黒騎士様がうちに来た理由
翌日、私はラウルと共に山へ入っていった。
日本でいうパワースポットみたいな神聖な場所として街の人に大切にされていて、神殿の聖域であることを示す看板がある。
立ち入り禁止ではないけれど、方角がわからなくなって迷ったら遭難してしまうので普通の人はあまり来ない。
私がお師様と出会った場所でもあり、滝の近くには貴重な薬草がたくさん自生しているのだ。
ラウルは黙って私の後ろをついて歩いている。
朝から何か言いたいことがあるのか、ちょっと挙動不審だった。
そろそろ王都へ帰りたいという申し出だろうか。
一緒にごはんを食べる暮らしに慣れてしまい、ちょっと淋しく感じるけれど、リハビリはここでなくてもできるから早めに帰るのもいいんじゃないかと思う。
家族も心配しているだろう。彼にはケガを負ったことを知る友人だっているはずで。
あ、エドフォード様にラウルのケガが治ったことを手紙で知らせないと。
籠に薬草や山菜を摘んでいる間、そんなことを考えていた。
お昼前になり、休憩をしようとしたときに彼はようやく話を切り出してきた。
「リディア」
「何?」
私の隣に座った彼は、短剣は装備したまま、二本の剣を地面にそっと置いて神妙な面持ちでこちらを見る。
「聞かないのか?なぜ俺がケガをしたのか。……腕を、斬られたのか」
そっち!?
帰りたいって話じゃなかった。
拍子抜けした私は、自分が思っていた以上にホッとしたことに気づく。
「気にならないわけじゃないけれど、患者の事情を詮索するのは好きじゃないの。誰にだって言いたくないことくらいあるし、言わなきゃ治療できないわけじゃないから」
プライベートにずけずけ入っていくわけにはいかない。薬師にそんな権利はないと思う。
「どうしたの?話してくれる気になったの?」
冗談めかしてそう尋ねると、彼はスッと視線を逸らして小川の方を見た。
「弟子に、斬られたんだ」
「え」
私の心臓がドクンと跳ねる。
そして、治療をはじめたときのことが記憶によみがえった。
小川の流れるザァザァという音がやけに大きく聞こえ、緊張感が増してくる。
ラウルはきらめく水面をぼんやり眺めつつ、抑揚のない声で話を続ける。
「俺は……腕が治って喜んでいいのかわからないんだ」
「わからないって、どうして?」
私が勝手に治療したんだから、そういうことも予想はできていた。だから驚いてはいない。
ただ、剣を振るっているここ数日のラウルは目に見えて生き生きとしていたから、あえてそれを口にされたのには驚いた。
「長い話になってしまうが、聞いてくれるか?」
再び私の目を見たラウル。笑顔で黙って頷けば、彼は静かに話し始めた。
「俺の受け継いだ鎧は、複数の兄弟弟子と戦って勝って得たものだ。そのときに最後まで争った男がいた」
彼の名前はダリオ・イズドール。公爵家の次男で、財務大臣のご子息だという。貴族の次男以下が騎士を目指すのはよくあることだけれど、基本的には家とのつながりのある師匠に物心つく前からついて学ぶんだとか。
でもそのダリオは、10歳でラウルの師匠の下へやってきたという。
王国一の剣豪と呼ばれた師匠に憧れていたらしい。
「ダリオは俺を敵視していた。家同士の縁も薄かったし、自分の師より俺の師の方が名実ともに上だったことも気に入らなかったらしい。俺としては好きでも嫌いでもなかったのだが、向こうは何かにつけて絡んできていた」
何となく想像できる。
興味がないので軽くあしらうラウル、そして憤るダリオとかいう少年。色々不満が溜まっていったんだろうな。
けれど、彼自身の剣の才は確かなものだったとラウルは話す。
「17歳のとき、最後の試験でヤツと戦った。そして俺は師匠から武具を受け継いだんだ」
「それで、ダリオはその後どうしたの?ずっとライバル関係は続いたの?」
師の武具を継げなくても、騎士として腕が立つなら騎士団で活躍できるはず。
しかしラウルはかぶりを振った。
「ダリオは剣を捨て、堕落した生活を送るようになり、身体を壊して亡くなった。婚約者が彼を見限り、別の男に走ったことがきっかけになったらしい。俺も人づてに聞いただけだから、どこまで真実かわからないが」
