08.『質の悪い存在』
読む自己で。
2月。
私立受験の日ではあるけれど、私たちは公立高校に在籍しているので大して関係ない。だから通常どおりの平日という認識でしかなかった。
「ハツ」
「あ、どうしたの?」
「気になる女子ができた、協力してくれないか?」
「私にできることなら」
満くんも通常運転である。
惚れ症なのかな? でも前に言っていたけど、彼女になってもらうまでの頑張っている期間が好きだと言っていた。仮に結ばれることがなかったとしても大して傷つかないのは、恋に恋をしているからなのかもしれない。
「それで相手はどんな子なの?」
「銀髪で綺麗なやつだな」
「はぁ……麗ちゃんって言えばいいじゃん」
「いや、だってお前が狙っているかもって思ってな」
「狙っているかもって思ったのに相談を持ちかけていたら意味ないじゃん」
だけど彼女には麗子と向き合うように言ってしまった。それに彼に取られるのは複雑だしそれだけは嫌だと素直に心から思う。
「ごめん、相手が麗ちゃんならできない」
「だよな……ま、ひとりで頑張るか」
「力になれなくてごめん」
「気にするなよ」
せっかくのお昼休みなのに外を見て時間をつぶすのはつまらないから、ちょっと教室を出て適当に歩いてみることにしよう。
そして数分後、私は屋上の中央に立っていた。理由は特にない、寒い外に立って白い息を吐くのも楽しいかなと思ったからだ。
「ふぅ、もうすぐでバレンタインデーかー」
あのふたりにあげるべきかな? あげられたとしても市販のチョコやお菓子くらいだけど、それで喜んでくれるだろうか? 実に不安である。
あ、余計な誤解をされないためにも麗にはあげないほうがいいのかもしれない。そういう点では麗子にあげるのも――って、必死にあげない理由を探してどうするんだって話だ。
「バレンタインデーとかうざくね?」
「え……そ、そうですかね?」
急に現れた女の子に話しかけられ驚きつつも、私は返事をすることに成功。
「友チョコとか言って配っけどさあ、ホワイトデーの時に返さなくちゃいけなくなるじゃん? そういうのメンドくさくね?」
「ま、まあ、気を使うことではありますよね」
「そそ! でも、そういう意味で受け取らないのに、嫌われてるとかって勘違いされるのもメンドくさいっていうかー」
「それはわかります、とても」
ま、義理ですら貰ったことないんですけどね。
バレンタインデー? なにそれ美味しいの状態である。
「つか! ……貰ったことないんだよね」
「わかります……」
「だからウザい、ツブしたい!」
「えぇ、それは少し過激じゃないですか?」
「だって自分は貰えないのに周りがはしゃいでいるとムカつくじゃん!」
あぁ、わかってしまうのがなんとも悲しい点ではあるが、だからって水を差すようなことを積極的にしたいわけではないのだ。こちらを巻き込んでくれなければ、裏でやってくれれば、いくらでも構わないことではある。
「初音ー」
え、どうしてここに麗ちゃんが!? 彼女はやっぱり嘘つきさんだなあ、麗子に向き合うと言った君はどこにいってしまったんだ。
「なっ!? き、きき、キミ……あの藤島麗と知り合いなの?」
「う、うん……お友達かなあ」
「う、裏切り者ー!」
「えぇ!?」
その子は麗ちゃんと同じくらい長いピンク色の髪を揺らしながら屋上から去ってしまった。それを不思議そうな顔で麗ちゃんが見て、「あれはどうしたの?」と聞いてくる。恐らくファンかなにかだと思われたので、「多分、麗ちゃんのお友達になりたいんだと思う」と答えておいた。
「あんた、こんなところでなにやってるのよ」
「麗ちゃんこそ、麗子に向き合うという約束はどうしたの?」
「ちょっと休憩しているだけよ。あ、そうだ、あんたが誰かにチョコをあげるのかって聞きに来たんだったわ」
「ん~、特にいないかなあ」
「ストーカーには?」
「あげないよ、だって満くんには好きな人ができたんだもん」
しかもそれが目の前の綺麗な女の子。おっぱいも大きくてスラッとしている魅力的な女の子だから気になる理由もわかる気もするが、それをなぜ私に言うのかという話である。……ナチュラルにストーカー呼び、さすがにぷっ――可哀そう!
