話し合いましょう
お父様を執務室に残した私たちは、「ラウルがエドフォード様と一緒に戻ってくるかも」ということで、砦と邸を繋ぐ橋までお迎えに行くことに。
「「…………」」
私はカイアス様と並び、無言で歩く。彼の侍従や護衛も後ろからついてきていて、雰囲気が悪いわけじゃないけれど快適とはいえない時間だった。
ところが十分ほど歩いたとき、カイアス様がぽつりと呟く。
「そのドレス、よくお似合いです」
私はじとっとした目で彼を睨む。
「今そんな風に褒めても、お父様の印象は加算されませんよ?」
「やはりそうですか」
父が怒っていたことを気にしていたらしい。意外に繊細だった。
よほど父が怖いらしい。
私は仕方なくフォローをしてあげる。
「まぁ、私が気にしていないのでかまいませんよ。カイアス様が失礼なのは、今に始まったことではないですし」
「ですよね」
「肯定しないでくださる?」
「これは失礼。どうもあなたを見ていると、嫌味や小言が湧き出てくるといいますか」
それもう病気じゃないだろうか。
お師様に、精神安定剤か何かを処方してもらえば収まるかな?
「お帰りになるまでに、いいお薬をご用意いたしますね」
「病気扱いしないでくれますか!?」
眉間にシワを寄せるカイアス様は、それからまた口を閉ざしてしまった。
私たちはゆっくりとした速度で歩き、1階から外に出る廊下へとやってくる。
しかしそこで、正面から現れた騎士服を着た男によって、行く手を阻まれてしまった。
騎士団の精鋭にのみ与えられる濃緑色の制服。硬そうな黒髪は、すっきり後ろに撫でつけられている。鉛色の目は鋭く、薄い唇は不機嫌そうに閉められていた。
訓練を終えた、レグゾール子爵家のウォルフィだ。
明らかに私に視線を向けていて、その雰囲気は穏やかでない。私が領主館に来たことを知り、文句を言いに来たんだろうか。
父がこちらから縁談を持ちかけておいて、あっさり取り下げたことに腹を立てているはず。
けれど領主である父に直談判はできないから、私の方に来たと。
なんていう小物感!
少し距離を置いて正面に立ったウォルフィは、私を見て挨拶もせずに用件を切り出す。
「お嬢様。二人でお話がしたいのですが」
カイアス様のことが気になったのか、一瞥したウォルフィは嫌そうに目を細める。
「お断りいたします。ご用件は父を通してくださいませ」
これに限る。直接二人で話をするなんて絶対にダメだ。
「おや、ご自分の縁談話なのにお父上を通せと?」
「はい。だって私はこのたびの一件には何も絡んでおりませんので」
父が勝手にやったことだからね!
その苦情が私の元へ来るのはおかしい。はっきり断っているのに、それでもなおウォルフィは追いすがる。
「何ですか。この無礼者は」
「カイアス様、申し訳ございません」
ウォルフィに蔑みの目を向けたカイアス様は、エドフォード様の側近だけあって格の違いを漂わせる。
普通の人なら泣いて逃げそうな状況なのに、こんなときだけ肝が据わっているウォルフィは堂々と私に訴えかけた。
「お嬢様。あなたは何か誤解しています。話し合えばきっと分かり合えるはずなんです」
「誤解も何も、それ以前に私たちの間には知り合い以外の関係がありませんが」
いやいやいや、もう早く諦めて帰って!?
カイアス様の前でこんなことするなんて、ありえないから。この人は王太子の側近だから!我が家の恥部をガンガン晒すのやめてくれる!?
あぁ、頭痛がする。
ずかずかと私に近づいてくるものだから、ついには護衛の一人が私たちの間に身体を入れて守ってくれようとした。
「あなたは僕と結婚すべきなんだ!」
ひぃぃぃ!どこから来るのその自信!
私が頬を引き攣らせていると、ウォルフィの背後から冷たい声が響いた。
「ふざけるな」
護衛の肩越しにそちらを見ると、そこには絶対零度のオーラを纏ったラウルがいた。
あれ、エドフォード様は?まさか置き去りにしてきた!?
