第二章〜友人〜
2018年5月、羽田響介は職場の後輩とデート中に元カノと再会する。クールぶっているが元カノにあっただけで何週間も取り乱しまくる羽田の前に、謎の美女が現れる。三つ巴ラブコメ展開かと思いきや、美女は人類が滅亡すると言い出した。
羽田響介 主人公 人の話を聞きながら考え事をする癖がある。中二病高二病大二病社二病を絶賛こじらせ中
正道巧也 ホスト 22歳 若手超絶イケメンホスト。菅○将暉くらいイケメン。
山南敬 羽田の高校時代の親友 ポーカーフェイス 当時は何故うちの学校に来たの?といった具合に頭が良かった 現在某国立の大学院に所属している
岐保秀斗 羽田の高校時代の友人 当時若干浮いていた山南や羽田と真に仲の良かった数少ない友達 他所の大学に進学したが、卒業後地元の会社に就職した
プライドはある、でも高いわけじゃない、かといって低い訳でもない。ごくごく普通。悲観的になっているわけじゃない。それでも、俺より上はいくらでもいる。これは単なる事実だ。自分より下がいることも認める。こんなこと言ったらそいつらに失礼かもしれないということも理解している。寧ろ、昔はそう思って、こんなこと絶対に考えなかった。
でももう十分だろ、そろそろ苦情のひとつ言ってもいい気がする。俺より下な時点でダメなんだよ、それじゃあ無理だ。だって俺はこの世の中では歯が立たない。測る分野によるだろう、それでも俺が、いちばん得意な分野なら、俺はある程度上にいて、ある程度下にいる。それが限界だ。
* * * * * * *
「これどうぞ。それで、要件はなんでしょうか、仕事のことではなさそうですが」
プラの容器に入った麦茶を出しながら聞いてみる。上司からは何も聞いていないし、カラオケ店なのだから、予約の電話以外は来ていない。
「あなた、本当に羽田響介さんですよね」
黒髪ロング美女は年齢的には俺と変わらないようにみえる。口調は淡々としていて、一言話しただけでもなんだか凍てつきそうな感覚を覚える。
「はい?そうですが、、あの失礼ですが、はじめましてですよね」
結構一生懸命考えたけど、この人はやはり記憶にない。俺を訪ねていているのだから、仕事に関係がないということは、羽田響介という存在自体に用がある筈。
「まさかニセモノ、いや、間違いなく、でも」
いきなりボソボソと訳の分からないことを言い始めた。なんだこいつ、考えないようにしていたが、まさか一番面倒くさいタイプの客の可能性がでてきた。
「いや、すみません、流石に何言ってるかわかんないんですけど、一応俺本物ですよ」
独り言を指摘すると、今まで目の前にいた人物とはまるで別人かのように顔を赤らめわかりやすく恥ずかしがり出した。
「え、やっあの、ごめんなさい、たまに考えてることを口に出しちゃって、、忘れてください」
考えすぎだったか、
「あぁ、それなら別いいですけど」
「でもやはり確認する必要があるので、ひとつ、あなたが本物の羽田響介なら、どうしてこんな所で働いているの」
「・・・・・・まず俺の質問に答えて欲しいのですが、初対面ですよね」
「・・・・・・はぁ、本来なら確認が取れてからが良かったのだけど、さすがに考えすぎよね、あなたにまで手が回っているとは思えないわ」
と、やはり一番面倒な可能性が戻ってきた。
「私は大野夕美子、東京大学大学院医学系研究科、といえば理解してもらえるかしら」
「いいや、全く理解できませんね、そんな人が僕になんの用でしょうか」
ここは適当なことでも言って帰ってもらうしかない、ほかの店員もいるし、何より面倒はごめんだ。
だが、帰ってほしい俺の気持ちを裏切るように、彼女は、ただ冷たく言い張った。
「単刀直入に言います、もうすぐ、人類が滅亡します」
「なんの冗談だ、タチが悪いぞ、」
数秒間思考停止に陥って、それだけ言い返した。
「いきなりで理解し難いとは思う、でも信じて欲しい」
いくつかのパターンを想定して、尚且つその全てに対しての返答を用意していた。だが実際に彼女の口から飛び出した言葉はそのどれにも当てはまらず、どころかひたすらに意味不明だった。
「いや、今日初めてあった相手の人類滅亡理論を信じろ、って、まぁいいや、俺が信じると思います?」
俺は平均的な人間よりも経験は豊富だと思う、だからそこらの奴よりは驚きにくいはずなのだが、まぁ冷静になれば信じられるわけもない。
「信じてもらうしかないの、お願い、このままじゃ人類は滅ぶ、だから私たちを助けて」
