すれ違いは色々と
領主館に着くと、門番から「おめでとうございます」と言われてしまった。「何が?」と聞かなくてもわかっている。ラウルと婚約したと思われているのだ。
「違うから」
否定しようが、門番たちは無言で敬礼をして私を迎えた。もう噂が広まっている。これから先が思いやられて頭が痛い……。
領主館は五階建。
いざというときは避難先になる砦の中にある。
私は見知った顔に挨拶をしながら、ズンズンとお父様の執務室へと向かった。きちんと釘を刺しておかねばいけない。釘で殴ってもいいかもしれない。
見た目が高貴な山賊のお父様は、釘くらいでは傷つくかはわからないけれど。
執務室の前には、護衛が四人いた。
え、暇なの?いつもはいないのに。
もしかして来客中かな?
けれど、護衛の四人は私がやってきたのを見ても「どうぞ」とばかりに目で促す。
疑問に思いつつも、私は扉をノックした。
――コンコン。
中からお父様の返事があり、私は護衛の騎士に扉を開けてもらって中へ入る。
するとそこには、会いたくない人がいた。
「これはリディア嬢。さっそくやってくるとはお耳が早いですね」
「カイアス様。耳が早いとは?私は父に会いに来たんですが、なぜここにカイアス様が」
父と向かい合って座っていた彼は、相変わらず美しい片眼鏡イケメンだった。今日は青い隊服を纏っているので、王太子警護の任務中だとわかる。
けれど、ここにエドフォード様がいない。部屋で休んでいるんだろうか、と思って不思議に思っていると、カイアス様が無表情で淡々と告げた。
「行き違いになったようですね。エド様はさきほど、あなたのいる薬屋に向かいました」
「そうなんですか!?」
ここに来たのは、視察のついでだとカイアス様は言った。
「リディアは偶然ここへ?てっきり、エド様が領主館に到着したのを黒魔術か何かで察して来られたんだと思ったのですが」
相変わらず失礼だな。
誰が黒魔術なんて使うか。
私はもう慣れっこだからこのままスルーしようと思ったのだが、お父様がダンッと机を拳で叩いた。
「貴様……!うちのリディアが黒魔術だと……!?首を差し出すつもりで言ってんだろうなぁ!?」
お父様は、婿を見る目はないが私のことは愛している。父の剣幕を目の当たりにして、カイアス様は「失礼いたしました」とだけ言って、怯えて目を伏せた。
私はお父様を宥めて、カイアス様に尋ねる。
「エドフォード様が薬屋に向かわれたなら、ラウルに会えるでしょう。一緒に連れてきてくれたらいいんですが」
「そのように、伝令をやりましょう」
部屋の中に侍従の一人が、カイアス様の命令で薬屋に向かう。
「どうですか、ラウルの様子は。さきほどお父上から、だいたいのことは伺いました。腕を治してくれたそうですね。殿下に代わって感謝を申し上げます。本当にありがとうございました」
こういうところは素直なんだよね。普段から嫌味を言わなければ、付き合いやすい人なんだけれど。
私は小さく首を横に振って言った。
「お礼を言われるようなことでは。本人からも言ってもらえましたし……あぁ、ラウルを連れて帰ってくれませんか?彼はここにいるつもりらしいんですが、ここではとても黒騎士様の力を発揮するようなことはないと思うんです。宝の持ち腐れになっちゃうので、しかるべき場所できちんと能力を発揮できるようにしてあげて欲しいんです」
ラウルはずっとエドフォード様の元で仕えてきたんだ。きっと説得されれば王都へ戻るはず。
「え?ラウルのこと気に入りませんでした?」
カイアス様は目を丸くした。
なんで?
「気に入るとか気に入らないとか、患者を選り好みしてどうするのですか」
私はそんな薬師じゃない。
「いえ、患者ではなく。あなたがエド様に婿候補を頼んできたからこそ、我々はラウル・グレイブを適任だと判断してこちらに寄越したのですが」
「……は?」
「え?本人から話がありませんでしたか?ラウルはリディアの婿として、ここに来たのです。ほら、ここに婚約に関する書類もすべて揃っています。本人がこれを持ってくるはずだったんですが、行けと言ったら翌朝もう王都を発ってしまっていて。グレイブ侯爵家もこの結婚に納得してくれましたし、むしろ喜んでくれていますし、さきほど話したらあなたのお父上も喜んでくださいましたよ?」
「……」
「あなたたち、一度よく話し合われた方がよいかと思います」
すごくまっとうなアドバイスをされた!
「あの、それって何かの間違いでは?」
「書類も揃っているのに?」
「ですよね。え、でも待って!?ラウルが婿って何!?だってラウルは生け贄になりたいって………………」
ここで私はようやく気付いた。私は何か大きな勘違いをしている、と。
「カイアス様」
「はい」
「あなたラウルに何て言ったんですか?生け贄とか言いませんでした?」
カイアス様はしばらく考えた後、「あぁ」と思い出して膝をポンッと叩いた。
「将来有望な生け贄を探している魔女がいるんです、と言いました」
それかー!
私はソファーの背もたれにぐったりと身体を預けた。目元を腕で覆い、絶望感に苛まれる。
「信じられないっ!いくら腕をケガしたからと言って、こんな田舎に放逐するなんて!ラウルならもっといい婿入り先があったでしょう!?」
「いえ、腕の治る婿入り先はここしかありませんよ。王都の医師や魔導士は、治療するのが黒騎士だって聞けばいい返事がもらえませんでしたから。あなたが誰か紹介してくれと言ってきたとき、これはラウルを治す好機だと思いました」
だとしても、普通に患者として送ってくればいいじゃないか。
「だったら、もう腕は治ったんだしやっぱりラウルを王都へ連れ帰ってください」
「え、困りますよ。イズドール卿に見つかったらまだ面倒なことになるじゃないですか。ラウル、腕も立つし顔もいいでしょう?何が気に入らないのですか。はっきり言って、あなたにとってこれ以上の良縁はありませんよ?もちろん、ラウルにとっても」
私はともかくラウルにはあるだろう、まだ離婚歴のない新品なんだし。28歳という年齢は、男性にとってはそれほど不利にならない。ラウルほどの婿が得られるなら、18歳くらいのお嬢さんでも名乗りを上げるんじゃないかな。
あぁ、隣にいる父の視線が痛い。「これを逃したらもう無理だぞ?」という露骨な視線が痛い。
「けれど、ラウルはこんな辺境では……」
私が薬師の仕事を大事にしていて、この仕事や環境を捨てられないのと同じように、ラウルだって騎士に未練はないのだろうか。エドフォード様を守るっていう大義に。
左腕が動かなくて、他に選択肢がなかった以前とは違う。今はリハビリさえすればまた双剣を揮えるんだよ。やりたいことができるんだよ?
私に恩義を感じている気持ちも本当だろうけれど、婿入りしたら何十年もここで生きることになる。それが枷にならないとは、私には思えない。
「一度二人で話し合ってください。私としては、無理強いするつもりはありませんので。ラウルが王都に戻ると面倒なことになるのは間違いないですが、彼がまたエド様を守ることを望むのであればそのように図らいますから」
「わかりました。よろしくお願いいたします」





