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健全なる魂は健全なる肉体に宿る

ちょっと癖のある主人公が書きたかったので。



「ふはははははッ!ついに!ついにたどり着いたぞッ!全ての生命を超越する究極の秘法ッ!」

 薄暗く、不気味な器具が散らかり尽くした部屋の中で、金細工の装飾が目にうるさいローブを羽織った男がのけぞりながら叫ぶ。

「今日、今、この時を以て俺は全ての王となったのだッ!国も、生命も、自然も関係ない!そう、そうだ!神ッ!いや、世間的には魔王かッ!どちらでも構わぬ!俺がッ!この世界のッ!完全なる王となったのだッ!」

 上がり続けるテンションに呼応するように、男の前の顔の大きさ程度の丸フラスコが沸騰していく。

 そして───

「はぉあッ!?俺の秘法がッ!?」

 あまりにも軽いぱりんという音と共に、無慈悲にフラスコが破裂したのであった。


◇◇◇


 日中の喧騒が過ぎた城下町。大通りから少し入った薄暗い路地裏に悲鳴が上がった。

「やめてください!離してっ!人を呼びますよ!」

「へっ!こんなとこに人なんて来ねえよ!おとなしくこっちに来な、嬢ちゃん!」

 とてもわかりやすく説明すれば、要するに人通りの少ない路地裏で、少女が男達3人に囲まれて襲われようとしているところである。

 その中の一人が少女の手を強引に掴み連れ出そうとしていた。

「痛っ!やめてっ!」

「へへへ、いい反応しやがる!こいつは楽しめそうだぜ!」

「滅多にお目にかかれねえ上玉だ!おい!お前はそっち捕まえろ!」

「いや!離して!」

「ぎゃあっ!」

 少女が抵抗してとっさに男の腕に噛み付く。

「くっそこのガキ!優しくしてりゃ調子に乗りやがって!」

 噛み付かれた男が怒りに任せて少女の腹に蹴りを入れた。転がり石壁に背中と頭をぶつける少女。

「あ、あう…」

 噛まれた腕をさすりながら男がにじり寄る。

「おいおい、大丈夫か?これからお楽しみだってのに怪我なんてしちまって」

「ちっ、うるせぇな。こんのくそガキ、簡単に帰してもらえると思うんじゃねえぞ」

 3人の男の影が、涙目で見上げる少女を覆った。

『ふん、汚ぇ魂だ』

 突然、声が降ってきた。

 男達だけでなく少女も慌てて声の主を探す。

『ここだここ。うーえ』

 その声にその場の全員が上を見上げた。

「よぉ、腐れた魂と肉体の人間ども。全ての王となる俺の前にその醜態を晒したこと、地獄で後悔させてやろう」

 わずかに差し込んでいた光を背にしながら、金細工の装飾が目にうるさいローブを纏った男が建物の隙間に偉そうにしゃがんでいた。顔はフードの影になり、その表情をうかがい知ることができない。

「なんだぁてめぇ?邪魔するんなら容赦しねえぞ」

「見逃して欲しけりゃその高そうな服を置いてどっかにいきな!」

 見るからに華奢な男に、暴漢達は鼻で笑う。

「ふん、実力差もわからんような下衆に直接俺が手を下すまでもなかろう。『我が傘下でのみ生きるしもべよ、奴らの屍肉を喰らえ』」

 そう言って男が立ち上がり、ローブを広げて陽の光を全て遮った。

「…あん?なんのつもり…っ!?」

 暴漢の一人が言い切る前に、『それ』が現れた。

「ひっ!ひぃぃっ!?」

 青白い霧のようなものが地面から湧き出し、それが爪先から形作るようにいくつもの人の姿に変化していく。だが、それは痩せこけ、目は抜け、骨が露出したような姿ばかりだった。

