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ハンカチを返せない!  作者: リュー・チョピン
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かめにゃんと駆ける――3

 僕は恐る恐る顔をあげて、彼の顔を見た。

 そう言えば、怯えるあまりに顔すらよく見てなかったけど、よく見たら彼は僕の前の席にいる生徒だった。いつもプリントを回されるとき、目つきが怖いなとは思っていたので、なるべく目を合わせないようにしていた。

 しかし人を見かけで判断してはいけない。こうして自分から話しかけて来てくれたのだから、ただ世間話をしに来たのかもしれない。では、まずは挨拶をしよう。

「やあ、萩森君」

 僕はなるべく笑顔を作りつつ、彼の名前を呼んだ。それを聞いた彼は、何故か眉を少し吊り上げる。

「違う、萩本(はぎもと)だ。それと(あつし)でいい」

 静かな声だった。その口調は呆れているようにも、苛立っているようにも思えた。

「ごめん、萩本君……」

 彼の口調につられて、僕も静かに謝った。まだ挨拶しただけなのに、謝るのはもう二回目だ。それだけは素早い自分にうんざりしてくる。

 しかし、謝ったはずなのに彼は何故か舌打ちをして、不満げに言った。

「もういい、そう呼んでくれ」

 どうやら僕はまた何かやってしまったようだ。でも、もう一回謝るのもしつこい気がしたので、僕は心の中でだけ謝ることにした。

「それで萩本君、どうしたの?」

 ようやく、僕は彼がなぜ話しかけてきたのかを聞くことができた。世間話でもこの有様だとは、先が思いやられる。

「優木、お前に話がある」

 萩本君は神妙な面持ちで話し始めた。そこで僕はあることに気づいた。

 僕はいきなり下の名前で呼ばれていた。そういえば柏原さんもそういう人だった。どうやら僕は下の名前で呼んでくる人に縁があるようだ。 

「ずっと気になってたんだが、お前はハナさんの何なんだ?」

 萩本君はとても真剣な眼差しだった。それなのに、僕は彼の言っていることが良く分からなかった。

「ハナさん?」

 いったいハナさんとはどこのハナさんのことだろう。女子には比較的多い名前なので、それだけでは分からない。あと、気になることはもう一つあるのだけど、ひとまずそれは後回しだ。

「ハナさんって誰?」

 とにかく、誰だか分からないのでまずは確かめないといけない。そう思って聞いてみたのだけど、この質問に彼は少しムッとしていた。

「とぼけても無駄だ。いつもお前の席まで来ては、楽しそうに喋っているだろうが」

 そこまで聞いてやっと理解が追いついた。どうやら萩本君は、柏原さんの事を言っているようだった。

「あー、うるさくしてごめんね、柏原さんにはもっとおとなしくするように言っておくから」

「そうじゃねえって。だから華さんとどういう関係なんだよ」

 ふと僕は、彼が握りこぶしを作って、何かをこらえるようにしていることに気づいた。その様子は、いつ暴れだすか分からなくて怖いのだけど、僕はそれよりも、後回しにしていた疑問がもう抑えきれずにいた。

 いったい何故柏原さんをさん付けするのだろう。萩本君は先程、僕は呼び捨てで呼んでいた。それならば柏原さんだって呼び捨てにされるべきだ。柏原さんにだけ優しいのは不平等だ。

「なんで柏原さんにはさん付けするの?」

 僕の疑問は自然に口から溢れ落ちた。すると、彼はどういうわけか慌てた様子で、「は? さんづけなんてしてねぇし。とにかく華さ……華とどういうアレなんだよ」ともう一回質問し直してきた。絶対聞き間違いなんてしていないと思うけれど、これ以上食い下がっても同じ調子で返されそうだ。これ以上聞くのはやめておこう。

 僕は改めて華さん……いや、柏原さんが僕とどういう関係なのかを考えてみた。柏原さんは僕を見たら挨拶してくれるし、暇なときによく話しかけてくる。話の内容は何気ない日常会話だけど、たまにかめにゃん絡みでもある。そうするとやはり柏原さんは――