カイアス様も同じことを思ったみたいで、「何でおまえ一人なんだよ」という目をしている。
けれど、ラウルはキッとウォルフィを睨みつけ、轟々と音でも出そうなほどの殺気を放った。
「おまえは誰だ……!」
あの~、ラウルさん。
一応、ウォルフィの方が騎士団では古参なのですが……。
新参者であるラウルの方が、古参のウォルフィに名前を尋ねるというちょっと不思議な現象が起こっているけれど、ラウルの方が身分も格も上だし、有名人だから仕方ないか。
ただ、傲慢なウォルフィにそんなことが通用するわけはなく、彼は顔を真っ赤にして怒鳴る。
「うるさい!部外者はひっこんでろ!僕はお嬢様に用があるんだ!」
するとラウルはウォルフィの横をすり抜け、私の前へスッとやってきた。そして護衛やカイアス様には目もくれず、私の肩に両手を置いて訴えた。
「リディア、きちんと話がしたい。カイアスからすでに聞いたかもしれないが。どうしてもすぐに話がしたい」
「え、ええ。まぁ色々と伺ったわ。私も話したいと思っていたんだけれど」
そう伝えると、ほんの少しラウルの瞳に安堵の色が感じられた。
見つめ合っていると、またしてもウォルフィが叫ぶ。
「俺を無視するな!」
カイアス様が護衛に捕縛しろと命令しようとしたそのとき、ラウルが全身から殺気を放ってウォルフィを睨みつける。
「黙れ」
同じ空間にいた全員が、ラウルの殺気でゾクリと身体を震わせた。
彼は私を腕の中に囲い、ぎゅうっと強く抱き締める。
「リディアは俺と婚約する。消えろ」
はぃ!?決定なの!?
それはもう決定なの!?
ラウルが私を抱き込んでいるから、こちらからウォルフィの表情は見えない。けれど「ひっ」という情けない悲鳴は聞こえた。
そして大げさにため息をついたカイアス様が、ラウルを見て嘆く。
「もう少し柔らかく説明したらどうですか?『リディア嬢はラウル・グレイブと婚約するので、あなたの出る幕はありません』とか」
「長い。面倒だ」
「そうですけれど、こういうことはこちらも誠意をもってご説明しないと。あぁ、あなた。この男はとても危険人物ですから、本当に斬られる前に諦めた方が賢明ですよ。ここで引いてくださるなら、遺体も戸籍も抹消して存在をなかったことにするのはやめて差し上げます」
カイアス様、やりすぎだから。それはさすがにダメだから。
ってゆーか、ラウルの腕が痛い。
カイアス様が連れてきた侍従や護衛の生ぬるい視線に耐えられない。
なんか見世物みたいになってる!恥ずかしくて死にそうだった。
「くそっ……!」
ウォルフィはさすがに諦めたようで、睨みつつもすぐに踵を返して去っていく。一応、お父様に報告しておこう……と思ったら、すでにカイアス様が何か書いた紙を侍従に渡し、執務室へと引き返させた。仕事が早い!
「リディア、何もされていないか」
「だ、大丈夫。これだけ護衛がいて何かされたら大問題よ」
「そうか」
腕の中の私を見下ろし、ラウルは心の底から安心したように表情を緩ませた。そんな顔をされたら自分が愛されているような気がして、急激に体温が上昇してしまう。
「これはまた、うまく手懐けたものですねぇ。さすがはリディア嬢と言うべきか、それともラウルが壊れたのか」
確実に後者ですよ。
「王都へ戻る手筈は整えなくてもよさそうですね。ラウルのこと、末永くこき使ってやってください」
「いや、あの、それは困ると言いますかあの……」
違う。私はこんな展開を望んでいたんじゃない。
「ラウル、放して」
「嫌だ」
まさかの拒絶に、私はぎょっと目を見開く。
「これからエドフォード様のお出迎えに行かなきゃいけないでしょう!?」
そうでなくても放して欲しいけれど。
「勝手に帰ってくる。それより話がしたい」
「エドフォード様に挨拶もせずに、話なんて」
そんな失礼なことができるわけない、そう言おうと思ったのに、カイアス様から「いいですよ」とあっさり許可が出てしまった。
「あとは頼む」
「はい。また晩餐で」
「カイアス様、助けてぇぇぇ!」
ラウルによって小脇に抱えられ、邸の上階へ連れ去られる私。使用人たちが何事かと振り返るけれど、ラウルはそのまま進んでいった。





