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少女の秘密

 少女はその言葉に驚きこそしなかったものの、じっと俺を見つめるその瞳は微かに潤み頬はほんのりと赤く染まっていた。自分を助けてくれた命の恩人が聖剣士だと知ってときめいているのかもしれない。


「聖剣士って、あの聖剣士ですか……?」


「知ってるのか?」


「この世界の聖剣士とは違うかもしれないですけど……すごい力を持った剣を持った人のことですよね……? その剣はどこに……?」


「……」


 俺は少しのあいだ言葉に詰まっていた。


 勢いで聖剣士とか言ってしまったが、たしかにそうだ。俺は剣どころか包丁だってろくに握ったこともなかった。剣を買うお金もいまのところは持っていないし、いくら野望のために聖剣士を名乗るにしても無理のあるうそでは破綻する。


『うそとは大きな虚像を描く小さな真実の積み重ねである』


 華麗な言葉の翻弄で初陣を勝利で飾ったが、俺はこのときうそがどのような威力を持ち、そしてどのように人の心に働きかけていくものなのかといううそ魔法の深淵を垣間見た。


 俺は苛烈に晒されながらも戦いの中で成長をしていたのだ。


「ははは、なんだそれ絵本の読みすぎじゃないのか? 剣にすごい力なんてあるわけないじゃないか。俺のは称号だよ、称号。二つ名といってもいい」


「あ、そういうことでしたか……すみません、早とちりしてしまって……」


「無理もないさ。この世界のことなにも知らないんだし」


 少女は勘違いしてしまった自分を恥じるようにより一層顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。それからごまかすようにラストナイトを口にしてほぅっと深いため息をつく。


「あの、僕なんかで大丈夫なんでしょうか……? 魔王を倒すって、よくわかってないんですけど、転生者でそういう力があるって言われてもよくわからなくて……なんだか夢みたいな話ばかりで混乱してるんです……」


「俺についてくれば心配することはなにもない。さっそく町を出よう。ここは田舎で仕事もない。簡単な魔物討伐の仕事をしながら少しずつ馴染んでいった方がいいと思う」


「……出会えたのがユリウスさんでよかったです」


 少女はそう言って瞳に涙を浮かべながらそっと微笑んだ。俺はその寒い雪の日に咲いた一輪の可憐な花のような笑みに胸を打たれた。


「ご迷惑をかけると思いますが、これからよろしくお願いします」


「こちらこそよろしく。そうだ、名前を考えなくちゃな」


「名前、ですか……?」


「名無しってわけにもいかないだろ。一応仲間になったわけだし」


 少女は目の前のグラスを見つめたままじっくりと考えはじめた。けれどいい名前が思いつかなかったのかすぐに困った顔で俺を見る。


「すみません……どういう名前がいいのかわからないのでお任せしてもいいですか……?」


「……じゃあ、リナリアっていうのは?」


「リナリア……」


「女の子らしくてきみにぴったりな名前だと思うんだけど、どう?」


 そう笑いかけると少女はなにやら表情を曇らせた。もしかして気に入らなかったのだろうかと心配になっていると少女は気まずげに目を伏せて恐る恐る口を開いた。


「あ、あの……言ってなかったことがあるんですけど……」


「え、なに?」


「その……実は僕……この世界で気がついたとき、女の身体になってたんです……」


 彼女がなにを言っているのか俺は少しのあいだ理解ができなかった。


 呆然として固まっているといつの間にかそばに来ていたマスターがカクテルのおかわりを置いていき、ピアノの軽快なリズムを耳にしていると少女、いやリナリアが切迫した表情で俺を見た。


「あんまり覚えてないんですけど、ほんのつい一時間前は男だったって記憶があるんですっ……! 声だってこんなに高くなかったし、トイレに行って立ってしてたって感触もちょっとだけ残ってて……! 考えないようにしてたんですけど、僕っていま女の子の顔になってるんですよね……!?」


 バーン、とピアニストが仕事を放りだして帰る前兆のようにヒステリックな音で鍵盤を叩いた。酔いが回ったせいか急激に視界が揺らぎ俺は果てのない闇の中へ落ちていくような錯覚を受けた。


「え……お前、男なの……?」


「あの、はい……なにがどうなってるのかわからないですけど、もし僕が死んだっていうなら、きっと生きてたときは男でした……」


 俺は絶望した。


 絶世の美少女をなんの偶然か転機を願った直後に助け、これはなんらかの天の意志が働いていると確信した矢先に運命のヒロインからの爆弾発言に俺の心は粉々に砕けて散らばって空気に混ざっていった。


 もしかしたら出会って数時間で恋に落ちて二人のサイレントヒートがラストナイトを色濃く演出する一幕があると思っていたのに。ラストじゃないだろと思ったがラストにしたくなってきた。いやむしろナッシングナイトだ。


 思い描いていた伝説の幕開けがこんな形で崩れ去るとは思わず、意気込んだものの明日からまた紡績職人、もといイケメン紡績達人としてあのふざけた一家を養っていくかと考えているとリナリアは不安そうな眼差しでグラスの影から俺の顔色を窺った。


「……すみません、気持ち悪いですよね、僕が男だなんて……」


 俺はがっかりした気持ちでリナリアを見返し、けれどこのままでいいのだろうかと考えた。


 むふふな展開を多少なりとも期待していた俺にとって既に彼女は興味の対象から外れてしまったが、曲がりなりにも転生者であるリナリアは英雄への道を繋ぐ俺の希望でもあった。


 俺はマスターの持ってきたカクテルをぐいっと一気に飲み干すとグラスをたんっとテーブルへ置いて息をついた。喉が焼けるようなアルコールが胃の中で熱を持ちじわりと顔の周りが熱くなってくる。


「いや、驚いただけだ。別に気持ち悪くないよ」


 よくよく考えてみれば前世が男だろうとリナリアは誰もが振り返るほどの純情可憐な女の子であることに変わりないじゃないか。身体はほっそりしていて胸も出ているし、きっとその股間には俺が持っているような聖剣は備わっていない。


 心は男でも関係ないはずだ。むしろ男なのにこんな美少女である自分に困惑しているという一種の魅力として捉えることもできるはずだ。そうだろう、ユリウス?


「うん!」


「えっ、どうしたんですか……?」


「気にすることはないさ、リナリアが男だろうと俺はお前を嫌ったりしない」


「ありがとう、ございます……男だってわかったら助けてくれないんじゃないかって、不安だったんです……」


 リナリアは安心したようにそっと笑みを浮かべ目尻を拭った。俺は笑い返しながらもそのありがちな男っぽい心情に大ダメージを負っていた。


「い、いや……お前も苦労するだろうけど、その……まあお互い遠慮せずに済んだから言ってもらって助かったよ……」


 早くこの忌まわしい事実を忘れ去ろう。


 彼女が前世でどのような暮らしをしていて、どんな人生を歩んできたのか。気になっていた事柄は山ほどあったものの、俺はこの先ずっとリナリアの前世には一切触れないことを決意した。

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