「いや無理ですよ」
* * * * * * *
「はぁ、疲れた」
何とか帰ってもらったが、
「せーんぱい、今の人、もしかしなくても元カノですか」
予想通り、松葉がありもしない事を疑いに来た。
「もしかしなくても知らない人だ」
にしても、信じられるわけがない、が、冷やかしにしては大胆すぎるし、何よりあの目は嘘を言っているようには見えなかった。
そして、こんなことを考えるべきではないのだが、あの吹雪のような冷たい口調と、黒髪にロングといったまんま雪女のような印象、どことなくアイツに……
「えぇ絶対嘘だぁ、だってこの間の元カノさんとそっくりじゃないですか、先輩ああいうのがタイプなんですか」
頭の中で、そんなことないと否定しようとしたとき、松葉に邪魔されされた。
「キャッ、怖いです先輩何で睨むんですか」
「余計な事を言うからだ、あと似てない」
こいつ、やはりここでバイトすべきでないな。
ん?何をそんなに驚いている
「え、否定しなかったってことは、この間の人やっぱり元カノだったん
だ!!」
あ、
「違う!!」
馬鹿なくせしてこう言う時だけ、即クビにすべきです店長。
* * * * * * *
はぁ、一昨日は面倒な客がきたもんだ、まさか今日も来たりしないよな。
「先輩、次は水族館行きましょうよ」
「行かない、この間飯つれてったろ」
「ご飯食べただけじゃないですか」
にしてもここ最近、松葉がいつもに増して面倒くさくなったというか、よりぶりっ子するようになった。
「タピオカおごったし映画もおごったと思うんだが」
「おごらなくていいんで水族館行きましょうよ」
あぁ、ついこの間俺もまだまだガキだとか思ったが、違うな、間違いなく違う。第一、暇つぶしにしてももっと普通に会話すればいいのに、何故一々俺をからかってくるんだ?やはりよく分からなんな。
「あらあら、この間は元カノが職場まで押し掛ける修羅場だったってのに、今日は昼間から今カノといちゃついてんスか旦那」
自動ドアが開いて入ってきたのは客ではないが、例の女ではない別の面倒なもののようだ。
「違う、どちらも彼女じゃないし、この間の客とは初対面だ」
「水臭いっスねぇ、パコサの旦那ともあろう男に目をハートにした元カノの一人や二人いて当然ですよ、なんか困ってるならこの百戦錬磨 正道 巧也に相談してくださいよ」
金髪にピアスといういかにもこの街にいそうな男は仁王立ちで入口にたっている。迷惑、はよ入るか出ていけ。
「パコサって言わないでくださいよ」
巧也がカウンターの前まで入ってくると、センサーから人間の反応を感知しなくなった自動ドアがゆっくりと閉まる。
「えぇパコサウンド略してパコサでしょ」
そこはあくまで女子高生ということだろう、さしもの松葉も目を逸らしている。というか、だったら何故ここでバイトをしている。
「なんでもいいが、困りごとならあるな」
「お!なんすかなんすか」
「うるさいホストと仕事しない後輩がいる事、かな」
しかし、人類が滅ぶ、か。信じてはいない、と言ったものの、その経歴、調べなくとも、わざわざ俺に伝えてきたのだから、おそらく嘘ではない。
「ちょっと先輩ひどいですよ、ホストはまだしも、私は先輩の目の癒しになってるんです、それに先輩だってカウンターに立ってただけじゃないですか」
「えちょ、未優ちゃんもひどいな」
そして、その経歴を持つ人間が嘘をつくとは思えない、そこらのイタズラ坊主ではない、どんなに焦っていても、疲れていても、冷静であっても、残念なことに、あれが嘘だとは思えない。
「俺はそこのドリンクバーにカウンター前を掃除し終えて一息ついていたんだ」
「ってか、平日の昼間から他にやることないじゃないすか、俺としゃべりましょうよ」
「ダメです、羽田先輩は私とおしゃべりするんですよ」
色々考えなくとも、あの眼差しひとつで分かることがある、あれは、嘘をついていない。だが、今こうして、俺だけではなく、恐らく世界中の人類が、極々普通の日常をすごしていることだろう。そんな日常が、明日明後日に急に終わると言われても、納得も出来なければ、実感もわかない。
「平日の昼間なのなら二人とも働け」
「やることないです」
「俺ホストなんで仕事夜からっス」
「じゃあ何でいるんですか」
「昨日隣のホテル止まってたんすけど、店まだ誰もいねぇし家帰んのもダルいから旦那と暇潰そうと思って」
