王子様にお願いしました
王都へ到着した私は、兄の住むマイヤーズ家のタウンハウスへ向かった。しばらく滞在させてもらうためだ。
到着したとき、ちょうど兄も仕事から戻ってきたばかりだったらしく、まだ騎士服のまま出迎えてくれた。びっくりしているけれど「なぜ来たのか」と聞かないところを見ると、だいたい予想がついているとみえる。
旅装束から紺色のドレスに着替えた私は、お兄様と一緒に食事をすることに。
いきなり本題に入るのも愛想がないかなと思っていたら、兄の方から本題を振ってきた。
「まさか父上が三度目の結婚を急いたのではないだろうな……?」
やはりすべてお見通しだった。
私は何も言わず、兄の目を見てニヤッと笑って見せる。
「くっ……!ありえない!」
「そうですね」
でもまぁ、一番ありえないのは家督を放棄して王都でエドフォード様の側近として就職してしまったあなたですが。誰のせいで私が婿を取ることになっているのか……兄はそこには絶対に触れられたくないから口にしない。
私は視線をステーキに落とし、ナイフでさくさく切り分けていく。
「しかも次の婿には、レグゾール子爵家のウォルフィを、と。さすがにバカげていると一蹴して、こちらに参りました」
「あいつ、変わりないのか」
「はい」
兄は領地を出て四年になるが、ウォルフィのことは知っている。その性格も、婿には向かない傲慢な人となりも。
無言でしばらく食事を続けた私たちは、デザートが出てくる頃にようやく互いに目を見て決意を口にする。
「お兄様、エドフォード様にどなたかご紹介してもらいたいのですが」
「わかった。私が絶対に頼んでみせる」
兄の目には、いつにない闘志が宿っていた。
縁談話のときにする目ではない。
しかしここからが問題だった。兄はお見合い用の経歴書の内容で、堂々と嘘を吐こうとするのだ。
私が持ってきた経歴書ではとても婿が来てくれないから……!
「お兄様、嘘偽りすぎてもはやそれは私の経歴書ではございません」
「リディア。恋は盲目というから大丈夫。おまえと見合いさえすれば、きっとその美貌に夢中になるに違いない」
「夢中になってもらえなかった結果、二度も離縁したんですけれど!?」
私だって転生したときはこの容姿に感謝した。
けれど、結婚には一切役に立たなかった。私よりも美しい男、身長コンプレックスの男と結婚したら見向きもされなかったのだから。
「お願いだから過剰な改変はやめてください」
侍女も執事も呆れて笑っている。
あぁ、もういっそここに住もうかな。そんなことを思ってしまうほど、穏やかな空気だった。
「なるべく早く殿下に面会を申し込むから。それまでゆっくりしているといい」
「お言葉に甘えてそうさせていただきます」
お師様には手紙を書いて知らせたから、しばらくここに滞在しても大丈夫だろう。エドフォード様だって忙しいだろうし、そんなにすぐに会えないはず。
「ノルンと一緒に王都でお買い物でもします。薬草の本や便利な魔法道具のお店をのぞいてみたいのです」
「待て、せっかく来たんだから流行りのドレスくらい仕立てろ。滞在中には受け取れないが、送る手配をするから」
兄は残念な子を見るような目で私を見た。
流行りのドレスはどれもコルセットで内臓がつぶれるくらいに締め付けるタイプだから、仕立てる気なんてさらさらない。
それにキレイな服を着ても、仕事中は着られないし見せる相手もいないし、シンプルイズベストでいいんだけれどな。
「お兄様の名前で買っちゃいますよ?」
「うっ……致し方あるまい」
よし、ノルンとナタリーとお揃いの髪飾りを買おう。
私はご機嫌で挨拶をして、自分の部屋へと戻っていった。
***
エドフォード様との面会は、予想外に早く時間を取ってもらえた。
なんと私が王都にやってきて三日目。
王城にやってきた私は、芸術的な壁画に囲まれた廊下を通り、赤絨毯の上を歩いて王太子専用居住区へと向かった。
オレンジ色のドレスを纏った私は、今日だけは一般的なご令嬢を気取って城内を歩く。
アンティーク調の家具が揃った豪華な客室で待つこと5分、式典で会って以来、2年ぶりに会うエドフォード様がやってきた。
「おおっ!本当にリディアだ!!久しぶりだなぁ!!」
23歳になったエドフォード様は、精悍な顔つきになっていてすっかり大人びている。
艶やかな金髪を揺らし、ニコニコと柔和な笑みで私に近づいてきた。
「お久しぶりにございます。殿下」
カーテシーをする前に頭をぐりぐりと撫でまわされ、せっかく侍女が結ってくれた髪が台無しだ。死んだ魚の目で見てしまったのは許してもらいたい。
「エド様、お戯れはその程度に。魔女の瘴気と田舎臭さが移ります」
この失礼な男は、エドフォード様の侍従のカイアス様。
アッシュグレーの髪に片眼鏡という、どこの乙女ゲームか恋愛小説かっていう麗人だ。
私がかつてドス黒い薬を無理やりエドフォード様に飲ませたときは、ねちねち嫌味を言われたものだ。そのわりにきちんとお礼も言ってくるから、敵でもなければ味方でもないという印象である。
私のことを魔女呼ばわりするところは腹立たしいけれど、カイアス様の方が身分が上なのでヘタに喧嘩はしたくないから反論しないでいる。
そもそも彼が私に冷たいのは、王太子様に馴れ馴れしいから。どれだけエドフォード様のことが好きなんだ。「BLですか?応援しますから言ってくださいね!?」と宣言したいが、怖くてさすがにできない。
「まぁ!カイアス様、ご存命でいらしたんですね。何よりですわ~オホホホホ」
激務で死にかけだと聞いていたのに、元気そうですねと暗に言ってみる。
彼はツンとすました顔で「どうも」とだけ答えた。
「そういえば聞いたよ。おそろしいほど男運がないね」
エドフォード様は明るく言い放つ。
いやいやいや、こっちにとっては死活問題ですけれど!?
