漂う予兆
……は?
という声は寸前のところで飲みこみ、俺は鉄壁の心で表情に防壁を築いた。
え、聖剣? あれ、俺こいつに聖剣士だって名乗ったっけ? それとも超人めいた洞察力でばれた? ちょっと待って聖剣って、聖剣? 別の字で勘違いしてるとかじゃなくて本気で聖剣? 聖剣なの?
目まぐるしく疑問が巨大な渦となって俺を飲みこみ下流へ押し流していく。
父さんが聖剣士だったなんて話は聞いたことがない。そんな話、母さんは一度も俺にしたことがなかった。だから俺が聖剣士を名乗ったのはただの偶然だ。もしもそれが真実ならあまりにも数奇な偶然の連なりになにか壮大な強い意志が働いていると確信せざるを得ない。待って、さすがに怖い。たっけてかーちゃん。さっきトイレ行っててよかった。
「聖剣って……あの……?」
「……ああ、試しに抜いてみようとしたができなかった。にわかには信じられないが、本物のエーデルワイスだ」
待って、ほんとに待って。父さんっていったい何者だったんだ……?
突如として胸がどっくんどっくんと大きく鼓動を打ちはじめ予想だにしなかった急展開で目眩を感じた。
「聖剣……?」
「ねえ、いまの聞いた……? あれほんとに聖剣なの……?」
「すっげぇ……」
「偽物だろどうせ」
「あいつ転生者ってことか……?」
周りから聞こえるざわめきの中へ幾度となく聖剣という単語が飛びだし蒼白直前の俺へと受付嬢が恐る恐るといった雰囲気で様子を窺ってくる。
「あ、あの……本当に聖剣士様だったんですか……?」
俺は聖剣士なんかじゃない。剣を振ったこともなければ魔物と戦った経験だってない。
けれど。
「それが真実かどうかはいずれわかることさ」
俺は即座に口元へニヒルな笑みを浮かべると彼女をまっすぐに見返した。
「ここでの経歴もなければ信用も得ていない俺は取るに足らない剣士の一人だよ。だからその剣は預かっておいてくれ。それがルールなんだろう?」
受付嬢はどう対応すればいいのかわからないようで戸惑った表情のまま剣を見下ろしていた。あれだけ聖剣士を名乗っていた俺が急にあやふやにしたその理由を探っているようだった。
「……その剣を抜いてくれないか?」
すると男が試すような口調で俺に言った。
真の聖剣士であれば抜けるはずだろう。そんな空気を言葉に感じた俺は小さく笑い返して手を広げた。
「いや、抜けないよ。その剣も道端で拾っただけだから」
「……なに?」
「たまたま見つけたから聖剣士って言ってただけさ。だから買い被らないでくれ。それにしても一目で見抜くなんてやっぱり英雄なんだな」
「待て、聖剣が道端に落ちているわけがないだろう。お前はいったい何者なんだ……?」
「さあな。あとでまた来るよ。まだ朝ご飯も食べてなくて腹減ってんだ」
俺はそう言うと聖剣であると疑いのかかった父の形見を受付嬢に押しつけてリナリアの手を引いた。
「待ってくれ」
その背中へ声がかかる。俺は数秒の間を置いてから悠然と振り返った。
「俺の名はオニオン・リング。お前は?」
「ユリウス・ローゼン」
「ユリウス、か……。面白い。覚えておこう、その名前」
なんとも言えない表情でホールにいたほぼ全員がこちらを見ており構わず出口へ向かった俺のあとをリナリアは気まずげに顔を伏せながらついてきた。
その後ろから小さく「ローゼン……どこかで聞いたことがあると思ったが、やはり……」と意味深に呟くオニオンの声を耳にしながら俺たちは案内所をあとにした。