「な、なんだよこれ!ひっ!く、くるなっ!」

 ぞろぞろと増える霧の人形に恐怖で慄く暴漢達。やがて囲まれ身動きが取れなくなったところで、霧の人形の一つが一人の腕を掴んだ。

「あ、あああああ!?」

 その男の腕から同じく青白い霧のようなものを引き抜く。その瞬間、男の腕がぷらんと力なくぶら下がった。

「う、腕が…っ…うごかねぇ…!何しやがった!?」

「ひぃぃ!」

 仲間が襲われたのを見て、一人が耐えきれず霧の人形達を押しのけて逃げ出そうとする。

「た、たすけ…」

 しかし、人形達に触れた途端、その男は地面へと倒れ込んだ。

「逃げ場はないぞ。ここでおとなしく朽ち果てるがいい」

 上から男の声がする。少女が恐怖のあまり両手で顔を覆った。

「や、やめろおおぉおおぉぉぉ!!」

 そして、男達は霧の人形達にとりつかれその場に崩れ落ちていった。


◇◇◇


「うう、うーん…」

「ふむ、気がついたか。怪我はないか」

 少女がぼんやりと目にしたのは、ぐらんぐらんと揺れる、人が行き交う町の風景。

「ん?気のせいだったか」

 定まらない思考に、背中からする声の方を向こうとすると目の前に現れたのは真っ黒い大きな毛玉。それが人の頭だと気づくのに数秒かかる。

「…え、あれ、ここどこ…うわわっ!」

 行き交う人々が変な目でこちらを見ている。ぐらぐらと揺れる世界で見えた足元には金細工の装飾が目にうるさい真っ黒な布。

 ここで初めて、少女が肩に担がれていることに気づいた。

「ちょっ!えっ!下ろしてっ!」

「んー?なんだ、気がついてるじゃないか、返事ぐらいしろ」

「ひゃっ!」

 そう言って一瞬反動をつけたあと、男が自分の目の前にストンと少女を下ろした。

「目を覚まさないからどうしたもんかと思ったぞ。あのままほっとくとわざわざ俺が割り込んだ意味がなくなってしまうからな」

 先程は見ることができなかった男の顔を正面に捉える。

 男は釣り目で不敵な笑みからは発達した八重歯の先がわずかに見えていた。

「で、怪我はないか」

 すごく悪そうな人だと、少女はその顔だけで判断する。それほど、どう見ても良からぬことを考えていそうな人相の悪い顔だったからだ。

「…」

 萎縮してしまい、肩を強張らせて目を見開いて男の顔を見る少女。

「け!が!は!な!い!か!」

 不敵な笑みが不適切な笑みになって再三問いかける。

「は!はひっ!ないでふっ!?」

「返事できるじゃねえか!さっさと返事しろ!」

 遠巻きに人だかりができ始め、奇異な目で見られる。

「はいじゃあ次に言う言葉は!?」

 そう突然振られても頭が混乱している少女には皆目見当もつかない。

「えっ?ええっ??」

 きょとんと目を泳がせてきょろきょろする少女に、再び男が不適切な笑みを浮かべた。

「最近のガキは感謝の言葉もまともに言えんのか!」

 そう言われて、少女がはっとする。

 そうだ、状況はともかく、この男は自分を助けてくれたのだ。

「あああ…えーっと、あの…ありがとう、ございました…?」

「なぜ疑問形で言う」

 呆れたようにため息をつく男。

「まぁいい、これからは物騒なところに行くんじゃねえぞ。毎度毎度俺みたいなのがうろついてるわけじゃないんだからな」

 少女の頭をポンと叩き、じゃあなと手を振ってどこかに行こうとすると、一旦足を止めた。

「ああ、そうそう、さっきのやつら死んだわけじゃねえぞ。2〜3日まともに体が言うこと聞かなくなっただけだ、安心しろ」

 人差し指を立てて、忠告なのかなんなのかわからない言葉を残し、今度こそ振り返らずに去っていった。

「…え、じゃあまた襲われるかもしれないんじゃ…」

 雑踏の中に消えていった男の方を見つめながら、複雑な面持ちで少女は呟いたのだった。


◇◇◇


「殿下、報告がございます」

「緊急か、申せ」

「はっ」

 夜の帳が降りた城内、侍従を従え回廊を歩いていた男の前で、全身を黒い布で覆った者が跪いていた。

