混ぜるな危険
ラウルの治療(軟禁?)は、まず夕食を摂るところから始まった。
いつもなら、通いのお手伝いさんジェバンナさん・40歳がおいしいごはんを作ってくれるけれど、さっき王都から戻ったばかりの私にはスキルも材料もない。
「これでいっか」
「それは?」
魔法で冷凍機能を持たせた保冷庫から、鶏肉や茹で野菜の袋を取り出す。
とにかく煮込んでシチューにしようと思っていた。
「冷凍した食材です。1か月以上、保管することができますよ」
ラウルは私と一緒に、2階にある調理場にいた。
休んでいていいと言ったのに、何も言わずに私についてきたのだ。律儀な人らしい。
食生活について尋ねると、彼はこれまで騎士団の食堂で適当なものを食べるか保存食を食べていたと話す。騎士団の食堂は栄養たっぷりの食事が提供されるそうで、前世の私の暮らしよりはいい食生活を送っていたようだった。
ケガをしてからは、実家の離れで療養生活を送り、そこでも料理人の作った食事を摂っていたというから問題ない。ただし明日からは例の「命の前借り」を使うので、身体が食事を受け付けるかどうかは微妙である。
「これが最後の晩餐になったらどうしましょう~」
冗談でそう言ってみると、彼は眉一つ動かさずに答えた。
「そうなる可能性はあるのか?」
冗談が通じないタイプかもしれない。
「そんなわけないでしょう」
私は楽しい会話は諦めて、鍋に水を入れて凍ったままの食材をその中に投入した。
ラウルはそれをじっと見ていて、興味津々といった感じだった。ただの家庭料理がめずらしいのか。
「あまり見られると、作りづらいです」
「すまない。……料理を見るのは初めてだ」
「ええっ!?」
そうか。グレイブ侯爵家といえば歴史があって資産も多い家柄。三男だってさっき聞いたけれど、自分で料理なんてするはずないお坊ちゃんだもんね。
騎士団でも平民と貴族では待遇が違う。野営の天幕を張るくらいはするだろうけれど、料理はしないだろうな。
「ふふっ、初めての女ですね私」
私はちらりと彼を見てクスッと笑った。
すると容赦ないツッコミが入る。
「語弊しかない」
「いいじゃないですか、誰が聞いているわけでもなく」
エドフォード様とはこんなくだらないやりとりばっかりしていたな、そういえば。王子様のくせにノリがいいから、けっこうフランクなお付き合いができたんだよね。
だから仲良くなりすぎてお友達になっちゃったんだけれど……
仏頂面の彼は放置し、私はハーブを水洗いしたりハムを切ったり、食事の準備を進めた。
三十分もすると、食卓の上には温かいシチューとサラダ、焼いたハムやパンが並び、おいしそうなにおいに満たされる。私はラウルと向かい合って座り、煎じた薬草茶と水をカップに入れて席に着いた。
料理は好きでも嫌いでもないけれど、薬の調合と同じようなもので、レシピ通りに配合すればきちんとした味のものが出来上がるからいい。
盛りつけはラウルが右手一本でもできるというので任せたが、きれいに皿に分けられていた。お師様は全部魔法でやっちゃうから、こんな風に手をかけて料理や準備をしたのは久しぶりな気がするなぁ。
「それでは、いただきます」
「……いただきます」
私の右斜め前に座ったラウルは、スプーンを手にシチューから食べ始める。
ジャムは、瓶のふたを開けてそのまま彼の前に置いておく。これなら右腕だけで塗れるだろう。
使うかどうかはわからないけれど、好きそうならまたジャムを作ろうと思った。
「うまい」
片手なのにきれいな所作で食べ進める彼は、ぽつりと呟く。
「お口にあってよかった。庶民食だから心配していたの」
私だって辺境伯爵家のお嬢様だけれど、店で暮らし始めてからは庶民の味に慣れ親しんでしまった。フルコースは疲れるとさえ思ってしまう。
ラウルは水を一口飲むと、パンにジャムを塗りつつ言った。
「こんな風に、誰かと食事をするのは久しぶりだ」
「いつも一人で?」
「あぁ。食堂は混雑していて、必要な栄養を身体に入れるだけだ。グレイブ家の家族は領地に住んでいるから、邸に戻っても食事は一人だった」
