治療が始まりました
ラウルと出会って2日目。
彼の治療は朝からすぐに始まった。見た目には左腕に薄茶色の厚手の湿布を貼っているだけで、今のところはまだ発熱や頭痛などの諸症状はない。
最初こそベッドに座っておとなしく本を読んでいたけれど、一時間もすれば飽きてしまったのか、今は私が薬を作る様子を見学している。
「器用なものだな」
「それはどうも。でも、あなたの剣に比べるとそうでもないような気がするけれど」
決まった容量の粉を瓶に移し、コルク栓をして紐でくるくるっと縛っていく。ラウルは私のすぐ近くの丸椅子に腰かけ、じっとそれを見ていた。
「これが終わったら、ラウルの薬の時間ね。腕はどう?」
手を動かしつつ聞いてみると、彼は表情を変えずに大丈夫だと言った。じんわりと腕が熱いのは、湿布薬を貼ってすぐに感じているのでそれも変わりないらしい。
薬屋に卸す分だけ出来上がったら、私は色とりどりの粉の入った瓶を片付けて、ラウルに体力回復薬の水薬を渡した。カップにたった一口分。すぐにそれを飲みほした彼は、席を立ってわざわざカップを片付けてくれた。
「ありがとう。患者なんだから気を遣わなくてもいいのに」
「動けるうちは何でも言ってくれ。じっとしているのは意外にツライと知ったからな」
黒騎士様と崇められた人と思えない、謙虚な言葉だ。偉そうな騎士たちにはラウルを見習ってほしい。
「でももうダメ。そろそろ熱が出るかもしれない。ベッドに戻って」
体力を減らすわけにはいかないので、私は彼の背中をぐいぐい押してベッドに戻した。
彼の着ている黒い麻のシャツは、意外に手触りがよかった。防刃糸が編み込まれているようで、軍服や鎧の下に着る服だと気づく。
「これって、魔物のアラクネの糸が組み込まれているのよね」
「そうだ」
「確か近くの山にもいるのよね。今度、採取のついでに探してみようかな」
手のひらサイズの蜘蛛ならば、魔物でもなんとかなるかも。そんなことを思っていると、ラウルがやめておけと言った。
「危険だ。女子供が手を出していいものじゃない。どうしても糸が欲しいなら、俺がついていくから」
強力な護衛を手に入れた!
私は一瞬で目を輝かせる。
「本当!?やったぁ!孤児院の子たちが夏にお祭りで着る衣装の材料が欲しかったの!」
丈夫な衣装を作れば、お祭りが終わっても年中着られる。ラウルに護衛料を払ったとしても、糸がたくさん手に入れば十分なお金と素材が得られるだろう。
魔物から作られる糸は、街の雑貨店や工芸店に行ってもタイミングによっては置いていない。普通の糸ならすぐ手に入るんだけれど、こればかりは生態系や取ってきてくれる冒険者の都合による。
こういうときに男手があるってとても便利だな。前夫のレイモンドは、山に入るような人ではなかったから諦めていたけれど……。
さっそくどんな衣装にしようか悩む私を見て、ラウルは少しだけ口角を上げて笑った。
◆◆◆
ラウルの治療は、順調に進んでいるかのように見えた。
ところが、治療をはじめたその日の夜には38度を超える熱が出て、眠りも浅くなり、全身の倦怠感を訴え始める。
そして翌日、翌々日も熱は下がらず、左腕が焼けるように熱いと苦しむ姿は見ているこっちも苦しくなるほどで。
左腕を右手で押さえ、その顔は苦痛に歪んでいた。
私はどうにか彼の痛みを和らげたくて痛み止めや解熱剤を処方したが、あまり効き目はないみたい。
「ラウル。薬湯は飲める?」
さすがは命の前借り、腕が治る代償は大きい。
ベッドで横たわる彼は、少しクマのできた目で私を見る。
「飲めないって言っても飲ませるんだろう?」
「よくご存じで」
これまで二回、彼の身体を支えて無理やり飲ませた。いらないって言われても、脱水症状が起きる前に水分は取らせたい。ラウルは自分を押さえつける腕の力に「本当に女か」と呆れていたが、薬師の女性は患者を押さえつけることもあるので総じて力が強いのだ。
「はぁ……はぁ……、本当に、これは、キツイな」
うつらうつら眠ったり起きたりを繰り返しているラウルが、初めてキツイと弱音を口にした。
冗談めいてはいるものの、途切れる言葉がそのつらさを物語る。
「明日には熱が下がるといいんだけれど」
汗だくになった顔や首、腕を冷たい水にひたしたタオルで拭うと、彼は抵抗せずに受け入れてくれた。
二時間ほど眠らせた後、食事をする気にならないと言って拒絶するラウルに無理やり粥を食べさせる。さすがに食事抜きで体力回復薬だけを飲むのはいけない。
ノルンは勤務の合間に様子を見に来てくれて、だんだんと弱っていくラウルを見てちょっとときめいていた。強い男がたまに見せる弱った姿が萌えるらしい。
私としては、弱った姿よりも剣をふるっている姿の方がかっこよく見えたんだけれど。そう話したら、ノルンがラウルに向ける視線が厳しくなった。友情が深すぎて、嫉妬しているらしい。
一方、憧れの黒騎士様を心配したナタリーはというと、もぎたての梨やりんごを持ってきてくれた。彼女の家の温室で育てている果実は、異国から取り寄せた苗や種から育てた栄養満点の品種。
すりおろすと喉を通ったので、私は果実をせっせと擦って彼に食べさせた。





