アクシデント発生
治療開始から4日目。
ラウルの熱が下がるどころか上がり始めたことで、私は異変に気付く。
「これって、魔力過多症……!」
ラウルはぐったりしていて、呼吸が荒い。
そろそろ左腕は治っているはずなのに、熱が下がらず、うなされることもあった。
手伝いに来てくれていたナタリーが、体力回復薬を手にして私に尋ねる。
「体力回復薬じゃダメなの?」
体力回復薬は、魔法で作った栄養剤だ。魔力過多症には効かない。
「魔力過多症は、何らかの原因で限界以上の魔力が生産されてしまう症状なの。生まれ持っての体質もあるけれど、戦闘時に興奮しすぎてそうなる魔導士もいるわ。でもなんでラウルが……」
治療をするにあたり、命の前借りの影響で治したい部分の左腕に魔力が集まっていた。
でもそれは偏っているだけで、身体全体としての魔力量はまったく消費していない。
「もしかして、魔力が偏っているのを、脳が減ったと勘違いした?」
減っていないのに減ったと勘違いして、魔力を生産してしまった。
それで結果的に、魔力が体内に溢れる魔力過多症に……
「マズイかも。左腕のケガが治ったら、一カ所に集まっていた魔力が分散して全身に戻っちゃう。そうなったら魔力が飽和状態になって……」
最悪の場合は死に至る。
「ど、どうするのリディア!このままだとラウル様が」
ナタリーは悲痛な面持ちでパニックになっている。隣に立っていたノルンは、彼女の背中をそっと撫でて宥めてくれた。
「がんばってと応援すれば何とかなるか……?」
「ノルン。あなたもけっこう混乱しているわね」
そんなことで治れば、薬師も医師もいらない。
私がじとっとした目を向けると、さらにノルンが意味不明な行動をとる。眉間にシワを寄せ、そっと部屋を出て行こうとしたのだ。
「ちょっと、どこ行くの?」
「う、埋める場所を探そうと思って」
ノルンさぁぁぁん!!
ダメですよー!
「待ちなさいノルン!諦めて死体を埋めようとするんじゃない!!」
生きてるから!ラウルを助ける方法はあるから!
ノルンは真面目さが突き抜けていて、私が本当に毒姫になるのを防ごうとしているだけなんだけれど、さすがに埋めようとする発想は飛び過ぎだ。
ナタリーに腕を掴まれ、ノルンは部屋に連れ戻される。
二人があぁでもない、こうでもないと言い争うのを見ていたら、急に頭が冷静になってきた。
「ラウルの魔力を薬で減らすわ」
元気な状態なら、何でもいいから魔法を放ってもらえばいいんだけれど、意識朦朧としたこの状態ではそれはできない。
「「どうやって?」」
採取用のバッグを持って、私はすぐに庭へ向かおうとする。
「私は今から魔力を減らしてくれる薬草をとってくる」
「わかった。いつ戻る?」
あ、ノルンが普通に戻った。
「一時間くらいで戻れるわ。魔力過多症は数週間生きられるから、今日明日どうこうなるってことはないの、安心して」
二人がホッと胸をなでおろす。
今ここに、お師様はいない。私が何とかしなければ。
彼を本当に生け贄にするわけにはいかない。
私は絶対に彼を死なせないと心に誓って、薬草園へと向かった。
◆◆◆
私が薬草園からとってきたのは、猛毒を持つジギタリスに似た紫の花とその球根。魔物食いと呼ばれている毒草の一種である。死んだ魔獣を苗床にして育つ、魔力を吸い取ってしまう危険極まりない毒草だ。
ここから魔力を吸い取る毒を抽出し、麻痺系の毒素と分離させる。
お師様の作ったミキサーに似た撹拌機に花と球根を入れ、紫色のエキスの入った汁だけを乾燥させて粉にした。
やけにきれいな紫色の粉に、ナタリーが引いている。
ノルンはラウルの熱を測って、体力回復薬を無理やり飲ませていた。正気に戻ったノルンは頼もしい。
「こ、これをどうするの……?色が鮮やかすぎて不気味だわ。毒にしか見えない」
「うん、毒よこれ」
「えええ!?」
「これを少しずつラウルに飲ませて、彼の身体の中にある魔力を減らすの。普通の人には毒でも、今のラウルには魔力を減らす薬になるわ。それで熱が下がったタイミングで、解毒薬を飲ませるの」
確実にうまくいくとは言い切れないけれど、これしか方法がない。
これでこの人を殺してしまったらどうしよう、と思うと手が震えてしまう。もちろんこれを飲んだくらいで即死はしないし、他にまったく方法がないような疫病や大けがとは違うけれど……。
私は気づいてしまったのだ。これまではお師様がいるからって、心のどこかで甘えていたことに。
「リディア……?」
黙り込んだ私を見て、ナタリーが不安そうに瞳を揺らす。
「絶対に助けてみせる。助けられる」
自分に言い聞かせるように、そう言った。
「私のせいだもの。ラウルは、ケガは治らなくても生きていくことができたのに……。私が治療したいって言い出さなければ、魔力過多症になることはなかったのよ。だから絶対に私が助ける」
私ががんばるしかない……!
あぁ、どうか女神様。
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4日目の夜は、緊張感に包まれて過ぎていった。





