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情報屋

寝てしまった少女。

 ようやく泣き止んだかと思って恐る恐る少女の顔を覗き込むと、今度はすやすやと寝息をたてて眠っていた。

「こいつ…っ!」

 怒りに歪んだ表情で拳を振り上げるが、盛大なため息とともにそれを下ろして自分の腰に添える。

「ったく、ガキが遊んでていい時間はとっくに過ぎてんだぞ」

 そう言って部屋の奥から布を引っ張ってきてそっと体にかけた。

 そして少し逡巡したのち、男は台所へと向かったのだった。


「…んん…」

 部屋に漂う匂いに少女が目を覚ます。

「いい匂い…」

 香ばしいスパイスと肉の焼ける匂い。思わず飛び起きて周囲を見回した。

「おう、起きたか。…わかりやすいなお前」

「ふぇ?」

 目が合うなり男にそう言われ、口端からよだれが垂れていることに気づく。

「あ!てめぇそれで拭くな!それ洗ったばっかだぞ!」

 体にかけてあった布で口元を拭く。

「せっかく飯まで作ってやったのにこんのクソガキゃ…食ったらさっさと帰れよ!」

「えっ?」

 男の言葉に驚く少女。

「ご飯、食べていいの?」

「おう、お前の分に作ったやつだからな、俺一人で全部食ったら太っちまう。さっさとこっち来い」

 体に絡まったような布を身をよじって引き剥がし、必死の形相でテーブルに走り寄ってくる。

「ちったぁ落ち着け!」

 男の言葉は聞こえていないのか、テーブルまでたどり着くと精一杯背伸びして、そこに並べられた料理を覗き込んだ。

「わぁぁ…!」

 そこには、新鮮な青野菜にトマトなどで色添えされたサラダと、鶏肉の一枚ステーキ、そしてほのかに茶色がかった透明な根菜入りのスープ、そしてパンがあった。

「椅子が一つしかねえからお前座れ。俺は立って食う」

「きゅぅっ」

 男が木の椅子を引き下げ、少女の首根っこを捕まえて強引に座らせた。

 目を輝かせながら料理をただ見つめる少女。

「…さっさと食え」

 ごくりと喉を鳴らしてサラダに『手』を伸ばした少女の手を男が慌てて掴んで止めた。

「まてぃ!素手で食うやつがあるか!そこにフォークあるだろうが!」

「フォーク?」

 はっとしたのは男の方だった。

「はは…まさかとは思ってたが」

 そう呟いて手を離す。

「いいか、食事を取るときはこういう食器を使うんだ。これを右手に持って、左手にはこれを持つ。サラダは食べる分だけ自分の皿に移すんだ」

 男が食器の使い方を説明する間、少女はこれまで見せたことがないほどに素直な子供らしい顔をしていたのだった。

 テーブルマナー講座をやりながら食事を進めること数十分。

「は?帰っても誰もいないってどういうことだ!?」

 会話の中で少女がこぼした言葉に、男が急に大声を出す。

「親はどうした?いくら貧乏つっても昔よりちっとはましになったろ」

 そう問い詰めると、少女の表情が曇る。

「父さんは見たことない。母さんはこないだ『いっぱいお金もらえるらしいから行ってくる』って言って出て行ってそのまま帰ってきてない。すぐ帰ってくるって言ったのに」

「立派な行方不明じゃねえか!」

 男が片手で頭を抱えた。

「くそ、聞くんじゃなかったぜ。どう考えてもなんかに巻き込まれてんだろ」

 ぶつぶつと呟く男に、神妙な面持ちで上目遣いで何かを訴える少女。

「…なんだよ」

「おかわり」

「お前神経図太いな!」

 差し出されたスープのカップを乱暴に奪った。


◇◇◇


「ルヴィルの旦那、お久しぶりで」

 わずかな星明かりが差し込むだけの裏路地。

 小太りの男が低く小さい声で、背中の柱越しに話しかけてくる。

「遅くにすまないな」

「いえいえ、旦那は上得意様ですから。いつ何時、何をしてても駆けつけますぜ」

 へっへっへ、と少し気持ち悪い笑い声を漏らす。

「ほんで、何がご入り用で?こんな時間にお呼び出しとなれば、お急ぎのことでしょう」

 懐から、文字の並んだ一枚の羊皮紙を取り出して見せた。