やけに意味深なことや、疑り深い独り言を言っていたが、まさかあれまで演技とは到底思えない。もし演技だったとすれば、それはもはや賞賛に値する。そんな一流並みの演技力になら、騙されても仕方が無いだろう。ん?平日の昼間って言ったか、、
「まて、そういえば平日の昼間だと言うのに何故松葉はバイトに入ってる」
「今日高校休みなんですよ」
「どちらにせよシフトは夕方からだろ」
「そんなの先輩に会いに来たに決まってるじゃないですか」
こっちはこっちで演技が上手いか、俺は騙されないが、あの女とも変わらないような、じゃあやはりあれは嘘なのか……
「そこまであざとい演技ができるとは逆に感心するぞ松葉、おい巧也、ちょっとキャバクラの面接裏から手回して通してやれ」
「了解っス旦那って、さすがにそれは酷いっすよ、旦那ももうちょい女心わかってやんないと」
俺にまで手がまわってるとはどういう意味だ、彼女の周囲は既に信用するに値しない、だから偶然知っていた俺を宛てにしてきたといったところか。だがそうなれば必然的に・・・・・・
「女に刺されたことがある男に言われると説得力あるな」
「え!正道さん刺されたんですか!!」
「そうなんスよ、彼女ヅラして付きまとわれて、店の帰りにグサッて」
人類は滅びる、原因は超自然的災害や未知の存在によるようなSF展開でもない、人為的、すなわち何者かによる攻撃によって人類は終焉を迎える、、
「それでもホストを続けているあたり、刺されたショックで頭がイカれたかドMだったかの2択だな」
「正道さん受けっぽいもんね」
「何言ってんスか、ベッドの上だと俺狼っすよ、未優ちゃんもどう、まじかで見てみる?」
「いや、そういうのマジいらないんで」
「急に冷た!!旦那に対するのと態度違いすぎる!!」
人類滅亡ではなくとも、核戦争なりテロなりの計画を企てた馬鹿がいて、彼女はそれに関する何かを知ってる可能性、が、彼女が真実を述べている場合の最有力候補。
二番目は彼女が重度の厨二病を煩っている場合、むしろこれであって欲しい、にしても、狼って、狼って、
「ハッ、狼ってたとえベタすぎるだろハハハハハハハハ」
「えぇ先輩急にどうしたんですか!!」
「あいっ変わらずツボがおかしいッスね」
ピロロロロロロロッピロロロロロロロッピロロロロロロロ
「着信音古くないすか」
「私が出ますよ」
タイミングよくなった店の奥にある電話を、松葉が取りに行く。
「ああ頼んだ」
まあ、人類滅亡とまではいくなくても、大規模な犯罪が起こる可能性もある。面倒はごめんだが、犯罪ならみすみす見逃す訳にもいかない。警察にでもつき出そう。
「巧也、俺が修羅場だったって、変な噂流してないだろうな」
「ちょっ、俺のせいにしないでくださいよぉ、俺はあの日話を聞いて見ていたら、必死に復縁を訴えながらも旦那に追い返される美女を目撃しただけっす、言い逃れはできませんぜ旦那」
向こうからもう一度来るとも限らない、情報網はある、なんなら真実かは定かでないが個人情報も聞いた。
「復縁なんて訴えかけられてないし、元カノでも無い。見ていたのはお前のとこの連中だけか」
「まさか、ホステスのさつきちゃんから聞いたんですよ、NHバーのよっちゃんも一緒に覗き見してたし、そもそも旦那の噂なんすから、見てなくてももう街中に広まってますよ」
「とりあえず変な噂流したさつきは後で叱るとして、あの女を探すことは出来るわけだ」
やっぱり咲千と会ってから冷静でなかったようだ。分かってはいても自分を統制することすら出来なくなる、顔を見るだけで心がザワつく、初めは一種の病とでも思ったのだが、事実病だったようだ。
「お!なんスか何する」
「先輩!!佐々木さんって人から電話で、ご友人の方が、亡くなったって」
「代われ」
「おい咲千代わったぞ、誰が亡くなって」
《 岐保くん、岐保 秀斗くん、今朝事故で、見つかった時にはもう、、今日の夜、通夜があるって 》
え、
死んだ、、、
誰が、
岐保?岐保
岐保って、あの
誰? 岐保は、友達の ともだち
たいせつな、 あのころの
しんだ、、、
「…そうか…わかった、わざわざすまない、じゃあな」
《 まってきょうすけ、 》
ガチャッ
「なんでだよ、なんでだよ!!!!!!!!ふざけんなよ!!!!!ふざけんなよ、、ああもう、わかんないわかんないわかんない、わかんない、なんでわかんない、ヤハウェも釈迦も使えねぇなおいふざけんなよ、なんで、なんで、、なんで、ふざけんなよ!!なんで、なん、で、なんで、、、」
「だん、羽田さん…」
「先輩……」
