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男運ゼロの薬師令嬢、初恋の黒騎士様が押しかけ婚約者になりまして。  作者: 柊 一葉


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三度目の結婚は慎重に

「結局、一度目も二度目もろくな結婚生活じゃなかったわ」


でも、また私は三度目の結婚をすることになるだろう。

まだ21歳と若いこともあるが、兄がエドフォード様に剣の腕を認められて近衛になってしまい、辺境伯爵家の跡継ぎとしての責務を放棄してしまったからだ。


マイヤーズ家を継ぐのは私しかいない。

あぁ、お願いだからまともな人と結婚させて……!


「でもこんなに傷物になった私に、まともな縁談が来るの?私が男側でも、三度目の結婚相手として婿に来てくださいって言われたら嫌だわ。絶対に『おまえに問題があったんだろう』って先入観を持たれるだろうし」


遠い目をする私を見て、ナタリーがぼそっと呟いた。


「なんか、世の中って無情よね。離婚歴があるだけでリディアの側に欠点があるみたいな噂を立てられるのは納得できない」


まぁ、世の中そういうものだよね。

もうがんばらない婚活、でいいと思う。自然に任せるというか、運命に流されるというか。

私は早くも諦めの境地に達している。


「幸い、私には薬師の仕事もあるから。さすがに、お父様もすぐに三度目の結婚をとは言わないだろうし、しばらくは仕事に生きるわ」


この国で、女性が一人で生きていくのはむずかしい。でも私は薬師だし、辺境伯爵の娘でもあるし、食べるには困らない。本当にありがたい。


ナタリーは温かいコーヒーを口にして、大きなため息をついた。


「あ~、リディアを見ていたらもう結婚するの怖くなっちゃった。相手いないけれど」


「ちょっと、私を不幸の代表みたいに思わないでね?けっこう幸せなんだから」


「どこが!?」


失礼な。

考えようによっては、二度も結婚に失敗しても手に職があって生きていけるなんて幸福だ。

何より、私は二人の夫に何の感情も抱いていなかった。


「裏切られた!」とか「どうして私を愛してくれないの!?」なんて気持ちは一切なく、当然未練もない。


そもそも政略結婚といっても、うちがお願いして結婚してもらったわけでなく、離縁しても特に問題なかった。


家の事情から離縁できない女性は、いくらでもいる。私は恵まれていると本心から思う。


「まぁ、人生で一度くらいは本気の恋っていうのをしてみたいわね」


ハーブティーを飲みながら、私は笑う。


そう、恋する気持ちは素晴らしい。


日本という国で暮らしていた前世の記憶を持つ私は、恋というものをここでもしてみたいと漠然と感じていた。自分を愛してくれる人と心温まる日々を送ってみたい。


「ふっ……でも恋なんてもうできそうもないけれど」


最後に付け加えたその言葉に、ナタリーがしょぼんと落ち込んでしまった。


彼女に元気になってもらうため、私はおいしいチーズと燻製肉のおつまみを出す。

お酒のアテかと思いきや、コーヒーに意外に合うのだ。


「そういえば、今日はティグラルド様は?また熟女未亡人の家でおしゃべり?」


いつもならここにいるお師様の姿がないことに今さら気づいたナタリーが、クスッと笑いながら尋ねる。


「ええ、そうよ。今日は往診で、ヒース子爵家へ行っているわ。肩こりを不治の病かも~なんて笑っちゃうけれど、本人は本気なんだから仕方ないわね」


お金持ちの貴族の中には、たいした症状でもないのに薬師を呼びつける人もいる。

たいていは断るんだけれど、ヒース子爵家はお得意様でしかも未亡人(70歳)がストライクゾーンなお師様は機嫌よく出かけていくのだ。


「もういっそティグラルド様を婿にすればいいのに」


「53歳のお師様を?冗談でしょ」


未だに20代にしか見えないが、三度目の結婚相手が熟女好き魔導士だなんてどんな冗談だ。

ナタリーも本気ではないので、あははと笑ってこの話は終わった。


「あ、そういえばお姉様が言ってたんだけれど、王都ではあの黒騎士様が引退なさるって噂で持ち切りだそうよ。昨日お姉様がうちに来て、そんな話をしていたの」


「黒騎士様って、あの?」


「そう、あのラウル・グレイブ様」


