「死に花を咲かせましょう」
『アンハピエンの恋企画』参加作品です。
『花の国』は大陸でかなり広い面積を占める荒野の、さらに奥地に位置する小さな国だ。
この荒野は遠い昔、戦争によって滅んだ大国の跡地で、不毛な大地ながら失われた魔法技術の眠る遺跡があると噂され、一攫千金を狙った冒険者や流刑にされた罪人しか足を踏み入れる者はおらず、また帰って来る者は誰一人としていない、死の土地として有名だった。
だから『花の国』は、蒸気魔法を使った大規模な飛行船が開発されるまで日の目を見ることはなく。
共同探査船によって、荒野の果てに美女の楽園が発見された時は大陸に激震が走った。
魔獣や幻獣に守られた、花咲き乱れる森が居住地を半円状に覆い、反対側にはのどかな牧草地や田畑が広がっている。
網目のように張り巡らされた水路では薄衣の少女たちがユニコーンと戯れ、国の中心、鏡のように煌めく巨大な湖の畔には神聖な大樹がそびえ立つ。
飛行船が墜落して天国にたどり着いたのかと勘違いするくらい、美しく豊かな国だった。
『花の国』の存在を知った大陸中の国は、花に群がる羽虫のようにこぞって開国を求めた。
四季折々の花を使った芳しい香水や、植物由来、天然素材で肌に優しい鮮やかな衣装は貴族女性のステータスとなり、清らかな水で作る極上の酒や、一口飲むだけで活力が湧き、傷を癒す魔法薬はどこの国でも飛ぶように売れた。
何よりも男心をくすぐったのは、花人という『花の国』の民だ。
老いも若きも総じて見目がよく、気品と色香を兼ね備えた良い香りのする少数民族。
花人は女人しかいないので、荒野を踏破し『花の国』にたどり着いた男を歓待し、婿にしているのだという。
まるで男の欲望を形にしたような種族を、愚かな権力者は喉から手が出るほど欲しがった。
大きな荒野を抱えた大陸の国々は、全てが豊かとは言い難い。
美しい女に加えて、肥沃な大地、豊かな水源、穏やかな性質の魔獣や幻獣も利用できると来れば、奪うことに慣れた老獪な大国の格好の餌食である。
最初の内は各国が牽制し合い、表面上は和やかに交流を続けていた。
ぎりぎりの均衡を破って侵略に踏み切ったのは、飛行船を開発した蟲人の帝国だ。
すでに伴侶のいる女王に求婚してフラれた皇帝は、逆恨みから『花の国』を占領し、花人たちを奴隷にしようと言い出した。
いくつかの国は反対したが、それよりも多くの国が賛同の声を上げる。
「花人は荒野の瘴気を浄化するべく生まれた民です。この地を離れては生きて行けません」
悲痛な女王の言葉に耳を傾ける者はいない。
圧倒的な数の差。強国の連合軍が小さな国を制圧するのに、さほど時間はかからなかった。
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「死に花を咲かせましょう」
決戦の前夜。
民が敬愛する、しだれ桜の女王が声高に宣言した。
「私たちは花の化身。ゆえに散る、という言葉は好きではありません。私たちは最期まで美しく咲き誇っているべきなのです」
信仰の対象である御神木の力を使って、国全土の花人に女王は語りかける。
「国などなくなっても構いません。私たちに課せられた命題、緑で覆われた大地を取り戻すためには、一人でも多くの民を生かさなくてはならない。私は未来のための犠牲となりましょう」
そこで女王は言葉を切り、白い繊手を掲げる。
「私の死は、生き残った民に語り継がれて行く……それこそが誉れです。死んで花実は咲くものかと、ただびとは言うけれど、私たちは誇り高き花人。死んでも尚咲き誇り、実を成すのです。
────最期に、ひと花咲かせようではありませんか」
たくさんの花人が同調して、国が揺れた。
最も強い浄化能力と魔力を誇る女王は厳かに宣言する。
「御神木が枯れることはあってはなりません。私と夫、そしてお腹の子の命を、御神木に捧げます」
貴種と呼ばれる、浄化能力は弱いが戦う力を持った薬草の花人は剣を捧げ持つ。
「我らは一人でも多くの民草を森に逃すため、この命が尽きるまで侵略者と戦うことを誓いましょうぞ」
……そして民草の中でも、成人したばかりの若い女は泣きながら決意する。
「まだ幼い芽や蕾たち、次の世代のために、あたしらは囮になります。……言ってもわからない奴らに、この命を使って理解させてやるんだ」
華やかな色を纏った女たちは、覚悟を決めた悲愴な顔で唱和する。
『死に花を咲かせましょう』と。