負け戦も悪くない
婚約の挨拶とお披露目をするため、王都へ向かう私たち。
マイヤーズ領には、ラウルの元部下だった騎士たちが護衛のためにわざわざこちらまで来てくれていた。
「「「団長夫人!どうぞこちらへ!!」」」
「あの、私まだ結婚していないので夫人では……」
「おい。俺はもう退団したから団長じゃない」
7人の騎士たちは、エドフォード様曰く「ラウル親衛隊」。熱狂的な黒騎士信者であり、主がいなくなった後もその忠誠心を持ち続けている者たちだそうだ。
しかもこのメンバーはほんの一部。精鋭を絞り、あとは希望者の中からクジで決めたらしい。
心技体、クジ運を持ち合わせた7人なのだ。
うちからは、ノルンと彼女の夫を含めて7人の騎士が付き従ってくれる。
新旧黒騎士隊はすぐに打ち解けて、心穏やかな旅になりそうだ。
大きな荷物や道具は、先に馬車で送っている。だから私も馬に乗って、最短経路で王都を目指すことになっている。
「本当にいいのか?馬車でなくて」
王都の女性は馬になんて乗らないので、ラウルは心配そうに私を見る。乗馬は得意だし、以前はお父様と一緒に王都へ行ったこともある。
臙脂色の乗馬服を纏った私は、ラウルに向かって微笑みかけた。
「馬の方が早いから。それに、今は夏だし野営で星を見るのも楽しみだわ」
マイヤーズ領は霧や雲が多くて、田舎の割に星があまり見えない。
王都や他領へ行くときには満天の星空が見られるから、それがけっこう楽しみだったりする。
「くれぐれも無理はしないで。リディアは俺のそばから離れるな」
そういうと、彼は私の右手を取りそっと甲に口づけた。
ラウルさん、あなたの元部下が衝撃で目の玉が飛び出しそうなほど凝視していますよ!?
「嘘だ……あんな団長初めて見た」
「俺たちの団長が女に優しいなんてありえない」
「怖ぇ。結婚するって怖ぇよ」
上司の腕が治ったら、今度は謎の病に侵されていました。そんな目でラウルを見ている彼らは、口々に感想を述べる。
ラウルはそんなこと気にも留めず、私を見て目元を和ませた。
「王都へ着いたら、挨拶の後にすぐ宝飾店へ行こう。結婚の記念につくる装飾品を注文しなくては。すべてが後手に回ってしまって、本当にすまない」
「飾りなんていいの。気にしないで」
彼は律儀にも、結婚指輪やネックレスなどの装飾品のことを気にしていた。
ちなみに過去の結婚でも一応揃えたのだが、1度目の離縁ではさっさと売り払い、2度目はお師様の最大魔法で焼き尽くした。消し炭というか、炭すら残らぬよう消し去ってやった。
我ながら極端である。
「リディアの欲しいものを何でも用意する。カイアスのツテも遠慮なく使う。迷惑料だ」
「あ、それはいいわね」
別にそんなすごい宝石は必要ない。けれど、カイアス様を慌てさせたい気持ちはある。
けれど私はすぐに否定した。
「ふふっ……でもそこは、ラウルを紹介してもらったことで帳消しになるわね。それどころか、お礼をたくさん贈らなきゃいけないくらい」
トータルで見れば、私は十分に得をした。これも本音だ。
ラウルは私の言葉にしばし不思議そうに瞬いた後、うれしそうに目を細める。
「そうか。そんなにリディアは俺が好きか」
「え……何その発想。怖い」
「違うのか」
違わないけれど、認めるには恥ずかしすぎる。目を伏せると、機嫌をよくしたラウルが私のこめかみや頬に唇を寄せた。
「いつか、リディアから好きだと聞きたいものだ」
「……考えとく」
言える気がしない。
私の発言にかわいげがないのはわかっている。自覚はある。
けれど、2度の離縁で私の心は思っていたよりズタボロだった。気づかないふりをしていたけれど、自信喪失、自己嫌悪が私の中に根を張ってしまって。
もう傷つきたくない。
誰かに踏み込まれたくない。
そう思えばこそ、素直に「好き」というか感情を認められないのだ。
こんなことでどうする!?
相手が好きだと言ってくれているうちに、早く素直にならないときっとロクなことにならない。
ラウルのことだけは、大事にしたい。喜んでくれるなら好きだと告げたい。
それなのに、未だに私は一言も言えずにいる。
「気長に待っている」
今日もラウルは、私を甘やかす。
瞳にも言葉にも心地よいぬくもりを感じる。そこに私を搦め捕ろうとする狡猾さを感じないわけではない。
それでも、彼の与えてくれる気持ちが本物だと伝わってくるから許せてしまう。
これは、最初から勝負にならない駆け引き。
最高に幸せな敗北だと思った。