「そう」
ラウルの話を聞いて思った。
よく考えたら私も似たようなものだ、と。お師様と一緒に住んでいるとはいえ、あの人は研究ばかりしていて部屋からあまり出てこない。食事もほとんど自室で摂る。
私も同様で、本を読みながら、診察記録をつけながら、食事だけをするということはまずない。
ラウルが食事をするのを、温かい薬草茶を飲みながらぼんやり眺める。
「誰かと食事をするって、いいものですね」
返事は求めていなかった。
ただ何となく、思ったことを言っただけなのに。
「そうかもな」
肯定的な言葉が返ってきた。
驚いて目を瞬かせる私に気づき、ラウルは眉根を寄せた。
「何だ?」
「いえ、何も」
私はカップを置き、スプーンに持ち替えてシチューを口に入れる。
食卓は心地よい静けさに包まれた。
しばらく食べていると、ふいにラウルが尋ねる。
「年はいくつだ?」
そういえば名前しか名乗っていない。
そして私は気づいた。彼がなぜそんなことを聞いたのか。
「21歳」
私は童顔ではないから、20歳を超えていることはわかったんだろう。それなのに薬屋に住んでいて結婚しているように見えないから。
二度も離縁されたんですよ~、なんてさすがに言い出しにくく、私は聞かれる前に自分から言った。
「えっと……まぁ色々あってこうして独り身です。見合い相手の紹介は信頼できる人にお願いしているので、いつになるかわかりませんがそのうち結婚はすると思います」
「そうか」
まぁ、エドフォード様のツテを頼ってもむずかしいだろうけれど。
まだ離縁してひと月だから、再婚が来年になっても構わない。まともな人であれば、二年でも三年でも待つつもりだ。
この国では22歳くらいまでに結婚するのが普通だけれど、幸い私には薬師という仕事もあるし。
万が一、ほんっとうに万が一に再婚できなかったとして、お兄様を呼び戻せばいいだけだ。かわいそうだけれど、近衛は辞めて家に戻ってもらおう。私はそう決めていた。
「ラウルは?いくつなんですか?」
「28だ」
兜と鎧で固めた姿だと、6年前にそれくらいだと思っていた。貫禄がありすぎて。
あのときはまだ22歳だったのか。
「ご家族は?」
いつ命を失うかわからないから、騎士の結婚は早い。でも黒騎士様が結婚しているという情報はなかったから、おそらく独身だ。
「両親と兄が二人」
「ラウルは、ここに来ることをご家族に話したの?」
明日から治療に入るけれど、家族に話していなかったら大問題だ。
死ぬことはないけれど、エドフォード様のときみたいに王族殺しならぬ黒騎士殺しの疑いをかけられては困る。
「あぁ」
「生け贄なんてよく許したわね」
「そこには触れていない。手紙を送って、それには『これより先、俺が死んでもかまうな』と書いた」
「家族に何も話していないじゃない。許しを得る以前の問題だわ」
騎士が戦場に出るみたいな手紙を送るな。
私はため息を吐いて彼を見た。
「腕が治ったら真っ先に会いに行ってね、ご家族に」
「そうだな。治ればな」
彼はまったく期待していないみたい。きっとこれまでも、医者に腕を診せたんだろう。
絶対に治してやる。私の中で、むくむくと反骨精神が湧き上がる。
もぐもぐとサラダを咀嚼していると、薬草茶を飲んだラウルがその緑色の液体を見ながら言った。
「これは何が入ってる?」
「色々」
特製の薬草茶は苦くてえぐみがスゴイが、代謝をよくしてくれて疲労回復に効く。肌艶もよくなるので、私も1日1杯飲んではいるが……
「身体が熱くなってきた」
ラウルの健康的な肌がほんのり朱に染まっている。
「うわぁ」
「どうした。何か異変でもあったか」
今、私は視覚的な暴力を受けています!
血色の良くなった彼はムダに色気をまき散らしている。生理現象だとわかっているけれど、潤んだ目がエロイ。
お酒のCMとかどうですか?って推したくなるほど、妖艶な美しさを放っていた。
「混ぜるな危険」
「何と?」
もちろん、あなたとですよ~。とは言えずに、私は笑ってスルーした。