「・・・すまない、俺としたことが取り乱してしまった、未優、俺は今日早く上がるから、この間の女の人がきたら連絡先を聞いておいてくれ、空いた枠は店長が働くから安心しろ。巧也、仕事途中ですまないが、時間になったらこいつを家まで送ってやってくれ、車なら俺のを貸す、あと、女探すのも頼んだぞ」
「りょ、了解です、羽田、さん」
* * * * * * *
「んじゃ店番と未優ちゃんは任せてくださいッス旦那」
「・・・・・・」
「悪いな、店番まで」
いつも笑わない癖に、こんな時だけ愛想笑いして、違和感しかないのに、先輩なら自分でおかしいって分かるだろうに、、
「いいんすよ、前にウチの店手伝ってくれたお返しッス、ウチのオーナーもここの店長も許してくれたし問題ないっすよ」
ああいってしまう、先輩が、羽田先輩が行ってしまう
「そうか、行ってくる」
行ってしまった、止めれなかった、いや、止める理由はなかった、、友達が死んじゃって、悲しいだろうから、だから、、お別れを言いに行くのを止めるわけにはいかないから
でも、悔しい、、、言えなかったのが、もどかしい、
「さぁ、仕事張り切るぞぉ、って言っても、何すりゃいいんか全くわからんのやけど!」
「未優ちゃん、お客さん来る前に仕事教えてよ」
「ねぇ未優ちゃん、羽田の旦那、未優ちゃんのこと名前で呼んでたよ、ついに名前呼びだよ、良かったじゃん」
「よくないよ……よ く な い よ !!」
「みゆうちゃん・・・」
「せんぱい、どうみてもおちこんでだし、でんわきってすごくないてたし、おこってたし、ぜったいぜったいかなしんでるはずなのに、わたしのことおくってやれって、なんで」
あんな顔初めて見た、あんな取り乱す先輩を、涙を流す先輩を、いつも見ている先輩からすれば、本当人が変わったみたいだった。
でも、誰がどう見ても、必死に我慢してた、我慢して、直ぐに私たちに気を使って、そのあとも仕事して、何事もないかのように、振舞ってるつもりだろうけど、、全然キレのない全くの別人で
「優しいね、未優ちゃんも」
「え、」
「知りもしない人が亡くなったって報告で、そりゃ確かに大好きな羽田の旦那のご友人かもしれないけど、そこまで悲しんで、人の気持ち考えれるだけすごく優しいよ君は」
私なんか……先輩は、いつも守る側にいる、私はいつも守られてる。
でもこんな時くらい、思いっきり泣いてくれていいのに、いつもの恩返しに、いや、恩なんてなくても、何でもしてあげるのに、
なんでって、なんでって連呼して、その言葉の続きは多分、なんで、俺じゃないのか
「旦那ね、凄いよね、俺もよく知らないけどさ。だって、なんも話してくれないじゃんあの人、初見はいけ好かないタイプの人だよ、みんなに嫌われそうなのに、皆を助けていつの間にかみんなに頼られてた。旦那がいなけりゃ俺はもうこの世にいない」
「先輩が?」
「うん、刺されたって言ったでしょ、夜中の高架下で、人が通る気配もない中どんどん血が出てきて、ああ俺もう死ぬんだって思った時に、目の前にあの人が現れて、しかも、大事にしたくないってワガママ言ってたら、怒り狂ったみんなを止めてくれて、いつの間にかひと段落着いてた」
「4年前、ふらっとこの街に現れた。最初は未優ちゃんみたいにバイトでこの店に来て、当時はまだあそこの国立の三年で、経済学部ってことと、もともとは塾でバイトしてたってことは教えてくれた。あと、元カノが一人いるらしい、もっといるんじゃないかって疑ってはいるけど、あの人、嘘はつかないから」
「正直訳わかんないこと言ってたり、時たま意味不明なことしてたりするけど、多分それでいつの間にか俺達助けられてるんだと思う。知ってるだけでも、この街のみんなを助けてるのに、気づいてないとこでもっと助けられてるんだと思う。そんな人が大学出てまで、なんでこんな街のこんなカラオケ屋で働いてるのかわかんないよ、教えてくれないし、噂は絶えないし、口は悪いし、そのくせ優しいし」
そういえば、この人もこの街の人達も、皆私より長く先輩を知ってるんだ。元カノがいるとか、若干悔しいけど、そうなんだ、あの人はずっと、
「とにかく、去年未優ちゃんが入ってきてからも、入ってくる前からも、俺が知ってる限りあの人はずっとあんな感じ、だから何を隠してても、旦那は旦那に違いない。そして、旦那の事を考えてやれる君も同じぐらい素敵な人なんだよ」
あ、ダメダメダメダメ。
ズルいよ、こんな時にそんなこと言われたら無理だからぁ。ダメ、私には先輩がいるの!