「そう……」
「しかし彼の父親のイズドール卿は、息子が死んだのは俺のせいだと」
「はぁ!?」
逆恨みも甚だしい。
「恨まれているのは知っていた。騎士団の予算配分や人員配置で嫌がらせを受けていたから。でも、そこの娘に惚れられて婚約を申し込まれたときからさらに嫌がらせはひどくなった」
「あら」
「当然断ったが、それ以来はもう俺が生きているだけで目障りだったのだろうな。刺客が送り込まれたり毒を盛られたり、エドフォード様が水面下で手を回してくれたがそれでも俺への攻撃は収まらなかった」
哀れ、ラウル。面倒事を引き寄せる運命でも背負っているのかしら。
私の二度の離縁もなかなかの悲劇だけれど、命がかかっている分、彼の方がかわいそうだと思った。
「6年前、このマイヤーズ領で起きた戦のことを覚えているか?」
「ええ、もちろん」
彼はそのときの戦で、エドフォード様を守る第一騎士団の副団長として指揮を執っていた。
確か団長が短慮でキレやすくて、ちょっと使えない人だったような。
「あのとき、敵に占拠された村を一つ焼き払ってしまったんだ。俺がいない隙に、団長が独断で兵を動かしてやったことで……その結果団長は干されたんだが。俺の弟子はディノと言い、そこの村の生き残りだった。家族を失った彼を引き取って、剣を教えていた」
ディノは村が焼かれた理由を一切知らなかったという。
当時8歳だった彼は、身体能力こそ高いものの読み書きや計算もできない男の子で、このまま放逐すればスラムで物盗りをする暮らしになる。
そう思ったラウルは彼を引き取り、自分の弟子にしたんだとか。
「ここ一年ほどは何かに思い悩んでいるようで、だが俺は何も聞かなかった。14歳という年齢を考えれば、思い悩むことの一つや二つはあろうだろうと。だが二か月前、ディノが俺を刺してようやくわかった。ディノはイズドール卿に、村を焼いたのは俺だと騙されたらしい」
「あなたのことを、村の人や家族の仇って思っちゃったのね……?」
ラウルは頷いた。
その表情は、弟子のことを憐れんでいるように見える。きちんと話をしなかった自分が悪かった、と思っているのだろう。
「俺は、攻撃されたことで反射的に相手を斬った。城内でふいに襲ってきたのがディノだとは思わず、気づいたときには彼が足下に倒れていた」
正当防衛とはいえ、弟子を手にかけてしまった。ラウルは苦しげに顔を歪ませる。
ディノはすぐに魔術師のところへ運ばれ、一命は取り留めた。けれどラウルは自分のけがを後回しにして、止血処置のみで取り調べに応じ、回復魔法もかけずに騎士団寮へ戻ったという。
そして二日後、気づいたカイアス様に引きずられてようやくまともな手当を受けることになったという。
ラウルは自分の気持ちについては言及しなかったけれど、きっと信じていた弟子に裏切られて茫然としたんだろうな。腕が動かなくなるほどの重傷を放置してしまうなんて。
「弟子の少年はどうなったの?」
「ディノは、回復を待たずしてエドフォード様が秘密裏に匿ってくれた。回復すれば、イズドール卿に口封じされる可能性があるから……俺が頼んだ」
逆恨みで、そんな少年にラウルを傷つけさせるなんて。イズドール卿に対する怒りがふつふつとこみ上げる。
この世界は命が軽すぎる。
為政者の一部には、使い捨てのように部下の命を考えている人がいると聞くけれど、そのイズドール卿はまさにそうだと感じた。
エドフォード様が黒騎士であるラウルを重用するのも気に入らなかった、そんな事情もありそうだ。
ん?でもエドフォード様が王太子に就いたのって、そのイズドール卿が後ろ盾になっていたんじゃなかっただろうか。
だとすると、表立って裁けなかったエドフォード様の立場も苦しいだろうな。コレっていう確実な証拠がなければ、財務大臣を追求するのはむずかしい。
「左腕が動かないとわかって、俺は騎士団長を辞した。もう、いない方がいいと思ったんだ」
「だからって生け贄になろうなんて」
「こんな命でも、未来のために使ってもらえるならと思ったんだ。カイアスには『どうせ命を捨てるなら、人の役に立ってから死んではどうか』と言われたしな」
おのれカイアス!
