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仮想世界譚 GrimReaper <Miu>  作者: 夢見 旅路
第2章 殺し屋の女と最速の男
7/9

2-2 ある休日のミゥ・下 

 <愚者の監獄>から<聖火の都>に向かってまた<愚者の監獄>へと戻る。さながら犯罪を繰り返すサイコパスにでもなった気分だ。しかし殺し屋を称してPKを生業にしているのだからそれもあながち間違いではなかった。

 そう考えると<愚者の監獄>を拠点に出入りしている時点で後ろ暗いプレイヤーである事は間違いないし、監獄とはよく言った物だと逆に納得した。

 そんな監獄の名付け親からの呼び出しにミゥは嫌な予感しかなかったのだが。


 国家の運営はその国家ごとに形式が違う。<聖火の都>であればトップの巫を絶対権力者としてその下に彼女を支える聖職者が―ミゥに言わせれば最早、巫による独裁状態だ―国家の運営を担う。<アルス・マグナ>であれば大小様々なギルドから代表が集まって運営を決める議会が存在する。帝国では国内で定められている特権階級の上位者が―神絵師と呼ばれているらしい。ミゥも詳しくないは知らない。―議会を開いている。

 そして<愚者の監獄>、ここではそもそも議会も無ければ独裁者もいない。何故なら国家を興したプレイヤーが統治を放棄しているからだ。あるのは彼のプレイヤーによる領域内での絶対的な庇護、そして彼によって気ままに振るわれる暴力しかない。敢えて言うのなら恐怖政治に近いが統治を放棄しているので政治も何もない。一応、それでも<愚者の監獄>の運営プレイヤーであるからその呼び出しに応じないと面倒な事になる。

 理性も見境もなく暴れ回っているプレイヤーなら<愚者の監獄>のそこら中にいるのでは?いやいや違う、会いたくないのは彼の暴力性ではなくその変態性からである。

 ミゥは彼の館を訪れた。出迎えに来た執事に案内されて館の主人がいる部屋へ通される。

「来たわよ。領主様」

「やー久しぶりだね。ミゥ」

 そう言って気さくに片手を上げて挨拶をしたのは中肉中背の男だ。鈍い赤錆色の髪に右の頬には悪魔のタトゥー。常に笑みを浮かべ絶やさないがそれは残忍なと言う枕詞がつく。仕立ての良い礼服はともすれば監獄の主に相応しい衣装にも見えるが両手に嵌められたぎらついた指輪がそれを台無しにしている。

「相変わらずね」

 ミゥは彼の方を向きたくなく部屋を見渡した。調度品はどれも高価な物ばかりだ。<アルス・マグナ>の上級職人からまた買い占めたのだろうか。ただそれも組み合わせの問題がある。精緻な細工が施された額縁に飾られているのは誰かの手、恐らく館の従僕の誰かから切り取ったのだ。奴らなら嬉々として主人にその忠誠を示す為に切り落とす。そう言えばあの執事の両手は揃っていたか気になる。

 飾られている手の数が十を超えた所で、

「おいおい。眼を逸らすなんて酷いじゃないか。まさかとは思うが僕の顔なんて見たくないと?」

 等とわざとらしく男は悲しげな声を上げた。

 さて皆様方、ここまでこの男の悪趣味さを説明してきたがこれは別に問題はないのだ。最大の問題点にして唯一、そして誰もが目を背けたくなるのがその膝の上に乗せた―

「それとも。まさかまさかまさかまさかだけど。彼女から目を背けているのかい?僕の世界一美しく可憐で女神ですら彼女の前では平伏するだろう絶世の美少女にして僕の―」

「分かった。分かったから。見たくない訳じゃない。可愛いし綺麗だし女神さまも平伏するね。私も大好きだよ」

 ミゥがそう言うと男はうんうんと首肯するとミゥに人差し指を向け、

「僕以外が彼女に好意を向けるな」

 軽く指を跳ね上げた。たったそれだけの動作なのに気付けばミゥの身体が天井まで跳ね上げられて叩き付けられていた。背中を打ち付ける。それだけのダメージなのにどうしてかHPの2割が削れていた。常識外の威力、これで本人は威嚇のつもりなのだ。