 男…ルヴィルはそれを手で押し返す。

「物じゃない。情報が欲しい」

「ほう、これは珍しい。何かご自身で取りに行かれるので?」

 羊皮紙をしまう。

「いや、それでもない。お前ならここいらの裏の情報に詳しいと思ってな。金をチラつかせて人をさらう事件はないか」

 ひゃっひゃ、と笑う。

「そりゃごまんと。もう少し詳しくもらえませんかね」

 ふむ、とルヴィルは拳をつくり、自分の鼻先に人差し指の関節をあてる。

「貧民街の20代の子持ちの女だ。それが数日前に、金をちらつかされて連れ去られたらしい。今ある情報はこれぐらいだ」

「へぇへぇ、なるほど。情報は少ないですが、おおよそ見当はつきますぜ」

「ほう?」

 目をやると、人差し指と親指で輪を作って軽く振って見せた。

「今現金がなくてな。これでどうだ」

 ローブの袖からモザイク模様の透明な目玉のようなものを取り出す。

「…ほう!さすが旦那、職人ですなぁ!こいつぁお釣りが出ますぜ」

「夜中に呼び出したんだ、駄賃にとるがいい」

「へへ、じゃぁ、お言葉に甘えて。今度土産を用意しますぜ」

 そう言って目玉を取ろうとしたところをひょいとかわす。

「情報が先だ。前払いはせんぞ」

「おっと、そうでしたそうでした、旦那は後払いでしたね。ではお教えしましょう」

 再び柱を背にして背中越しに立つ。

「最近、貧民街で子持ちの母親に接近して、高給取りの仕事を打診して回ってるやからがいましてね。釣られてついて行った女が帰ってこないって話が何件かあるみたいでさぁ」

「ふむ」

「ま、これだけなら昔からよくある話なんですがね。ところが、うちらの業界にも時期を同じくして新しい『顧客』が出てきまして。あからさまに発注する品物が旦那と似てましてねぇ」

 ちらりと男が見やる。

「つまりは…実験具か」

「へぇ、まさにその通りで」

 ルヴィルは腕を組んだ。

「まぁ、普段なら顧客情報を漏らすなんてこたぁないんですがね。旦那だし、駄賃のお礼にお教えしましょう。そいつは貴族のヴィグラムの手下でさぁ。連れ去ってる連中もおおよそ関係のあるやつじゃねえか、ってうちらの界隈じゃ噂になってまさぁ」

「奴か。まだ諦めてなかったのか」

 納得がいったのか、ルヴィルは目玉を男に差し出す。

「へへ、毎度。知ってるんで?」

「まぁ、過去の話だ。知りたければ何かもってこい」

「そいつぁ遠慮しときまさ。では、あっしはこれで。今後ともご贔屓に」

 懐から帽子を取り出して目深に被り、そそくさと男は去っていく。

「奴が絡んでるとなると面倒だな」

 ルヴィルが呟く。

「子供一人部屋から追い出すのにどれだけ手間がかかるんだ…」

 大きくため息を吐いたのだった。


◇◇◇


 派手に荒らされた部屋に呆然と立ち尽くすルヴィル。

 壁には、『娘は預かった。真実の耳を持ってシムガンサスの森に一人で来い』と殴り書きがある。

「『真実の耳』…やはりヴィグラムの仕業か」

 見たところ何かを持ち去られたという気配はない。が、とにかく無茶苦茶に荒らされていた。

「厄日だな、これは…」

 一歩踏み出すたびに、割れたガラスや皿の破片が靴底で砕ける音がする。その中には、先程少女が幸せそうにスープを飲んでいたカップの残骸もあった。

「…はぁ」

 盛大なため息をつき、そして両手に拳を握りしめてわなわなと震え始める。

「───ああああああぁッ!クッソがァッ!」

 のけぞるように天井に向かって吼える。

「めんどくせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッッッッ!!!!」

 殴り書きされた壁を、力任せにぶん殴った。

 壁が砕け、頭一つぐらいの穴が開く。

『…』

 夜食中のお隣さんと目が合う。

「あ、あの…すみません、夜中に叫んだりして…」

 しどろもどろになりながら、慌てて布で空いた穴を塞いだのであった。

連れ去られた少女。

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