勲章持ちのあなたを治療するには、法的に有効だと認められた治療法が必須なのです。そちらのご令嬢は薬師ですが、適切な治療をなさったのか?ラウル・グレイブは救国の英雄。その身は、ご自身の一存で治療できないのですよ?」
ラウルがぎりっと歯を食いしばったのがわかった。この場で言い争っても、言葉では私を守れないと思ったのだろう。ラウルは口達者ではないから、適当なことを言って逃げることもできないはず。
まぁ、治療したときにラウルが勲章持ちだってことを忘れていたのは私の落ち度。とはいえ知っていても、私が彼を治療したことには変わりないとは思うけれどね。
「違法な治療で診療代を稼いでいる上、きちんと税を治めていないという疑いもございます。あぁ、救国の英雄の婚約者ですから、私自らがご令嬢から事実を確認させていただき、必要ならば秘密裏に対処いたしますが」
いや、もうそれ抹殺するって言ってるよね!?
秘密裏に対処って、「国の英雄の醜聞は、早いうちにもみ消します」ってことよね!?
しかもこれは絶対にエドフォード様に話が通っていない。
私は政局のごたごたなんて知らないけれど、ここで消されるわけにはいかないのだ。
「ラウル、大丈夫よ」
「リディア?」
そっと彼の左腕を引いて微笑むと、殺気を解いて心配そうな目を向けてくる。
私はイズドール卿をまっすぐ見つめ、スッと手を上げて尋ねた。
「発言を許可していただけますか?」
平静を装い笑顔でそう言うと、卿はかすかに眉を動かした。けれどここでダメだというわけにもいかず、「許す」とだけ短く返事をした。
「初めてお目にかかります。リディア・マイヤーズと申します。ご存知の通り、辺境で薬師をしております。このたびはわざわざ大臣自らお越しになるなど、恐悦至極に存じます。まさかお会いできると思っておりませんでしたから、とてもうれしいですわ~」
あえて呑気な声で、うふふふと笑って見せる。相手のペースに巻き込まれて悲壮感でも出してしまえば、さらに強気に出られてしまうのでここは笑うに限る。
「ところで、私が違法な治療法でラウル様を治したというのは何のことでしょうか?まったく身に覚えがございませんわ」
「ふんっ、この期に及んで言い逃れができるとでも?」
私の言葉を鼻で笑ったイズドール卿。でも、私だってこの人のことを心の中では鼻で笑っている。
「まぁ!言い逃れだなんて……。私はただ、事実を申し上げているだけです。だって違法な治療ではないという、確固たる証拠がここにありますから」
「証拠だと?」
険しい顔つきになるイズドール卿の前で、私はさきほどカイアス様から受け取った飴色の筒を前に出した。王家の紋章が見えるように、わざと近衛兵のひとりに手渡す。
彼は中身を取り出し、丸まった紙を伸ばしてイズドール卿に見せた。
「そちらは認定証でございます。ラウル様に行った治療法を認めるという」
「っ!?」
ふっ、事務処理をやっておいてよかったー!
ラウルを治療した後、薬の中身や治療法についてすぐにまとめて申請書類を王都へ送っておいたのだ。前世の記憶が「事務処理を後回しにしたら、余計に面倒なことになる」と訴えてきていたから……!
2晩徹夜して申請書を仕上げた甲斐があった。王家に認められれば薬を貴族に販売することができるから、毒姫なんていう悪評も少しは薄れるかなって思ったんだよね。
それに売上の一部を孤児院の子たちの教育費に当てようと思っていたんだけれど、まさか逮捕されるのを免れられるとは思わなかった!
普通は半年くらいかかるけれど、事情が事情だけにカイアス様が医務局にごり押ししてくれたんだよね……。仕事が早くて助かった!ありがとう、カイアス様!
私は満面の笑みで、イズドール卿に語りかける。
「ふふふ、まさか救国の英雄に対して違法な治療を行うなんて、そんな度胸はございません。イズドール卿はラウル様を案じすぎて、早とちりなさったのね!とてもお優しい方だわ~」
これで引いてくれればいいけれど。
問答無用で連行されれば、抵抗する術はない。
証拠の認定証があるから大丈夫という自信と、それでも連行されるかもしれないという恐怖が胸の内でせめぎ合う。
しばらくするとイズドール卿は認定証を近衛兵に押しつけ、私のことをぎろりと睨む。
「この毒婦め」
聞こえないくらいの小さな声。残念ながら私の目と耳はそれを拾ってしまった。私が二度も離縁していることを知っているんだろう。胸の奥がズキッと痛む。
けれどそんなことで傷ついている暇はない。
余裕の笑みをイズドール卿に向ける。すると彼は諦めて背中を向けた。
「くれぐれも疑わしい行為は控えるように」
すごい捨て台詞!