 あぁだから来たくなかったのだとミゥは酷く後悔していた。再び打ち上げられ、ミゥは後三回でHPが全損するなと冷静に見定めそれまでにどう相手に赦しを乞うか考える事にした。


 <愚者の監獄>の主、その名前をストレイト。トッププレイヤーにして<強奪の繁栄、貪狼と退廃の都>を攻略したパーティメンバーの一人。そしてそのパーティの他のメンバーを皆殺しにしてたった一人、<愚者の監獄>の運営プレイヤーになった極悪人。

 <パンデモニウム・オンライン>では彼の右に出る者はいないと称される<調教師(テイマー)>職のプレイヤーで<パンデモニウム・オンライン>でただ一人NPCを<調教(テイム)>したプレイヤーである。


「アイナは可愛いし綺麗だし女神さまも平伏するって事を伝えたくて思わず大好きとか言っちゃったけどそれは好意とかじゃなくて本当に敬意とか畏怖とかもう同じ次元にいる存在とは思えない程、感動して出ちゃった言葉だから私はアイナの事を綺麗で美しくて可愛くて顔を見られて凄いラッキーだなって思っているしうん本当に可憐で素晴らしいよね」

 本日二度目のデス・ペナルティを避ける為に兎に角彼女を褒めまくった。こうしておけば一先ずは彼の機嫌も直ってくれる。

「そうだろそうだろ。僕のアイナはとても美しいからね。思わず口に出してはいけない事も出てしまうのは無理もない。それにほら見てくれよ。この美しいドレス、彼女の銀髪に良く映えるだろう?」

「そうね。見た事ないアイテムだけど」

「この前、<嫉妬の愛、絢爛舞踏歌劇館>のBOSSモンスターから剥ぎ取って来た」

 反応に困る。ドロップアイテムではなく剥ぎ取ってきたと言うからには本当に文字通りの意味なのだろう。つくづく規格外の男だ。ミゥは悟られない様にそっと溜息をついた。

「で?呼び出した理由を聞いてもいい?」

 長居したくはない。ミゥはさっさと用件を聞きだす事にした。

「あぁそうそう。忘れていたよ。いやーアイナが可愛すぎてね」

 そう言って膝の上に座らせたアイナというNPCの少女の頭を撫でる。膝の上の彼女は何も反応を示さない。元よりNPCは設定された反応しか返さない。その上アイナはイベント限定のNPCだ。イベント外で反応を見せる事は絶対にない。

「実はさ。殺しの依頼を受けて欲しいんだよね」

「それは―」

 なんて不幸なプレイヤーもいたものだ。この暗黒街の帝王に目を付けられて且つ<死神>に殺されるなど拷問を兼ねた死刑みたいなものだ。

 しかし、

「条件は分かってる?お金の問題だけじゃない。これだけは何をされようとも譲らない」

 ミゥがその金眼でストレイトを睨むと彼は分かっているよと首を横に振り、

「当然さ。君のプレイスタイルを否定するなど断じてあり得ない。ここは<愚者の監獄>だよ?汝が欲するところに従えであり<パンデモニウム・オンライン>の存続を維持せよだ。他人のプレイスタイルを否定するという事はこの両方を否定するのと同じだ」