「私は、麗子とかにあげるつもりよ」
「うん、そうだろうね」
例えそれが市販の物であったとしても受け取る側は嬉しいわけだ。私だったらそれはもう冷蔵庫にしまいまくって食べず――いや、受け取ったその瞬間に食べると思う。この子がくれたんだ、嬉しいなあと考えつつもがぶり、むしゃむしゃと、それはもう気持ちのいいくらいの食べっぷりを披露することだろう。
貰った私も喜ぶ、あげた相手も喜ぶ、正に理想の流れである。
「……………………あんたもほしい?」
「んー、べつにいいかな。だって私、たくさんの子から貰うつもりだもん!」
もちろん0個ですけどね。これは彼女に負担をかけたくないのと、ホワイトデーのときに困りそうなので選んだ対策だった。
「ふぅん、あっそ! そもそもあんたなんかにあげるつもりないわよ!」
「うん、わかってるよ」
純粋な笑みと違う笑みが零れた。
そんなことわざわざ言われなくても知っている。間に入れないことはわかっているからこそ、こうして適度な距離感を保っているんじゃないか。麗子に向き合ってあげてほしいと複雑な気持ちを抑えつつ、一緒にいるんじゃないか。
相手が、麗ちゃんがどう思っているかなんてどうでもいい。私は彼女と友達でいたいと心から思っている。
「教室に戻るね、また放課後によろしくー」
「あっ、ちょっと!」
彼女の言葉を無視し階段を下りていく。
深追いは苦しくなるからしてはいけない。そういう意味で彼女が私を必要としていないことはわかっている。
だからこれが正しい選択だ。もし間違っていたとしたら、そのときは時間が経ってから後悔すればいいだろう。
「初音! 一緒に帰るわよ!」
放課後になるとすぐに麗ちゃんが訪れた。
「うん、帰ろ――」
「藤島、俺も一緒に帰っていいか?」
「はぁ? あんたと一緒にいたら家を突き止められそうだから嫌だわ」
「そんなことしない、駄目か?」
「まあそれならいいわ。一緒に帰るくらいなら構わないわよ」
一生懸命になれるのは素晴らしいけど満くんって絶妙に空気読めない……。
――それでも私たちは3人で帰路に就くことになった。とはいえ、ふたりがわいわい盛り上がっているのを後ろから眺めつつではあるので、ふたりとひとりと言うのが正しいのかもしれない。
うーん、あのふたりって意外と相性がいい気がする。口ではなんだかんだ言いつつも付き合ってあげる女の子ではあるし、彼もまた基本的には優しい男の子だ。
だが、それだけは絶対に避けたかった。そのためなら彼に嫌われたとしても全力で阻止したいと考えている。だから麗子と向き合ってほしいと頼んだんだけど、そのことを麗はどれくらいのレベルで考えてくれているのだろうか。
「藤島、俺にチョコくれよ」
「はぁ? 嫌に決まっているじゃない」
「くれるまで土下座するからな」
「あたしのを受け取ったらホワイトデーに30倍返しよ?」
「うっ!? そ、それは……無理だな」
「ふふんっ、だったら諦めることね! 大体、あたしはあんたに微塵も興味がないわ! あんたにあげるくらいなら初音にあげるわよ、あたしは」
満くんにあげるくらいなら=私にあげる、なのか。
「というか、ハツにあげるつもりないのか?」
「だってこの子がいらないって言ったんだもの、沢山貰っているからって言っていたわ」
「は? ハツは義理チョコすら1個も貰ったことないやつだぞ? いやまあ、女が男にあげるイベントだとは分かってるけどさ」
な、なんかその言い方だとモテない男の子みたいじゃんか。実際、そのとおりだから言い訳はできないけどさ。
とかなんとか考えてたら麗がこちらを見て――睨んでいた。どうしてそんな怖い顔するのと聞こうとしたが、私が口を開く前にこちらからは意識を外して彼との会話に戻ってしまった。
なんだろう、哀れまれたということだろうか。そりゃ、同性からすら貰えない女なんてダサいよね。彼女は人気だろうし、そういう点も大きく拍車をかけているんだろうか。
「でも藤島って市販のを買ってきてはいって渡しそうだよな」
「それが1番無難でいいじゃない。なんでもかんでも手作りして渡せばいいというわけではないのよ。ましてや捨てられるかもしれない不安と戦うくらいなら、市販のを渡してはい終わりが最適と言えるわね」
あ、他人が作ったものを食べられないとかって言う人もいるからね世の中には。私はそれでどうして捨てるという発想になるのかわからないけど、まあ強制はできないわけだ。
「藤島、それでいいから俺にもくれないか? お前からは絶対に欲しいんだよ」
「チロレチョコくらいならいいわよ? それならお返しも600円で済むわよね」
「おう、それでいいから、よろしく頼む! それじゃあなっ」
30倍だとなんでも高く感じるなあ。仮に彼女から100円のチョコでも買って貰った際にはお返しは3000円ということだぞ……。
「なによあいつ……たかだかバレンタインデーくらいではしゃいじゃって」
私も昔は彼みたいにはしゃいでいたから気持ちはわかる。けれど、どれだけ楽しみにしたところで貰えない人間は貰えないので、期待するのはいつの間にかやめるようになっていた。
「初音」
「うん?」
「あんた最低ね、嘘をつくなんて」
「いや、だってたくさん貰えるし実際に」
チロレチョコを30個くらい母が買ってきてくれるので問題はないし、嘘はついていない。これで最低認定をされるのはさすがに驚いたけれども。
「嘘をつくような子にはあげたくならないのが普通よ、周りの子は寧ろ正しいことをしていたと言えるわね」
な、なるほど、そうだったのか! って、誰だって嘘くらいつくだろうに。
チクチク口撃してうまくいかない現実の鬱憤を晴らそうということか。そういうことなら付き合ってあげることにしよう。
「うん、だって私は麗ちゃんや麗子と違うもん、貰えなくて当然だよね」
「そうやって大して努力もしないくせに他人を羨む思考をしているからよ」
「だって私はなにも持ってないもん、羨みたくもなるでしょ」
「……もういいわ、さようなら」
「うん、ばいばい」
どうして彼女はここまで粘り強くないんだろう。彼女のほうこそもっと頑張ればいいのに、納得できないのならば。
なんでもかんでも思っていることを口にすればいいわけではないが、抱え込んでいたらいつか爆発してしまう。そしてそうなった際、それはどこにいくの? 自分にだったらいいが、他人にだったら質の悪い存在になる。
だからその前に自分を使って発散してもらおうと思ったのに、ああしてすぐに諦められたら困ってしまうのだ。
「難しい子だなあ」
近づいてきたり、怒鳴ったり、距離を作ったり、忙しい女の子である。
麗が難しいと言うより初音が分かってあげてないって感じかな。