「本日、貧民街において日中に禁忌術使用の痕跡が発見されました」

「なに?───お前たち、先に部屋に行って準備していろ」

 (うやうや)しく頭を下げ、侍従たちが回廊の先に消えていった。

「───して、状況は。王宮には感づかれたのか」

 殿下と呼ばれた男が小声で聞く。

「いえ、先に我々が発見したようで、痕跡の後始末はしておきました。大きな騒ぎにもなっておりませんので王宮には気付かれてないかと」

「ふむ」

 男があご髭を撫でて難しい顔をする。

「目撃情報は?」

 あまりあてにしていない質問だったのか、とりあえず聞くといった風に吐き出した。

「それが、白昼堂々、大通りを少女らしき子供を担いで歩いていた男がいたそうです。あまりに目立つ格好でそこら中の人間から確認が取れました」

「なんだと!?」

 予想外の返事に男が思わず髭を一本引き抜いた。

「奴め、よほど自信があると見える。ならば『真実の耳』奪還作戦を立てて再度報告せよ」

「御意」

 そう言うと、黒尽くめの者が驚異的な跳躍力で夜の闇に消えていった。

「───よもや完成させたわけではあるまいな」

 苦々しい表情を浮かべて男が呟いた。


◇◇◇


 大量の食材が詰まった麻袋を両手に抱え、地下に降りる階段の踊り場の真正面の石壁を見つめる男。

「『健全な魂は健全な肉体に宿る。我、よく食べよく動きよく眠る者なり』」

 そう呟くと、何もなかった石壁に光の紋様が浮かび上がり、その中心線から左右にゆっくりと壁が開いていく。やがて人一人通れるほど開くと、わずかな振動と共に止まった。

「…しまった、袋から出さないと中に入れねぇな」

 買い物しすぎたのか、よいせと足元に袋を置いて食材を出していく。

 食材を中に運んではまた戻りを繰り返すこと4回、やっとの事で全て運び終えた男は汗だくで部屋の中に入り、後ろ手に壁に触れてそれを閉じた。

「『昼のごとき恵みを』」

 そう呟くと、部屋中のあらゆるところからやや黄色がかった優しい白色光が浮かび上がる。

「『秋の夜風を』」

 さらにそう呟くと、天井に紋様が浮かび上がり、部屋中の熱気が吸い込まれ、代わりに冷ややかな風が降り注ぎ始めた。

「ふう」

 落ち着いたのか、今度は先程持ってきた食材をせっせと片付け始める。

 怪しげな道具が所狭しと置いてあるが、それでもなおすっきりと片付けられた部屋。全ての物がどこからでもすぐ見つけられるように整頓されている。

「さて、こんなもんか。またしばらく引き篭もりだ」

 そう言って恨めしそうに、テーブルの上にまとめられた砕けたガラス片を見やる。その向こうの壁には、でかでかと『慢心、ダメ、絶対!』と書かれた紙が貼られていた。

 そして、男はさも当たり前のようにローブを脱ぎ、準備体操をし始めたのであった。


 ───約30分後───


「っはぁー!」

 激しい筋トレを終え、充血した目で男が叫んだ。

「うおおおおおおおッ!」

 やりきったと言わんばかりに両手に拳を作り、力強く天に向かって突き出す。

「み、水…」

 そして唐突にトーンダウンしてばたばたと水を取りに行った。

「はい、どうぞ」

「おう、助かる」

 差し出された木製のコップになみなみと注がれた水を受け取り、一気に飲み干す。

「…っくはー!…あ?」

 呆けた顔で男が訝しむ。

 そのままゆっくりと水を差しだしてきた方に視線を向けた。

「……ほぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「うーわ、びっくりした」

「こっちのセリフだボケぇぇぇぇぇぇ!!!どっから入ってきやがった!!!!」

 そこにいたのは先ほど助けた少女。半目で口を栗の様に三角にして男を見上げている。

「いやいや、普通にあそこから」

 そう言って指差すのは閉じられた石壁の入り口。

「なんだと!?お前まさかこの部屋の解錠唱文を…」

「ううん?さっき普通に一緒に入ったんだけど」

