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男運ゼロの薬師令嬢、初恋の黒騎士様が押しかけ婚約者になりまして。  作者: 柊 一葉


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本当にいいたいことは

初夏の風が吹き荒れる屋上は、赤茶色の無機質なレンガに囲まれた空間。

殺風景なここは、どう考えてもムードのある場所ではない。


けれど、今の私にはちょうどいいかもしれない。部屋で二人きりなんてことになれば、きっと動揺しておかしなことを口走ってしまう。


ラウルは私を荷物のように小脇に抱えて屋上までやってくると、運び方とは裏腹にそっと床に下ろした。まるで、大事なものでも扱うかのように。


「リディア、どこまで聞いた?」


向かい合うと、いきなり本題へ入る。こういう人だということはわかっていたけれど、せめて心の準備をする時間くらい欲しかった。


追い詰められているような気がするのはなぜなんだ。


「どこまでって、多分全部?」


「具体的には?」


部下に報告を求めるように問うのは、ラウルの癖なんだろうか。


「えーっと、最初から順を追って話すとね。これまできちんと説明しなかったのはこっちが悪かったんだけれど、ご存知の通り私は2度離縁しているの。18歳のときと21歳のとき、2回目の離縁はつい最近のことなんだけれど」


私はラウルに、改めて自分の経歴について話した。かなり端折って説明したけれど、要は「結婚したんだけれど、2回とも相手が私に興味を持たなくてダメになりました」という黒歴史だ。


ついでに、私も彼らに興味がなかったというのも付け足しておいた。ここは大事ですよ!腫れ物に触るみたいな扱いはされたくないから。


「それで、さっき会った傲慢な男。ウォルフィ・レグゾールという騎士なんだけれど、お父様が彼を私の3人目の婿にって言い出したから、それが嫌で王都へ行ったの。エドフォード様なら、誰かいい人を紹介してくれるって思って。それから先は、ラウルが知っての通りよ」


ははっ……と苦笑した私だったが、ラウルは無言で聞いていた。爆笑されても困るけれど、ちょっとくらい笑ってくれないかな。気まずいわ。


「ラウルが婿候補だったってことは、さっきまで気づいていなかったの。てっきり、お師様の生け贄としてやってきたと思っていたから」


まさか自分の婿=生け贄という図式が冗談ではなく本当に成り立っていたとは。これ、後から地味に凹む。ガツンとショックなやつじゃないけれど、じわじわ効いてくるなと今になって思った。


半笑いで目を伏せると、ラウルは一歩距離を詰め、手が届く距離に立った。


「リディア」


何となく顔を上げにくい。けれど、俯いている私の頬に大きな手がかかる。


「ラウル……?」


紫色の目がじっと私を見下ろしている。口元はかすかに弧を描いていて、安心させるかのように笑ってくれていた。


「すまなかった。ティグラルド様が薬屋に戻ってきた日、俺は自分の勘違いに気づいたんだ。まさかリディアが、その若さで二度の離縁をしているとも思わなかったし、カイアスが俺を本当に婿入りさせようとしていると思わなくて」


ですよね。


「婿が生け贄なんて言われて、しかも俺はそれを本気にしてここまで来て。リディアがそんなことを知ったら嫌な気持ちになると思って……言えなかった」


申し訳なさそうな顔をするラウル。

私は静かにかぶりを振った。


「気にしないで。あれはカイアス様が全面的に悪いから」


「俺もそれは同意する」


見つめ合い、私は少しだけ首を竦めた。


「いいのよ、ラウルが自分を犠牲にすることなんてない。婿にならなくても……」


私は大丈夫。

そう口にしようと思ったら、彼に言葉を遮られた。


「俺は、リディアを守りたい。誓いも立てた。だから婿になる」


「いや、あの……忠義は私にじゃなくて、これまで通りエドフォード様に」


ありがたいけれど、身に余る。余り過ぎてこっちが耐え切れなくなってしまうのが予想できる。


嫌そうな顔をして見つめ返す私を見て、ラウルが怪訝な顔をした。


「なぜ拒む?好きな男でもいるのか。それとも俺が気に入らない?」


好きな男なんてめっそうもない。ラウルのことは、むしろ気に入っているから困っている。


本当にただの患者だと思っていたら、すでに強制的に送り返しているだろう。


「ラウルには、もっと能力を生かせる場所で生きてもらいたいの」


これは本音だ。

何もこんな田舎で、しかも国境で、危険度の高いわりに「防衛できて当たり前」という報いの少ない戦いに身を置くことはないと思うのだ。


「あなたは前みたいに腕が動くんだから、カイアス様に押しつけられて婿に入るんじゃなくて、自分で選択して自分の人生を生きて欲しい」


例えそれで、私がラウルという良縁すぎる婿を失ったとしても。

なぜか立っているのがつらくなってきて、私は深呼吸をした。


もしかして彼を説得しながら、私は傷ついているんだろうか。

ラウルにいてほしい。そう思ってしまっているんだろうか。


わからない。


本音を伝えているはずなのに、どうしてこんなに苦しいのか。


気力だけで立っている私に、ラウルは少し苛立ちを含んだ声で言った。


「俺は、いつだって自分の意志で選んでいる。カイアスに押しつけられて婿になるわけじゃない」


「え……?」


虚を突かれ、戸惑う私。

ラウルは真剣な目で話を続けた。


「リディアはさっきから俺のことばかり心配してくれるが、自分はどうなんだ?俺が王都へ戻ったら、またさっきのおかしな男やそれに近い者が君の婿候補になるんじゃないのか」


