帰り道
エドフォード様と話をしてすぐ、私は王都を出発した。
あまり長く薬屋を空けておくわけにはいかない。
私がいないとなれば、お師様目当てのファンが押し寄せて熟女喫茶になってしまうからね!
ガタゴトと馬車に揺られ、途中の街でお皿や薬瓶を仕入れ、雪解け水でキラキラ輝く道を通りようやくマイヤーズ辺境伯領まで戻ってきた。
道中に危険はまったくなく、ノルンは退屈そうだった。
盗賊が出るかと思ったけれど、山の麓の人たちによると昨年あの黒騎士様が率いた部隊が討伐してくれて、それ以来ぱたりと襲撃はなくなったらしい。
安心して暮らせてよかったと、皆とても朗らかだったのが印象的だ。
故郷の街まで、もう二時間ほど。
私は馬車の窓枠に肘をつきながら、ぼんやりと街並みを眺める。
「そういえば、ケガしちゃったんだよね……」
ナタリーから聞いた話によると、何がきっかけかわからないけれど、黒騎士様はケガをして騎士を引退するという。
腕?足?どこをケガしたんだろう。
ケガと一口にまとめても色々ある。だとしても、王都には私なんか足元にも及ばない優秀な医師がたくさんいるだろうから、彼らが手を尽くしてもダメだったなら相当に重傷だったんだろう。
「あ」
今さら気づいたが、お師様作の神の加護を改良した湿布薬をエドフォード様に渡せばよかった。
神の加護は古傷には効かないけれど、湿布薬の通称「命の前借り」なら、湿布を通して体内に入った薬液が魔力を集めてくれて、傷ついた筋肉や神経に集中して回復させてくれる。
なぜこんな名前かと言うと、その名の通り、命を前借りしたかのような疲労感と全身鈍痛、発熱、頭痛などに見舞われるから。もうちょっとマシな名前はなかったのか、と思うけれどいつのまにか呼び名が定着してしまったから今さら変えられない。
あぁ、別に何の関係性もないけれど、店に到着したらエドフォード様に手紙を書いて、命の前借りを送ろう。
引退した騎士の末路は、あまりいいものでないと聞く。
もともと、騎士団や傭兵部隊には家を継がない次男次女以下の者が大半だ。家族そのものを失くした者もいる。
だからケガで退団なんてことになると、わずかな慰労金を手にしても不安定でその後の生活はきびしい。
黒騎士様ほどの実力者であれば慰労金は莫大だろうし、婿としても引く手あまただろうし、私の作った薬なんて使ってくれないかもしれないけれど……
あの人のケガを治せるなら治したい。
「よし」
私は茶色い革カバンの中からペンと紙を取り出した。
馬車に揺られている時間を使って、エドフォード様に手紙と湿布薬の使い方や副作用の諸症状などをまとめるためだ。
黒騎士様じゃなくても、誰かケガで後遺症に悩む人の役に立つかもしれないし。
エドフォード様には誰に使って欲しいというのは書かずに、新しい薬ができたからということにしよう。黒騎士様のことは、そういう話を耳にしました~って軽く触れればいい。
それから二時間。
揺れと格闘しながら、私は手紙と使用書を丁寧にしたためるのだった。





