喜びで浮かれました
毒を使った魔力過多症の治療は、あまり例がない。
それは人道的にどうっていう理由ではなく、魔物食いと呼ばれている毒草が危険地帯にしかなくて希少だから。
そんなものが、鍵付きとはいえ庭の片隅にある薬草園に植えられていることはおおっぴらに言えない。
ラウルの熱を1時間置きに測り、毒を飲ませてから10時間後にようやく体内の魔力が減って熱が平熱に戻った。
私は徹夜で彼の状態を見張り続け、熱が下がったときは体温計を二度見した。
すぐに解毒薬の水薬を飲ませると、ラウルの左腕の湿布薬をはがす。汗は引いていて、顔色は良くなっていたのでほっとした。
よかった……!どうにか峠を越えた……!!
眠っている彼の顔や上半身を拭き、汗だくになった大きなシャツを籠に放り込むと、簡単な栄養剤を飲んでまた彼の看病に戻る。
引き続き1時間置きに体温を計測し、無意識の彼に体力回復薬と水を飲ませるのも忘れない。
こんなに必死で看病したのは、エドフォード様が病に倒れたとき以来だ。
もっとも、彼は王子様なので従者のカイアス様や世話役の人たちがたくさんいて、私が徹夜をする必要性はまったくなかった。
「もうこんなハードな看病はこりごりだわ……」
ラウルの見事な銀髪に触れ、私は苦笑する。
彼が目を覚ましたのは、それから二日経ってからのことだった。
「……ア。…………ディア」
ぱちりと目を開けると、白い清潔なシーツが見える。勢いよく頭を上げて上半身を起こした私は、自分が椅子に座りながらベッドに突っ伏して眠っていたことに気づいた。
「ラウル……?」
あれ、この人。私のことを今初めてリディアって呼んだんじゃないかな。
いやでも問題はそこじゃない。
ラウルは今、ベッドに上半身を起こして座っていた。私を呼び、目を覚まさせたのは彼だ。
「えっと、身体の調子はどう?」
まだ覚醒しきらない頭でそう尋ねれば、彼は大丈夫だと答える。
その声は病人のそれではなく、しっかりとした低い声だった。
「腕はどうなった?ちゃんと動く……?」
おそるおそる彼に手を伸ばす。
すると、ゆっくりだけれど確かに、彼の左手が私の右手を握った。
「っ!」
動いた。
私が手を凝視している間もずっと、ラウルの紫色の瞳は私の方を向いていた。
「痛みは?」
「ない」
「感覚はあるの?」
そっと握ってみると、ぎゅうっと強く握り返される。
「指も?腕を高く上げることもできる?」
私は彼の左腕をとり、簡単なストレッチをした。きちんと感覚があるとわかり、ようやく私は大きな息をついた。
「ラウル……あなた腕が動く、よね?」
状態を確認したにもかかわらず、私はそんな問いをしてしまった。ラウルは自分の左手を茫然と見つめている。
まだぎこちないけれど、指を握ったり開いたりもできる。
「あぁ、動く」
「っ!よかった~!!」
死なせずに済んだ。
腕が治ったこともうれしいけれど、ラウルが生きていてまた喋っているのがうれしかった。
あぁ、感極まって喉が痛いくらい。
胸に何かがつっかえていて、お腹の底から温かいものがこみ上げる。
「これでまた剣が握れるわね!」
興奮した私は、彼の左手を両手で包んで強く握った。
「おめでとう!!治って本当によかった!!」
殺しかけたことは内緒にしよう!
私はラウルに抱きついて、彼の頭を抱えて喜びを爆発させた。最近は二度目の離縁でどん底な気分だったけれど、ラウルを治せたならすべてがどうでもいいことに思えた。
「ああ~!よかったー!!」
喜びを噛みしめすぎて、涙が出てきた。
彼は特に大きな反応もなく静かにしているが、私はとにかくうれしくて仕方がない。
「はっ!?ごはん食べられる!?体力回復薬も飲まなきゃ……あ、着替えもしたいよね!?」
矢継ぎ早に尋ねる私に、ラウルが驚いた顔をする。
「あ、あぁ。着替えをして、食事も摂りたい」
「すぐ用意してくる!まだ明るいし、二階にジェバンナさんがいるはずだから!」
これまでの疲労がどこかに行ってしまったような気がして、私はすぐに準備をしようと駆け出した。





