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白の夢

 びちゃびちゃびちゃ、と水を絞る音がして俺は気がついた。


 うっすらと目を開けると見慣れた自室の天井が映り、お腹の痛みと寒気と全身のだるさで起き上がれないでいると不意に視界の端から誰かが覗きこんできた。


「……起きた?」


 艶やかな藍色の髪の毛をかき上げながら母さんが微笑みながら心配そうに見下ろしてくる。窓の外で北風が吹き街路樹の枯れ葉を一枚さらっていった。部屋をあたためるストーブの上でやかんがくつくつと柔らかな音色を立てている。


「お粥つくったんだけど、食べられるかしら。ユリちゃんの好きなたまご粥よ。にわとりは、産んだ卵が減ると慌てて産み足す習性があるの」


 そう言いながら枕元のサイドテーブルへ小さな土鍋を乗せると、小さな木の匙ですくって俺の口元へと運んできた。


「食欲ある?」


「ない……」


「食べないといつまで経っても病気が治らないわよ?」


 お腹が痛くてとても食べられる状態ではなかった。頑なに口を閉ざす俺を見て母さんはあきらめたようにため息をつくと額にぴたりと手を当てた。


「まだ熱は下がらないようね」


「母さん……」


「ん?」


 俺は少しのあいだ母さんの優しい瞳を見つめた。


 これは、俺が見た幻だ。


 母さんはもうこの世にはいなくて、俺はそれからずっと一人で生きてきた。たった一人で、ずっと。


 だから選ばなくちゃならない。この居心地のいい場所へ留まるか、もとの冷たい世界へ帰るのかを。


「これは……俺の夢の中、なんだろ……?」


「……ええ、そうよ。ユリちゃんはいま、とても曖昧な境界の上に立っているの。ママがここにいてあげられるのもあと少しのあいだだけ」


「そっか……」


 行かなくちゃならない。俺は英雄になるためにあのくだらない家族たちのもとから旅立ったんだ。母さんとの思い出のこの場所を明け渡してまで。


 起き上がろうとした俺を母さんは心配そうに支えた。きっと、引き止めに来てくれたんだ。ばかな俺が死んでしまわないように、ずっと見守ってくれていたんだ。


「……母さん」


「なぁに?」


 俺は母さんの想いを無駄にしないよ。


「甘いたまご焼きが食べたい。あと……うーんと、そうだ、耳かきしてほしいな。聞いて聞いて、俺すっごいかっこいいことしたんだ。リナリアっていう転生者の女の子を華麗に助けたんだぜ俺」


「うふふ、ユリちゃんったら大きくなっても甘えんぼなんだから。でもねユリちゃん、これはあくまでユリちゃんが見た夢の中での出来事なの。言わなくてもわかるでしょう?」


「言ってくれないとわかんない」


「幸せな夢は最後まで見られないから優しいのよ。終わってしまったら、寂しいでしょう?」


 母さんがそう言った瞬間、部屋の中が目映い光に包まれた。


「母ちゃん!」


 空気が歪むような形容しがたい渦の中に声が飲まれ消えていく。


 だめだ、俺はまだ母さんに膝枕さえしてもらって……くっ……!


 思わず伸ばした手は柔らかななにかに阻まれてしまい、そうして母さんはいつか見た優しい笑みを浮かべたまま光の中へと消えていった……。

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