 それはストレイトが自ら定めたルール、それを自分から破る事など決してあり得ない事だ。

「それでまぁ残念な事にね。<パンデモニウム・オンライン>の存続に影響する事をやらかした奴がいるんだよ」

 ストレイトは凄惨な笑みを浮かべる。本当であればこの場にそいつを引っ張ってきて自らの手で如何にかしてやりたいが、

「僕が幾ら傷付けた所で本当の意味での死の恐怖を与えられないからね。相応の報いを受けて貰わないと、こっちも溜飲が下がらない」

 ストレイトの眼に映るのは疑いようもない殺意だ。一体何をしたらこの男からこれ程まで不興を買うのだと言うのだ。しかしミゥとしては殺し屋を生業としまた殺しの条件も満たしているとなれば受けない訳にはいかない。

「分かった。それでその哀れな子羊の名前は?」

 ストレイトはよくぞ聞いてくれたとここ一番にいい笑顔を見せる。勿論、誰が見ても恐怖しか覚えない極悪なそれだ。

「名前かい?名前はね―」


 ストレイトの館を後にしてミゥは陰鬱な表情で街を歩いていた。条件は揃っているとは言えこれ程までに気が乗らない依頼は初めてだ。

 それでも殺さない理由にはならない。

「だったら殺すか」

 そう言ってミゥは溜息をついた。悩む位ならさっさと殺してしまおう。ミゥはそう決めた。

 となれば必要なのは情報だ。何処でどうやって殺すか、その判断材料を求め情報屋へ連絡を取ろうとした時、

「―ミゥ、か?」

 街中で突然呼び止められその声の不自然さに振り返ればそこには、

「フリット?」

 彼女は怪訝な顔をした。別に彼がここに居る事は何も不思議ではない。彼もまた鼻つまみ者としてこの<愚者の監獄>に拠点を置いているのだ。だが問題はその顔だった。何時もならへらへらと笑っている筈の顔が今日に限って全く力が入っていない。そもそも真っ直ぐ歩いている様に見えて視線は右往左往している。おかしいとミゥが不信感を抱いていると、

「ミゥ―すまない。本当にすまない」

「え―」

 フリットは聞いた事もない弱々しい声でミゥの両肩を掴んだ。

 そして、

「助けて、くれ―」

 そう言うとミゥにメッセージを送ると急にログアウトして消えた。暫くの間、ミゥはぽかんとその場に立ち尽くしそれから、

「え、怖っ」

 と呟いた。


 フリットの奇行には慣れているつもりだったが今のは何時にも増しておかしかった。もしかしたらフリットの姿をしたNPCでこれは何かのイベントフラグが立ったのではないかと疑ってしまった。流石に何か事情があるのではないかと思い直してフリットが送って来たメッセージを開いた。

 しかしそれを見てミゥは眉を顰め、

「なにこれ?」

 と首を傾げた。まず七桁の数字、これだけでは何かは分からない。だが次に出て来るのは日本の首都の名前、これは流石に分かる。奇しくも現実世界でのミゥの住所も同じ都内だった。そして次に区の名前、街の名前、最後にまた数字の羅列。

 この時点になってミゥは最初の七桁は郵便番号かと気付いたが、

「これ、住所?」

 誰のとは聞きたくなかった。まさかとは思うが、

「フリットの、現実世界(リアル)での住所なの?」

 それが何を意味するのかミゥには全く見当がつかない。助けてくれと言っていた気がするがまさかこの住所まで来てくれという事なのだろうか。現実世界で会った事もない相手にそんな頼みをするとは一体何がとミゥはあれこれ考えるが答えは出ない。

 話は逸れるが普段、現実世界と仮想世界で異なる性格のロールプレイをしていると思考の仕方が分離しだす事がある。

 例えば現実世界の城ヶ崎 千代は慎重で悪く言えば臆病だ。見ず知らずの他人に突然声を掛けられると緊張で固まる。一方、仮想世界のミゥは即断即決、慎重に行動をする事は出来るがそれよりも機を逃す事を厭う。また見ず知らずの他人に怖がることもない。むしろ普通に殺す。

 つまりどう言う事かというと現実世界の千代では考えない様なことでも仮想世界でのミゥならばやってしまうという事だ。

「取り敢えず、行ってみてから考えればいいか」

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