私を魔女呼ばわりするだけでなく、傷ついた人になんてこと言うんだ!!
あの片眼鏡の男を殴ってやりたくなった。
しかしここで私は、重大なことを尋ねる。
「今は、どうなの?今もまだ生け贄になりたい?……生きたいと願う理由がない、そう思う?」
それは初めて会ったときに聞いた言葉。
――生きたいと願う理由がない
心身共に疲弊した彼が放った言葉だった。
ラウルはしばらく黙っていたが、静かに首を振る。
「我ながら浅はかだったと今ならわかる。リディアに治してもらった腕を、大事なものを守るために使いたい」
「そう、それはよかった」
ホッとした。
積極的に死にたいと思っているよりも、生きたいと思わない「無」の状態の方がある意味では危険だ。心が空っぽな状態では、他者にいいように使われてどんどん闇に引きずられることもある。
ラウルは稀な武力を持っているから、他者に及ぼす影響も大きい。
「でも、俺が生きていていいのかはわからない。この腕が治ったことを喜んでいいのか、それすらわからないんだ。情けないだろう」
切なげに顔を伏せた彼は、とても頼りなく見える。
あぁ、この人って戦う以外は普通の人間なんだな。当たり前なんだけれど、ここまで追い詰められて傷つかないはずがない。
敵にも味方にも弱さを見せられない、そんな環境に身を置いてきた彼にとって、自分がどうありたいかよりも組織の中でどうあるべきかを優先するのが身についてしまってる。
異世界の社畜は、奉仕精神が突き抜けてしまっていた。
私はそっと彼に近づき、その左手に自分の手を重ねる。指の動きも問題なく、もう細かな動きもできるようになった手に。
「あなたの気持ちはどうなの?喜んでいいのかわからない、じゃなくて、あなたはどう感じているの?」
「…………俺が?」
苦しかっただろう。
これまであったものが突然奪われるのはつらい。
ふとした瞬間に、失ったことを気づかされる。そのたびに傷つく。
「これまでのことは全部、ラウルのせいじゃない。あなたは喜んでいいの。情けなくなんてない。今つらいのは、ちょっとがんばりすぎただけよ、大丈夫」
ラウルはこれからきっと幸せになれる。
斬られたくせに、弟子の心配をするくらいだから。そんな優しい人が幸せになれないなんて、どう考えてもおかしい。
微笑みながら見上げると、ラウルはじっとその手を見つめて言った。
「動くんだ。目が覚めても、夢の中だけでなく現実でも腕が動く……」
「うん」
「単純なものだ。また腕が動くだけで、これからも生きていけるかもしれないと思えてきて……」
一緒にその手を見つめていると、突然抱き寄せられて頭を抱えられた。抱き締められているというよりは、押さえつけられているような。
言葉に詰まり、喉が動くのがわかる。
「……泣いてるの?」
そっと尋ねれば、しばしの間を置いて返事があった。
「騎士はめったなことでは泣かない」
「そうね」
これは抱擁ではなく、捕縛。涙を見られないための捕縛。
そう心の中で繰り返さないと、ドキドキして死んでしまいそうだった。
仕方ないので我慢してあげる。
精一杯の強がりで、私はこの沈黙を過ごした。
「ありがとう」
突然降ってきたその声に、私は身震いしそうなほど歓喜に包まれる。
あぁ、この人を助けられて本当によかった。自然に頬が緩む。
見えないけれど、ラウルもほんの少しは笑っているんじゃないか。仕方ないから泣き顔は見ないであげよう。
彼にとってうちに来たことは大きな出来事だったけれど、それは私にとっても同じ。
お師様がいなくてもこれから独り立ちしてがんばらなくては、そう思えるきっかけになったのだった。





