ラクラク恋愛シミュレーション転生システム
私がリディアとして生まれ変わったのは、女神様の戯れがきっかけだ。
異世界転生、まさかそれが自分の身に起こるなんて考えてもいなかった。
そりゃ、そんなことが起こればいいな~なんてちらっと思ったことはあったけれど、まさかそれが現実になるなんて誰も思わないでしょう?
前世はイベントプロデューサーだった私は、とにかくお酒が好きだった。
激務を若さと酒で乗り切るのはそろそろ限界か、と思っていた28歳。
仕事終わりの打ち上げでかなりの量のお酒を飲み、家に帰ってシャワーを浴びたらそのまま倒れた。
どうやら脳の血管がバーンと弾けてしまったらしい。
あぁ、先輩が「酔ったときは風呂に入るな」って言っていたのはコレだったのか……なんて思っても時すでに遅し。日本人としての人生はあっという間だった。
そして、突然出てきた女神様によって、新しい世界に転生させられることになった。
『おめでとうございますっ!転生する権利を得ました!』
「権利ってことは、拒否できるんですか?」
何事も、契約前にはしっかりと確認を。社会人なら当然の警戒心で、そんなことを反射的に尋ねる。
が、銀髪・青目の美しい女神様は、私の言葉を聞いてコテンとかわいらしく首を傾げた。
『これまでに拒否した方はいません。前例がないのでめんどうですから、転生してください!』
……いい加減なことで。
まぁ、いいか。拒否する理由もないので、私は仕方なく頷いた。
「ちなみに、なぜ私なんですか?」
『強く逞しそうだったからです』
ちょっと納得いかない理由だけれど、おそらく肉体ではなく精神力の方だろうなと思って沈黙する。
女神様に強く逞しい認定されるって、何だかちっともうれしくない。けれどか弱くないことも自覚しているので、ここはスルーしよう。
「私以外にも転生者はいるんですか?」
『これからあなたが行く世界に、同じタイミングでは存在しません。他の時間軸や他の世界には、数人の日本人がいます』
なんで日本人限定?
きょとんとすると、心の中が筒抜けなのか、女神様はふふっと笑った。
『日本人はまじめなので、何でも受け入れてくれやすいのです~。ほら、信心深い人だと私たちを神と認めないとか、主よなぜこんな試練を~とか言ってめんどうなのです』
「なるほど」
多様な神を認められる日本人は、この胡散臭い女神でも神様だと思えるってことね。
『精神の健康を保つため、日本にいた頃の家族や友人への執着は薄くさせてもらいますが、それ以外の記憶はそのままとなります。転生して、がんばって生きてください~』
「……わかりました」
転生させてくれるっていうなら、まぁいいか。女神様のいうように、私は今、家族や友人のことを思い出そうとしたけれど思い出せないし、戻りたいという感情は生まれてこない。
転生するための下準備がすでに整えられているとしたら、私に反論する権利も理由もないように思えた。
が、私があまり乗り気でないように見えたらしく、女神様は苦笑する。
『大丈夫!あなたにやってもらいたいのは、これから転生する世界で王子様の命を助けること!そして恋に落ちて、幸せになるだけでいいんです!』
「王子様の命を助ける?恋に落ちて幸せになる?ノリが軽いわ!」
女神様がすごく簡単なことみたいにいうから、思わず聞き返してしまった。
王子様と恋に落ちるって、難易度が高すぎない!?
私がよく読んでいた現代ラブコメの、御曹司とかパイロットとか、企業のCEOと偶然出会って結婚する漫画も難易度が高いけれど、王子様ってまず気軽に出会えなくない!?
『簡単かどうかはあなた次第ですが、美しい容姿と便利なスキルを持たせるから安心して行ってください』
「はぁ……」
レジャー施設でアトラクションに乗り込むくらいのテンションだけれど、こんなことでいいのかな!?
女神様の説明によると、私はとある街に貴族の令嬢として生まれるから、そこでいずれ出会う王子様の病気を治せばいいんだとか。魔法のある世界なので、回復魔法のスキルは持たせてくれるらしい。
しかも、王子様を助けられるように、薬師の家系に転生させるというお膳立て付き。出会うべくして出会うのだと。
「なんで王子様を助ける必要があるんですか?いや、それはもちろん命は大切だし、王子様が死んじゃいけないっていうのはわかるんですが」
別に王子様でなくても、他の男性を助けて恋に落ちてもいいじゃないか。
素朴な疑問を口にすると、女神様が急に目を伏せて言いにくそうにもじもじしだした。
『えーっと、それは…………上級女神様がですね、シナリオを書いたので……それに従ってくれる人を……』
どういうこと!?
上級女神様って何?
この女神様は下っ端なのかな?
「もしかして、神様の遊びに付き合えってことですか?」
じとっとした目を向けると、慌てて彼女は両手をぶんぶん振って否定した。
『遊びじゃないです~!一応、そういうシナリオを用意しておいた方がおもしろいかなって、上級女神様が』
やっぱり遊びじゃないの。
「そのシナリオに反したら、何か罰があったり、すごく不幸になったりするんですか!?」
そんな危険な世界に行きたくない。
もし不幸になるって決まってるなら、断固拒否してやる!
そう思って問い詰めると、女神様はそれも必死で否定した。
『いえいえいえいえいえ!!そのあたりは大丈夫です!一応、念のために、シナリオ通りに生きてくれたらうれしいなぁ、みたいな感じでして!あくまで、あなたが幸せになるのがこの転生の目的であり、女神様が見たいと思っている物語ですので』
「罰はない?」
『はい!ありません』
なら、いいか。
そこまで聞いて、私は納得した。
『王子様の病を確実に治せるように、あなたの願いを一度だけ叶える加護を与えます。これさえあれば、王子様と出会ったときに心の中で快癒を願いさえすれば大丈夫ですから』
なんでそこまで至れり尽くせり。
『上級女神様が鬱展開とか苦手なんです~。だから、”誰でも簡単!ラクラク恋愛シミュレーション転生システム”を採用しています!』
イージーモードなことはわかったけれど、これは完全に女神の娯楽に付き合わされていますね!
あぁ、そうですか!わかりました!
どうせなら幸せになりたいもんね。
”誰でも簡単!ラクラク恋愛シミュレーション転生システム”で行きましょう!
『それでは、どうぞいってらっしゃい!基本的には平和で安全な暮らしができると思いますが、ちょっと魔物とか出るくらいはがんばって対処してね~』
「え?」
何か最後に恐ろしいことを言われたような。
魔物が出る?おもいっきりファンタジーですけれど!?
でも、もう尋ねることはできなかった。
私の意識は光に飲み込まれ、異世界転生をすることになったのだった……。