「…一緒に?」

 そこで、男が何かに気付いたようにはっとする。

「食い物入れてる時か…っ!抜かったわ…!」

 これでもかと眉間にしわを寄せて口をへの字に曲げる。

「おじさん顔芸する人?」

「だーれが!お・じ・さ・ん・だッ!こちとらまだ28じゃ!」

「あいたっ!」

 すぱーん!と、素早く足元から取り出したスリッパで少女の頭を容赦なくひっぱたく。

「28っておじさんじゃーん…」

「なんか言ったか!?」

「ぴゅー♪」

 吹けてない口笛でごまかす少女。

「っていうかお前なんでついてきてんだよッ!危ない目にあったら普通そそくさ家に帰るもんだろうが!俺みたいな怪しげな人間についてくるやつがあるか!」

「おじさん自分で怪しい自覚あるん…いたたたたたたたああああっ!」

 目にも止まらぬ素早さで少女の頭を両手の拳でロックしこめかみをぐりぐりと挟む。

「お・に・い・さ・ん♪おぼえたか♪」

「ハイ、オニイサマ」

 目に涙を浮かべながら激痛に身もだえする少女。

「よろしい。ってよろしくねぇ!いいからとっとと帰れ!ここはガキが来るようなところじゃねえぞ!」

「きゅぅっ」

 首根っこを捕まえて入口まで連れて行く。

「えーやだーここ涼しいからかえりたくなーい」

「うっせ!(ひと)()に勝手に上がり込んどいて適当なこと抜かすな!」

 男が石壁に手を当てる。

「『健全な魂は健全な肉体に宿る。我、元気に笑顔で外に出かける者なり』」

「うわぁ、絶対この顔からじゃ想像できない呪文だぁ…」

「いちいちやかましいわ!」

 わずかな振動とともに開いていく石の壁。

 ゆっくりと開いていき、間もなく開ききるといったその時。

「ちょっとおにいさん!やることやっといてお金払わないつもり!?あたいお金もらわないと生きていけないよ!」

 ばちん!と勢いよく石のドアを急速に閉める。

「あれ?追い出すんじゃなかったの?のわっ!」

 ぱっと首根っこから手を離し床に少女を落とす。

「あいたたた…」

 頭を掻きながら見上げた少女が見たものは。

「おいクソガキ…ちょいとお仕置きが必要みたいだな…!」

 ぽきぽきと指を鳴らす男の不適切な笑みだった。


───数十分後───


「あ、やっべ、もうこんな時間かよ。さすがに帰さねえと変なうわさが立つな」

 ぼんやりと文字盤の浮かび上がる壁掛け時計をみて男がつぶやく。

「うぅ…ひっく…ひどいよぉ…自由を奪ったうえでくすぐり倒すなんてぇ…っ!」

 縄でぐるぐる巻きにされた少女が部屋の中央でまるで(かいこ)のように宙づりにされ、ゆっくりと横に揺れていた。

「ほらクソガキ、ちっとは反省したか?大人をからかったら痛い目見るんだぞ」

 そういって先にもこもこした毛玉のついた棒を目の前に振って見せる。

「なんでそういう一部の性癖しか持ってなさそうなの常備してるんだよーぅ」

「いや、これは昔飼ってた猫に使ってたおもちゃだ。ってかその歳で性癖とかいう言葉使うんじゃねえ」

 がくっとうなだれる少女の鼻にもこもこをこすりつける男。

「ふぇ、へっぷし!」

「うむ、まぁたまの暇つぶしにはなったな」

 ぱちん、と指を鳴らすと、吊るしていた縄が消え、男が落下する少女を抱きとめた。

「ったく、ただでさえごろつきに襲われて命まで危なかったっつーのに、俺みたいなのについてきやがって。あんまり親泣かすようなことするんじゃねえぞ」

 くすぐりの刑の余韻がまだ取れないのか全身をびくびく震わせる少女を、クッションの上に寝かせる。

「ぐすっ…うぇぇぇぇ…」

 が、唐突に(むせ)び始めた。

 突然の本気泣きに固まる男。

「な、なんだよおい」

 数分の間、少女は何も言わずただただ泣き続けた。


 

短編に収めようかと思ったのですがちょっと長文になりそうなので一旦ここで区切ります。

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