「うるさい腐れホスト」
「酷いなぁもう」
* * * * * * * *
「本日は誠に」
スピーカーから音が聞こえる。見たことは無いが、多分岐保の母親だろうか
「きょうすけ、大丈夫?」
咲千がやけに心配そうな顔をしている。こいつだって悲しみがあるだろうに、ダメだ、心配をかけちゃいけない、俺なんかに
「あぁ、大丈夫だ」
「無理すんな羽田、ったく、岐保のやつ勝手に死にやがって、こんな形でお前らと再会する羽目になるとは」
後ろから飄々とした声をかけられる。いつなんどきでも己のペースを崩さない、顔を見なくても分かる
「山南、久しぶりだな」
「山南くん、福岡にいるんじゃ」
振り返れば、青春を共にした親友の姿が、山南 敬の姿がそこにあった。
「飛ばしてきたさ、高速に乗れば普通に間に合うしな」
「にしても、車ごと海に落ちるとは」
「まだ酒が抜けてなかったらしい、だから暗い中運転ミスって」
高校の同級生が、4、5人目の前にいるのだが、声も聞こえているのだが、正直、山南と咲千の姿以外見えない、見たくない。
「ちょっとまて、俺が知ってる岐保秀斗は、誰よりも真面目で慎重なやつだった、そのあいつが早朝から酒も抜けない状態で海辺をドライブだと」
他の皆が悔しそうに話す中、山南はいつものように、案の定ペースを崩さず疑問を提起した。
「今日は会社を休んで釣りに行く予定だったらしい、会社の同僚も後で合流する予定だったってさ」
「つーかんな事ここで言うなよ敬、不謹慎だぞ」
「うん、確かに腑に落ちないけど、今は皆で彼の死を惜んだ方がいいよ、響介くんにも悪いし」
皆もわかってないわけではないのだろう。山南は決して、友の通夜に来て周りのことも考えずに不謹慎なことを言っている訳では無い。こいつはこういうやつなのだ、要は俺よりも自分を隠すのが上手い。常にポーカーフェイス、そして俺よりも悲しんでいることを、
「羽田、落ち込んでるとこ悪いがちょっとこっち来い」
一緒にいた俺なら分かる。
「なんだ山南、今すぐ言うべきことなのか」
「いや、俺も死ぬほど悩んだが、高校の時の仲間が実際に死んでるんだ、悔しいが、今俺は悲しめない」
そう言った山南の表情は、いつも通り崩れていなかったが、伝わってくるものもあった
「どうした」
怒り 悲しみ その他にも様々な感情を、一切吐露せず堪えている。そしてこいつがそうする時、こいつが不謹慎とも取れる発言をしたのなら、それには必ず理由がある。
「流石にお前も落ち込んでるし、俺だって涙こらえるので精一杯だ、だから明日だ、明日の朝向かいに行く、それまでに涙を枯らしとけ」
そう言われた。
高校時代最も信じることが出来た親友にそう言われたから、俺は言われた通り、この日の夜、時間を忘れて泣き続けた、通夜の会場で、最後まで友の顔を見続けて、もう二度と開かないその目を、あの時と全く変わらないその顔を、見てはぼやけてしまい、顔を拭ってはまたすぐにぼやけて、我慢してもしきれないで、本当に久しぶりに、人前で声を出して泣きじゃくった。
伸びちゃいましたね、緊急事態宣言、というわけで、緊急事態宣言とともにやってまいります。