イケメンの生け贄がお待ちかねでした
店に到着すると、私は少ない荷物をノルンから受け取った。
お茶でもどうかと誘ってみたけれど、私の父に報告をしたり、兄からの預かりものを領主館に運んで手続きしたりという仕事が残っているから、彼女は悔しがって去っていった。
明日、お休みがもらえるのでここに顔を出すと約束して。
薬草園が広がる広い庭を通り、私は裏口へと向かう。
木造三階建てのログハウスは、1階が広々とした店舗になっている。鶏小屋、燻製室の脇を通ると裏口があり、お師様が張った結界は私がつけているブレスレットさえあればスルーできる。
鶏たちは、孤児院の子どもたちが交代で世話をしてくれているので、留守をしても問題ない。
孤児院の子どもたちに銅貨を渡して働いてもらうのは、領主の一族としての義務でもあった。
「あ!リディア様、おかえりなさい!」
「おかえり~!」
水を取り替えていた七歳の男の子・シンが私を見つけた。その隣には、彼の妹である4歳のアリアがいる。
「ただいま。今日もお世話してくれてありがとう」
二人の頭を撫でると、とても嬉しそうに笑った。
この庭に毒草はない。
だからこうして子どもたちをいれることができる。
「ねぇねぇ、表の玄関前にお客さんがいるよ~。さっき来たみたい」
「お客さん?」
外で待っているっていうことは、お師様が店にいなくて結界が作用しているということだ。
知り合いなら出直すはずだけれど……
しかも無理に入らないってことは、結界を察知することができる人物。
一瞬、お父様から縁談の打診を取り下げられたレグゾール子爵家のウォルフィが怒鳴り込んできたのかとも思ったけれど、あいにく彼は玄関前で待つような人ではない。
「誰だろう」
この子たちも知らない人、となるとちょっと気になるな。
万が一のことを考えて、私は二人に銅貨を渡して孤児院へ帰らせた。
裏口を素通りして、井戸のある中庭を通って正面玄関へと向かう。
すると、そこには子どもたちが言ったように本当に客がいた。
190センチくらいの長身の若い男性。
黒いパンツは貴族が履くようなトラウザーズではなく、動きやすい旅装束の革ズボン。革のブーツもズボンや上着と同じ黒で、腰には左側に剣を二本下げている。
「あの……何かご用でしょうか?」
彼の背中に向かって声をかけると、短い銀髪がさらっと揺れてこちらに振り返った。
私はその顔を見てハッと息を呑む。……あまりにきれいだったから。
中性的で整った顔立ちは、凛々しく、そして鋭い雰囲気だ。
初めて見た紫の瞳は、私を見つけて何かを確認するように眇められる。
ここの人間かどうか探っているのだろうか。
もしかして不審者と思われている?そんなバカな。
黙っている彼にもう一度声をかけようかと思ったら、その前に低い声が響いた。
「君は……」
「はい?」
なんだろう。
私を観察する目が和らいだ。……知り合いだっただろうか?
薬を買ってくれているご夫人方のお孫さんかも。その可能性はある。
「お薬の受け取りですか?今お店を開けますので、しばらくお待ちください」
「…………」
私はポケットから鍵を取り出し、玄関の扉の前に立った。
すると彼は私のそばに立ち、もの言いたげな顔をしている。
美形に見つめられるとか、ご褒美を通り越して居心地が悪い。
「……なにか?」
私は扉を開ける手を止め、眉根を寄せて尋ねる。
「不用心だ。若い娘が、知り合いでない男の前で店を開けるなど」
心配してくれているらしい。
でも大丈夫なんだけれどな、結界がまだ作用しているから。
私はクスッと笑って、鍵を開けた。
「心配してくれてありがとう。でもあなたが何かするようなら、結界が弾きますから。どうぞ、中へ」
「……失礼する」
まだ納得していないという顔だったけれど、彼は素直に中へ入った。
まぁ、本当に何かするような人なら「不用心だ」なんて言わないだろうし大丈夫だろう。
私は彼に続いて店に入り、壁際にあった丸い石に触れて灯りをともす。
パアッと輝きだした電飾は、みずみずしい草木を美しく見せた。
木の香りがする店内は、お師様の作った魔法道具によって清潔が保たれている。
「ただいま~」
「おかえりなさいませ」
うさぎにしか見えないお掃除ロボットちゃんに挨拶をすると、彼はぎょっと目を瞠った。
これはどうしても○ンバが欲しかった私によって、三年かけて開発された魔法の掃除機(動物型ロボット)である。
二足歩行のかわいいうさぎが、掃除機を持って部屋を走りまわるのだ。
この子のおかげで、不在時も埃が溜まることはない。
「変わったペットだな。魔力が高い」
「わかります?でもこれ魔法道具の一種なんです。かわいいから動物型にしただけで」
「へぇ」
雰囲気は鋭いけれど、無口なわけでも愛想がないわけでもないらしい。
彼はものめずらしそうにうさぎちゃんを観察し、カウンターに並ぶ観葉植物のハーブたちにも視線を巡らせる。
私はカウンターの中に入り、荷物を置いた。
お湯を沸かしてカップを棚から出し、コーヒーを淹れる準備をする。
「本日はどんなご用件で?」
手元を動かしたまま、私は尋ねる。
彼は一拍置いて、静かに告げた。
「ここで生け贄を欲しがっていると聞いて」
ピタリと手を止めた私は、立っている彼を見た。
紫色の瞳とばっちり視線がぶつかる。
しんとする店内。
足下でうさぎちゃんが走り回っている以外は、静かなものである。
「生け贄……って何!?」
「知らないのか」
そんなもの商業組合に募集したかしら。
いやいやいや、してない。してませんよ!?
薬草採取に行くときに護衛を募ることはあるけれど、生け贄!?それって、実験台にされる犠牲者ってことよね
!?
困惑する私を見て、彼は何やら思案し始めた。
「ここには君だけ?薬師が他にいるのでは」
「お師様がいます……」
「なら、その師匠だろう」
まさかお師様が!?
生け贄を欲しがっているってこと?
そんなことするかな……
あああ、しないと言い切れないところがまた私を困惑させる!
「師匠は今どこに?」
そういえばいない。
私は慌てて階段の方へ向かい、彼に一言だけ告げた。
「ちょっと見てきます!」
二階へ駆け上がると、オーク材の茶色い床がギシッと鳴る。
フロアに掛けてある連絡ボードには、見慣れた文字の書かれた紙が貼ってあった。お師様からのメモだ。
そこには、彼が不在の理由が書かれていた。
「えええ。二週間も帰ってこないの?」
メモには、顧客でありお師様が熱を上げているメリダ・ヒース子爵夫人と旅行へ行くと書いてある。どうやらメリダ様の旅行に、薬師として付き添うらしい。
お金持ちが体調管理のために薬師を旅行へ連れていくことはあるけれど、お師様の場合は完全にメリダ夫人目的だ。もちろん、そこに艶めいたことはない。
デートを楽しむプラトニックな関係である。
まぁ、未亡人だから自由恋愛だけれど……
見た目25歳のお師様と一緒に旅行だなんて、おばあちゃん想いの孫だなぁって周囲には思われるだろうな。
「どうしよう」
生け贄のイケメン来ちゃってるけれど!?
でもここで考えていても仕方がない。とにかく彼と話をして、お帰りいただこう。そうしよう!
私は再び猛ダッシュで階段を駆け下りていった。