私は彼と向かい合って座ると、あまり時間もないので今回の「お願い事」について切り出す。
エドフォード様は二つ返事で「絶対にいい男を紹介しよう!」と了承してくれた。
命の恩人効果は絶大だった!
「それで?リディアの条件は?どんな男が好みなの?」
「一つ、強く逞しいこと。一つ。浮気をしないこと。一つ、子作りできること。この三つさえ可能であれば、多くは望みません!」
きっぱりと言い切った私を見て、エドフォード様もカイアス様も唖然とする。
そんなに驚くことを言っただろうか。
きょとんとすると、咳払いしたエドフォード様が口を開いた。
「そういうことは、家同士の結婚では当然だろう?もっと個人的な好みはないのかな?例えば青い目の美形がいいとか、明るく優しい人がいいとか」
「あ、そのような理想は持っていません。容姿に関しては、髪色や目の色、肌の色もこだわりませんし、強そうな方は好きですが事実戦える男性であれば見た目の強さは問いませんし……あぁ、うちは騎士家系ですから魔導士の方は無理ですね」
「うん、それは知ってる。この期に及んで魔導士紹介するとか弱っちい男を紹介するとかはしないよ。辺境伯領は国防の要だからね」
おわかりいただけて何より。
私は満足げに頷いて、紅茶に口をつけた。
しかしエドフォード様は腕組みしながら困った顔をする。
「う~ん。君自身がまだ離縁してまもないからね。紹介するにしても、その……白黒はっきりついてからじゃないと」
ん?白黒って何が?
首を傾げると、彼は言いにくそうに言った。
「えっと、だからその、もし元夫のこどもを身ごもっていたらややこしいことになるから、はっきりするまでは顔合わせもできないっていうことをだね?」
「あぁ、それは大丈夫です。婚姻時期は一年先でも二年先でも構いませんし、それに」
さらりと答えると、今度はエドフォード様が「ん?」と首を傾げる。
「私、二度結婚しましたがどちらの方とも閨を共にしたことはございません」
「「はぁ!?」」
こどもなんてできているわけがない。
処女なんだから。
でもまぁ、二回結婚していたら普通は、ね。
エドフォード様も、そばに控えていたカイアス様までもが驚きで声を上げた。
「最初の方は、美しいご自分に他人が触れるのが嫌だったそうです。二度目の方は、私より背が低い騎士でそれが嫌だったと言っていました」
「「なんとまぁ……」」
驚く二人を前に、私は最高級茶葉の香りを楽しんだ。王太子様ってこんなにおいしいお茶を飲んでいるのか、と羨ましく思う。
「不憫だ」
こら、カイアス。目尻をハンカチで抑えるな。
私に冷たいくせに、同情して泣くほどなの!?
その一方で、エドフォード様はダンッと拳をテーブルに叩きつけ、目を見開いて唸るように言った。
「おのれ……!リディアのどこが気に食わんというのだ!?こんな美女と政略結婚したら、私なら初夜を待たずにいただくぞ」
なんてことを言うんだ。キラキラ系爽やか王子に似合わない発言にもほどがある。
カイアス様も冷たいまなざしを向けている。
「エドフォード様、最近もまだ奔放に遊んでおられるのですか?いい加減、お妃様をお決めください」
奇跡の生還を果たしたから、箍が外れちゃったのはわかるけれど。
若いし、遊びたいのはわかるけれども。
「いや、近頃はもうさすがに……監視が厳しいからな。それにそろそろ一人に絞らなければ」
「お分かりいただけて何よりです」
カイアス様が目を閉じて頷いた。
どうやら彼が監視しているらしい。
私はカップをソーサーに戻すと、エドフォード様に告げた。
「いきなり不躾なお願いではありますが、このままではまた父にとんでもない縁談をまとめられてしまいます。私は普通の平穏な結婚生活を望んでいるのです……!どうかまともな人を、まともな人をお願いします」
真剣に訴えかけた私を見て、エドフォード様も真剣な表情になる。
「あい、わかった。必ずよい男を紹介しよう。私の仲間なんてどうだろうか」
「エドフォード様の遊び友達……?」
貞操観念は大丈夫だろうか。
不安がよぎる。
表情を曇らせた私を見て、エドフォード様は大きな声で笑った。
「あはははは!大丈夫だ!!剣の腕も人柄も信頼できる者を選ぶさ。きっとリディと共に末永く暮らせる男がいるはずだ」
「よ、よろしくお願いします」