世界最強と謳われる騎士。ラウル・グレイブは、漆黒の鎧を纏って戦場を駆ける双剣の騎士だ。

攻撃魔法がほとんど使えないのに、戦で千人もの敵をあっという間に倒したという。


そして、私の初恋の人でもある。

エドフォード様のためにドス黒い薬を飲んだ、私の英雄だ。


ナタリーは両手を合わせて頬に当て、うっとりした表情で口元を緩ませる。


「黒騎士様なら、ぜひ結婚してもらいたいわ~」


「ナタリーって騎士は嫌なんじゃなかったの?」


私はつい笑ってしまった。

国の英雄が結婚してくれるなんて、そんな夢物語みたいなことは起こらない。


「引退してこんな辺境に来ることはないわよ。王都で王女様か上流階級の令嬢と結婚するんじゃない?」


が、ナタリーが意外な言葉を口にする。


「それがね、結婚話はまだないって。どうやらケガをしたらしいの」


「ケガ?」


「そう。だからこれまでみたいに戦えなくなって、騎士としてはもう勤められないらしいの」


あれほど強い人がケガ?

信じられないけれど、ケガならば早すぎる引退もつじつまが合う。


ナタリーは姉から聞いたという話を、ため息交じりに教えてくれた。


「かといって、常人よりははるかに強いから、おちおち手放して近隣国に取り込まれたら……って、大臣たちは黒騎士様の今後に気を揉んでいるらしいよ」


これまで散々いいように使っておきながら、引退してもまだ国のために生きろというのか。

しかも飼い殺し?

あれほど清廉潔白で潔い人なのに……と、私は彼が哀れに思えた。


「あ~あ、マイヤーズ辺境伯領で静養してくれたらいいのにな~」


ナタリーがうっとりとした表情で口にする。けれど、ここはあまりに娯楽のない土地だ。


「こんな何もないところで?静養どころか腕にカビが生えるんじゃない?」


戦さえなければ、ここは平和で退屈でのんびり過ごせる街だ。

若者には退屈なほどに。


しかしながら、有事の際にのほほんとお茶を飲んでいられるはずもなく、定期的にやってくる隣国の襲撃には備えないといけないので、この領の女性たちは強い男性を好む。


うちの両親が剣の腕で私の結婚相手を選んでしまうように、強ければそれでいいという風潮は確かにあるのだ。


「黒騎士様ね……、もう一度会えればうれしいけれど」


懐かしい思い出が胸に蘇り、ついそんなことが口から漏れる。

けれどナタリーは眉根を寄せて言った。


「もう一度って、顔も見たことないのに。どうするのよ、顔面がざっくばらんでカジュアルな感じだったら」


「何その表現。別に顔なんて数日見れば慣れるわ」


「じゃあ、これっていう譲れない条件は?」


ナタリーは線の細いイケメンが好きだから、私の考えは理解できないんだろう。

でも私にだって譲れないポイントくらい……。


「強さ?三度目の結婚相手は、素手で巨木モンスター(ブラックトレント)くらいは倒せる人がいいかな」


採取に行くときに、運が悪ければこのブラックトレントに出くわすことがある。

お師様は問答無用で焼き払うけれど、私は眠り薬を撒いてその隙に逃げるしかできない。


「夫と一緒に狩りや採取ができたらいいなって思う」


「素手でブラックトレントを倒せるって、もうそれはゴリラよ!」


もうゴリラでも何でもいい。

夫としての責務を果たし、浮気せず、辺境伯領の平穏を守ってくれさえすれば。


「これまでの結婚相手に比べたら、もうゴリラの方が幾分かマシよ」


「言葉が通じなくても?」


「あら?同じ人間だって言葉が通じなかったわ、あの二人は」


「あ、本当だ」


赤いやかんから、シュウシュウと湯気が立ち上る。

私は火を止めると消毒用の桶にそれを注いだ。


「さ、今日は雪がやんだら帰るんでしょう?早く食べないと、タイミングを逃すかもしれないわよ?」


そろそろナタリーの迎えがやってくるはず。

白く曇った窓の外に目をやると、さっきまで舞っていた雪がぴったりとやんでいた。



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挿絵(By みてみん)


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(978-4758094894)
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