「痛いところ突くのね」


そんなことはラウルに言われずともわかってる。自分の置かれた状況がいかにヤバイかは、私が一番わかっている。


「もっと自分を大事にしろ。リディアにとって俺は条件がいいはず……」


「そんなことはわかってるわよ」


露骨に顔を顰めると、彼まで同じように顔を顰め、なぜか悔しそうに拳を握りしめた。


「違う、俺が言いたいのはこんなことじゃなくて」


「んん?」


見上げると、ラウルが必死で思考を巡らせ、言葉を選んでいるのがわかった。


「違うんだ。違う」


「ラウル?」


彼はゆっくりと頭を振り、苦しげな声で否定を続けた。


「君に自分自身を大事にして欲しいんじゃない。俺が、君を、大事にしていきたいんだ」


「…………は?」


何を言われているのか、すぐには理解できなかった。

唖然として、瞬きすら忘れてしまい、心臓だけがドクドクと音を立てて私を責め立てる。


「大事に、したい?あなたが、この私を?」


それって……


「俺は、自分で思っていたより君に執着しているらしい」


「ええええ」


私から漏れ出た声は、とても間抜けな悲鳴だった。


「リディアのそばにいたい。結婚して欲しい。それが俺の意志だ」


「そんなことって……」


あるのだろうか。

夫となった人に見向きもされず、二度も離縁した私のそばにいたいだなんて。


真摯な言葉で、まっすぐに想いを伝えてくれたラウルに、私は身体の内側から震えが走る。


「君に出会えたことは、腕が治ったのと同じくらいの幸運だと思う」


そんな大げさな。

心の中でそう呟く。


さすがに声にはできなかった。だって、ラウルがあまりに甘く、幸せそうに微笑むから。


その表情に見惚れていると、頭上にふと影が落ちた。そして、気づいた時には彼の唇が私のそれに重ねられていて。


「っ!?」


さらりと揺れる銀髪。

自分がキスされたことに気がつくまで、しばらく時間を要してしまう。


ふわりと優しく重ねるだけのキスの後、彼は私をきつく抱き締めた。


「俺はリディアが好きだ。薬師だから、腕を治してくれたから好きなんじゃない。君がいると……生きるのが楽しい。笑っているところを見たいと思う。結婚など自分には縁遠いと思っていたが、リディアがそばにいる暮らしは悪くない」


「嘘……」


「時間をかけて口説こうと思っていたが、予定が変わった。おとなしく婚約して、妻になれ。そうしてくれなければ、新しく婿候補が現れるたびにそいつを消さないといけなくなる」


「はぃ!?そんな冗談」


「本気だが?」


「……」


え、この人ってちょっと危ない人なの?例えば、の話よね?冗談よね?

おそるおそる顔を上げると、もう一度軽く唇が触れた。


さっきは思考が停止して何も反応できなかったけれど、今度はキスされたことがはっきりとわかり、一瞬で顔が真っ赤になった。


ラウルは愛おしげに目を細め、クックッと笑いをかみ殺す。


「笑ってる!」


「リディアがあまりにかわいくて」


ひぃぃぃ!

何なの!?やっぱり都会育ちはこういうことをポンポン言って、キスなんて挨拶程度にするの!?


彼の女性遍歴を疑い始めたとき、私の脳裏にエドフォード様との会話が蘇る。


『必ずよい男を紹介しよう。私の仲間なんてどうだろうか』


『エドフォード様の遊び友達(仲間)……?』


まさか、そういうこと!?

思わず悲壮感を漂わせてしまったら、ラウルが小首を傾げた。


「どうかしたか」


「今、ちょっと恐ろしいことを思い出したの」


「恐ろしいこと?」


これって本人に聞いてもいいんだろうか。

意を決して、私は尋ねた。


「あなた、これまでどれくらいたくさんの女性と……?」


しかしラウルは即座に否定した。


「エドフォード様と一緒にするな」


あ、そうですか。

ホッとしたのも束の間、ラウルは私を長い腕で囲うように包むと、意地の悪い顔で質問する。


「嫉妬か?」


「え」


何でいきなりそうなるの!?

驚いて目を丸くする私。ラウルは上機嫌で私の額に口づけた。


「それで?ここまでしておいて婚約しないという選択肢はないと思うが」


「は!?」


ここまでしておいてって、キスしたことを言っているのか。

立ち眩みに見舞われて、私はラウルの胸にぽすっと顔を埋める。


「リディア?」


あぁ、もう無理だ。諦めるしかない。

エドフォード様に紹介してくれって頼んだのは私なんだし、ラウルはなぜかその気だし、家族だって……。


何より、私が一番安心しているのだ。


ラウルがこれからもここにいてくれて、私を好きだと言ってくれて、ホッとするやら嬉しいやら。恥ずかしくて死にそうだけれど、確かに心は彼に向いている。


この腕の中にいると幸せなんだって、気づいてしまった。


彼の背中に手を回し、自分からぎゅうっとしがみついてみる。


「リディア?」


態度を変えた私に、彼の困惑が伝わってくる。

なんだ、さっきまであんなに強気に出ていたのに、私から抱きついただけで動揺するなんてかわいいところもあるじゃない。


何だかおかしくなってきて、私はクスクス笑い始める。


あぁ、もう悩んでいたのがばかばかしくなってきた。

彼のぬくもりを存分に堪能してから、私はまっすぐに目を見て告げる。


「もう結婚はこれで最後にしたいわ」


離縁なんてもうこりごり。愛する人に愛されて、そろそろ幸せになりたい。これは切実な願いだった。


私の希望を受けて、しょうがないなという風にラウルは笑う。


「安心しろ。リディアは生涯、俺の妻だ」


背を撫でる手は、節くれだった硬い手で。

けれどそれが、とても安心できる存在に思えた。






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