疑いも何も、あなたが勝手に言いがかりをつけてきただけなのに!!
唖然とする私。殺気を向けたままのラウル。
イズドール卿は不機嫌そうに去っていった。近衛兵らは、申し訳なさそうに一礼して去っていく。こういうとき、上からの命令に従うしかない兵は気の毒だ。
誰もいなくなった廊下で、ふぅっと息をつく私。緊張感から解放されてラウルにもたれかかると、彼は私の肩に腕を回して支えてくれた。
「リディア、すまない」
「あなたが謝ることはないわ。向こうが悪いんだから」
物理的に狙われるかもしれないということは、王都へ来る道中で聞いていたけれど、まさか堂々と疑惑をねつ造して逮捕しようとしてくるとは。そんなにラウルを苦しめたいのかと、執念を感じる。
「私なら大丈夫。それにすぐまた領地へ戻るんだから、さすがにそこまでは追ってこないはずでしょ?むしろラウルの方が危ないんじゃない?王都で出歩いていたらいつ襲撃されるか」
弟子のディノくんの件もある。いくらラウルが強いといっても、どんな卑怯な手を使ってくるかわからない。
「そこは対処する」
返り討ちにする気ですね!?
深く聞いてはいけない。私は気を取り直して身を起こした。
「それにしても、申請書なんていつの間に」
ラウルは不思議そうに尋ねた。
「まぁ、色々とね。考えることもあって」
「考えること?」
「命の前借りでラウルのケガが治ったことは、他の人の役にも立つかなって。売り上げが上がれば、孤児院の子たちに教育を受けさせることも、仕事を手伝ってもらうこともできるし。それに私の悪評も減ったらいいなって」
笑ってそう言えば、ラウルは驚いていた。
「何?」
別に普通のことだと思うんだけれど。そんなに驚くことはないはず。
「いや、リディアが自分の悪評を気にするのかって意外で……」
確かにこれまではあまり気にしていなかった。でも今はちょっと心境に変化が出てきたんだよね。
「これまでは別に何て言われてもいいかなって思っていたんだけれど……。でも、ラウルと結婚するって思ったら、その、何ていうか」
「俺?」
何となく言うのが恥ずかしくて顔を伏せたけれど、彼は私の顔を覗き込む。
「これからは私一人じゃないんだなって思って……、私のすることがラウルにも繋がってしまうというか、一人じゃなくて二人なんだなって思ったらちょっとでも悪評を改善しようと思ったっていうか」
不思議なもので、過去二度の結婚は「私は私」と思っていたからそんなこと一切感じたことはなかった。夫と私はまったくの別物、別の世界だったのだ。
けれどラウルとは違うというか、自分の中で単位が二人になったというか。
どう伝えていいのかわからず黙ってしまった私を、ラウルがしっかりと抱き締めてきた。
「ちょっと……!?」
ここはまだお城ですよ!?
誰もいないけれどお城だからね!?
慌てて腕を振りほどこうとするけれど、ぎゅうぎゅうと腕が締め付けるのは変わらない。
「ラウル!離して」
「…………」
私の肩に彼の頭が乗っている。さらりとした銀髪がくすぐったい。
ラウルは顔を埋めたまま、押し殺すような声で言った。
「女は……」
ん?
「女は気を遣うし面倒だし、匂いがキツイ生き物だと思っていた」
「は?」
香水のことかな。
え、今その話いる???
すりすりと首筋に寄せられるラウルの頭がこそばゆい。
「でもリディアはかわいい」
「ひっ……!」
何言ってるんだこの人は!
ため息をつきながらかわいいと言われたら、瞬きをするより短い間に顔に熱が集まる。
「ん?リディアは女じゃない……?」
「なんでそうなるの!?」
思わず顔を顰めた私は、ラウルの額の中心にビシッと手刀を食らわせる。
なぜいちゃついている最中にツッコミを入れなければならないんだろう。
ラウルは天然なのかしら!?
彼は私のツッコミには無反応で、観察するようにまじまじと見つめて言った。
「何でもいいか。俺はリディアという生き物を愛している」
「言い方」
女でなければ結婚できませんけれど?生き物って表現するのはおかしいでしょう!
それでも、愛してると言われて喜んでしまい、照れる自分に恥ずかしさがこみ上げる。
「リディアは俺が守るから。絶対に」
面と向かってそんなことを言われると、恥ずかしくて「いらない」と言ってしまいそうになる。
素直になれない私は、「守ってね」とか「うれしい」とか言えるわけもなく、ただただ頷くことしかできなかった。