「かめにゃん仲間?」

「なんだそりゃ」

 ふと呟いた言葉が萩本くんにはしっかり聞こえていたようだった。僕は慌てて「いや、なんでもないよ」と誤魔化した。そうだ、大抵の人にはかめにゃんと言っても通じない。きっとなんだか馬鹿っぽい言葉に聞こえてしまうことだろう。

 ここは一般的な表現にしないと、萩本くんは理解してくれない。日常会話はしていて、しかし連絡先は交換していなくて、僕から話しかけたこともない。このことから考えると二人の関係はこうではないだろうか。

「知り合いだよ」

 多分これが一番当てはまる表現だと思われた。しかし、萩本くんはまだ納得していない様子で、僕に詰め寄ってきた。

「ただの知り合いがあんなに楽しそうになるのか?」

 別になると思うのだけど。ただし、萩本くんの知り合いは僕と柏原さんのような会話は恐らくできないだろう。萩本くんは言葉の端がいちいち荒々しくて、僕は緊張を覚えていた。

 でも、本当の事を言ったのに、信じてもらえないのは腹立たしいことだった。だから僕はつい抵抗してしまった。

「じゃあ萩本くんは僕らの事を何だと思ってるの?」

 すると萩本くんは何故か僕から目をそらし、「俺がお前らをどう思っていようが関係ないだろ」と答えてはくれなかった。それならば僕が柏原さんとどういう関係だろうと萩本くんには関係ない気がする。

 とにかく、教室には柏原さんはいないから他を当たろう。僕は「ごめんね、ちょっと急いでるから」と話を切り上げて、その場を立ち去ろうとした。

 しかし、萩本くんは僕を引き止めにかかる。

「どこに行く気なんだよ」

「柏原さんに渡さなきゃならないものがあってさ」

 僕の言葉を聞いて彼は目を見開いて「なに、プレゼントか、やはりお前らってそういう……!」などと目を伏せながらブツブツ言いだした。僕はそんなこと一言も言ってない。それになぜそんなに不満げなのだろう。

 まあ、そんなことは良いのだ。かめにゃんハンカチを柏原さんに届けるのは一刻を争う使命だ。僕の自作かめにゃんであれだけはしゃいでいる彼女なら、きっと今頃必死になって探しているに違いない。

 だから僕は「ごめんね、それじゃ」と一言いってから、萩本君に背を向けて教室の外へと踏み出した。失礼なことをしているかもしれないけど、今はこの使命を果たさなければならない。後で話せばきっと萩本君だって理解してくれる。

 ところが僕は右肩を掴まれて、それ以上進めなくなった。萩本君にも譲れないものがあるようだ。だとしても、僕はここで止まるわけにはいかないのだ。

「離して、絶対渡さなきゃいけないんだから!」

「一体何渡すんだよ、教えろ!」

 かめにゃんだ。そんなの恥ずかしくて言いたくない。しかし萩本君はしっかりと僕を捕まえていて、僕の力ではとても振りほどけそうにもない。

 しかも彼は冷静さを失ってよくわからない意地を張ってきているし、このままではずっとついて来そうだ。そうなったらハンカチを返すどころではない。

 萩本くんの力は僕にはとても太刀打ちできないほど強かった。やはり普段家で裁縫をするのが趣味の僕では勝負にならない。

 誰か助けて。ただハンカチを渡しに行くだけなんだ。ここを立ち去れるなら何だって良い。

 その時だった。不意に教室の引き戸の影から、誰かが顔だけ飛び出させてきた。それも僕の鼻先にぶつかりそうなほど近くに飛び出してきたので、僕は「わあ!?」と声をあげて上半身を後ろに反らせた。その直後、僕の後頭部に衝撃が走った。そして萩本君の「ぐわ!?」という声が続いて聞こえた。僕は後ろに倒れこみながら、どうやら萩本君に後ろ向きにヘッドバッドしたらしいことを悟った。そのまま体勢を立て直すこともできずに二人は倒れるしかなかった。


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