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異世界で結婚に失敗する伯爵令嬢は私です。

「すまないリディア、子どもができた」


「…………は?」


 半年前に結婚した夫・レイモンドが、神妙な面持ちで口を開いた。

 と、思ったらとんでもない一言だった。


「子ども、ですか?」


「…………すまない」


 長い長い沈黙が続き、レイモンドは苦しげに俯いている。


 彼の奥に見える窓の向こうは、はらりはらりと舞い落ちる雪景色。

 もういっそ何もかも真っ白に埋め尽くしてくれればいいのに、と思わずにはいられない。


 リディア・マイヤーズ、21歳。

 辺境伯爵家の跡取り娘である私は、父の選んだ騎士と政略結婚をした。それも2回も。

 その結果、1人目ともスピード離婚し、現在2人目の夫からも不貞行為を告白されている。


 ええ、不貞行為です!

 私は妊娠していないから、浮気相手が妊娠したということだ。


 レイモンドとは結婚して半年が経つけれど、手を繋いだこともキスをしたこともない。

 だから、子どもができるわけがない。


 自分の男運のなさに頭痛がしてきた。

 はらりと顔の横に落ちてきたミルクココア色の髪をそっと手ではらい、どうにか落ち着こうとして右のこめかみを手で押さえる。


 落ち着こう。

 取り乱してもいいことなんてないのだから。


「えっと、お相手はどこの誰でしょうか?」


 もう私には関係ないけれど一応聞いておこう。どこか名のある家のご令嬢だと何かとマズイから……。


 レイモンドは俯きながら、苦しげに答えた。


「下町に住む靴屋の娘だ」


 さすがに名家のお嬢様に手を出すようなマネはしていなかったようだ。

 ちょっとだけホッとした。


 とはいえ、これからのことを考えると全身にずしっと謎の重みがのしかかる。

 21歳で2回離婚。

 跡取り娘なのに政略結婚に2回も失敗。


 叫び出したいのを我慢して、私は冷静に言った。


「子ができたなら、早くその方と一緒にならなくてはいけませんね」


 なんで私はうっすら笑っているのかしらね?

 引き攣っているのは間違いない。


 人間、どうしようもなくなると笑うしかないと知る。


 いつかこんな日が来るのではと予感はしていたけれど、想像よりも三年は早かったわ。

 親同士が決めた結婚とはいえ、さすがに半年で浮気して子どもまで作るとは思わなかった。


 彼とはここでおしまい。

 新しい人生を歩んでもらうしかない。


 子は育つ。そして生まれてくる。

 父親なら責任を持ってその子を育てないといけないし、私にレイモンドを引き止める理由はない。


 しかし彼は、さらに驚くべきことを口にした。


「実は、子どもだけを引き取りたいと思っている」


「……は?」


 子どもだけ、とはどういうことなのだろう。


「母親である靴屋の娘さんはどうなさるのですか?」


 目を瞬かせてそう問えば、彼はまっすぐにこちらを見て言った。


「君は、嫌だろう?愛人とその子が、共に暮らすのは」


 ……意味がわからない。


 なぜ、これからの彼の暮らしに私がいるのか。

 あまりにおぞましい想像をしてしまい、私の手はガクガクと震えだす。


「もしかして、私にその子を育てろと?私とあなたの……マイヤーズ辺境伯爵家の子として」


 絶望と混乱で息が苦しい。

 婿の立場にいながらよそで子をつくっておいて、さらにはその子をうちで育てたいなどとなぜ言える!?


 しかもお粗末な言い訳をして、情けを乞う始末。


「確かに僕は不実な夫だった!でもこれからは君に寄り添えるように、愛せるように努力するつもりだ!」


「遅い!」


 今さら感がとてつもない。

 私の目が死んでいるように、彼への情も死んでいる。


「なぜ私が、不実なあなたと暮らしていかなければいけないのでしょうか。愛人の子を引き取れるわけがないでしょう?私たちは庶民の夫婦ではありません。辺境伯爵家の跡取り娘とその婿なんです。浮気したらどうなるかおわかりでしょう?」


 呆れて口元がヒクヒクと引き攣る。

 けれど彼は、慌てて私に許しを乞う。


「待ってくれ!つい出来心だったんだ、まさか子どもができるなんて……。もう二度と浮気はしないから、許してくれないか!?」


 顔面蒼白のレイモンドは、こうなることを予想していなかったように思える。

 なぜそんなに軽く考えていたんだろう。


「出て行けなんて言わないよな!?」


 いっそ、この世からも追い出してやろうか。

 ふつふつと怒りがこみあげてきて、一発くらい殴ってやりたい気分だったけれどそんな無駄なことはしない。


 それに、こんな情けない浮気男は見ているだけで吐き気が込み上げてきた……!


「あなたとは離縁します。今後一切、マイヤーズ家も私もあなたには関わりません。お引き取りを!!」


 地の底を這うような声で言い放った離縁宣言。

 絶句する彼を置き去りにして、私は応接室を去った。


 廊下にいた執事には、レイモンドはこの瞬間から他人として扱うよう命じておく。


「お嬢様、すぐに領主館へ向かわれますか?」


「そうね。お父様に離婚のことを報告しなきゃ。……あぁ、でも先に薬屋に戻って後片付けをしてからじゃないと」


 レイモンドに呼び出された私は、薬師としての仕事を途中で放置してこの別荘に来ていた。

 いくらショックなことがあっても、私の薬を待っている人はいるのだから最低限やっておかないといけないことはある。


「こんな日くらい、お休みなさっては……?」


 執事の言うことももっともだけれど、私は苦笑いで首を振った。

 着替えるために部屋へ向かった私は、一人になると思わず深~いため息が出る。


「はぁぁぁぁぁぁぁ……」


 あぁ、どうしてこうもまともな男がいないの?

 私が望んだのは、ただ平凡な人生を送りたいってことだけだったのに。


 怒りを通り越し、(わび)しい気持ちが込み上げる。


「なんでこうなったの?やっぱり、女神様のシナリオから外れてしまったから……!?」


 この世界に転生して21年。

 私は二人目の夫を失いました。






挿絵(By みてみん)

ゼロサムオンラインにて、第3金曜日にマンガ連載中!



◆◆◆◆◆



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大賞受賞作

「ヒロイン不在の悪役令嬢は婚約破棄してワンコ系従者と逃亡する」

2021年7月15日にビーズログ文庫さんより刊行です!


挿絵(By みてみん)

(ISBN:978-4047364998)

著:柊一葉

イラスト:iyutani先生

キャラクター原案:じろあるば先生


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(978-4758094894)
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