とある詐欺師の魔法の杖
イタリアの地で降り続く長雨。
異常気象を調査するため、一人の気象学者がイタリアに訪れた。
そして学者は、謎の老人と出会う。
ある夏の季節。
イタリアでは、雨が長らく降り続ける異常気象が起こっていた。
ローマから続く荘厳優美な街並みも、陰雨のせいで今は幽霊のように生気がない。
多くの川がある、イタリア。中でも上位の長さを持つポー川、アディジェ川、テヴェレ川なども、全域で降り続ける地雨の影響で氾濫の危機にあった。
積雨により、イタリア各地にあるオリーブ畑は大打撃を受ける。サッカーリーグ・セリエAもほどなく中止となった。
サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の食堂。そこにある、レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた壁画『最後の晩餐』は、湿気で酷く痛んだ。
カトリックの総本山――かのヴァチカンでも、聖職者達はただただ神に祈るばかりである。イタリアンマフィア達も邸宅に引き隠って、赤ワインとエスプレッソで心の安定を保っていた。
――そんな折、一人の気象学者がジープに乗って颯爽と現れる。
水かさが増す中、学者は四輪駆動を走らせてイタリアの都市部を回り、最新鋭の観測機器を使って異常気象の調査を始めた。
しかし、調査を続けても一向に多雨の原因が解らない。雨水が異様に降り続ける大気の下、学者はジープの中で頭を抱えた。
疲労した頭で考えても仕方ない、ここは一つ休憩しよう。学者はそう決めると、助手席にあるバッグの中から煙草入れと巻紙、そしてハサミを引っ張り出した。
ハサミで巻紙を適当に切り、煙草入れから取り出した煙草の葉とハシシをそれに乗せて、器用に巻く。
火を点けて一服すると、直ぐに気持ちが良くなった。煙りだらけになった車内で、学者はぼんやりとしてまう。
――その時。誰かが車の窓をコンコンと叩いた。
窓の外を見ると、黒いカッパを着て木の枝のような杖を持ったみすぼらしい老人が、車の外にひっそりと立っている。
窓を開けて何の用かと学者が聞くと、老人は、学者の噂を聞いて来た、と言った。そして、長雨は自分が魔法の杖で降らせていると語った。
勿論、学者は一笑に付して、信じるようなことはなかった。
しかし老人はそんなことはお構いなしに、学者の前で杖を掲げて見せる。頭のおかしい老人だ、学者はそう思った。
雨が――ぴたりと止んだ。
老人が再び杖を掲げると雨が降り、また掲げて雨を止ませた。
学者はこれを見て驚愕する。まさか本当に魔法の杖なのか、と。
すると老人は学者に、自分の杖と学者の持つハシシの煙草とハサミを交換しないか、と持ち掛けた。
学者は、快く交換に応じる。
受け取ったハサミを手にした老人は、その刃でチョキチョキ、切り絵のように雨雲を切り裂いた。
途端に雲が消え失せて、綺麗な青空が広がる。
一方、当の学者はといえば――。老人のそうした奇跡的な行いを目の当たりにして、己の目を疑うほど驚きながらも、車の外へと出た。
そして老人を真似て、杖を掲げてみるのだった。
だが、雨粒は全く降ってこなかった。
何度となく掲げてみるが、雲一つない青空が広がったまま――。やはり雨水が降る気配はなかった。
なぜ雨が降らないのか、そう怒った学者は老人を問い詰める。
すると、老人はこう答えた。
「だってそれ、近所で拾った普通の木の枝だし。魔法の杖は、わしが持ってる時だけ魔法の杖だからね」
老人は言い終えると、ハシシの煙りをぷかぷか吹かして、今度は雷雲を作っていった。