2-1 ある休日のミゥ・上
<パンデモニウム・オンライン>にはプレイヤーによって運営される国家という物がある。これはダンジョン攻略の必要性からサービス開始初期からプレイヤーによって作られたシステムだった。
それと言うのもこの<パンデモニウム・オンライン>には実は安全地帯という物が存在しないのだ。
初めてログインして訪れる街、通称<始まりの街>という物がある。そこにはNPCによって開かれるアイテムショップや宿屋、酒場、教会と一通りの施設は揃っている。この<始まりの街>はサービス初期からあるので当然ここを拠点に誰もが攻略を最初はしていた。だがある時、街がモンスターに襲われたのだ。何の告知もなくイベントでもなく、ダンジョンから出てきたモンスターによって街は襲われた。街中だから安全だろうと思っていた生産プレイヤーや商人プレイヤーは泡を喰って逃げ出し、偶々<始まりの街>に戦闘職のプレイヤー達によってモンスターは撃退されたが街の施設は幾つか破壊された。
イベントか何かだからすぐに直るだろうとプレイヤー達は考えた。しかしそうではなかった。壊された教会が立て直されるまでに掛かった時間は現実世界で1か月、これにはプレイヤー達も驚かされた。教会は拠点を持たない者のセーブポイントであり戦闘中に死亡した際には教会で復活する様になっていた。その教会が使えないと復活できず、ログインが出来なくなるのだ。サービス初期という事もあり拠点を持たないプレイヤーも多かった。これにより拠点を持たないプレイヤーは戦闘による死亡を避けて攻略に参加しなくなったりそもそもゲームを辞めてしまう者もいた。
これに危機感を覚えた他のプレイヤー達は様々な検証を行い、そして気付いた。
この<パンデモニウム・オンライン>に安全地帯と言う物が存在しない事にだ。ゲームの説明書にも公式HPにも確かに安全地帯に関する事項は書いていなかった。街中でもPKが出来るのだ。安全な場所など何処にもないという事なのだろう。
欲しければ自分で作れ、そう言った公式の裏の意図を感じた。
初期のプレイヤー達は協力し、<始まりの街>の防衛を高め何かあった際に対処出来る様に常駐の警備団を作った。恐らくこれが<パンデモニウム・オンライン>初の国家と言えよう。やがて最初のダンジョンが攻略されるとそのダンジョンの周りの土地が解放された。その解放された土地にプレイヤー達は新しい街を作り、同じように防衛や自警団を置き、幾つもの街が作られては消え、合併していく事で今では4つの国家に形成されるようになった。
これらは今まで攻略されたダンジョンに所以する。
<傲慢の玉座、暗黒の大帝国>―最初に攻略を成されたダンジョンで最も古くからある国家、<聖火の都>。<始まりの街>の防衛などを主導したプレイヤー達によって作られた国家でプレイヤーの多くから敬意を称されている。
<憤怒の狂い、原初の炎を司る大火山>―第2に攻略を成されたダンジョンで良質の鉱石をドロップする鉱脈がある。生産プレイヤーたちが拠点を構えた事から<アルス・マグナ>と言う国家が生み出され日々、武器や防具が生み出されている。<パンデモニウム・オンライン>最大規模の国家でもある。
<色欲の謀り、石牢大洞窟>―<パンデモニウム・オンライン>で最もラスボス手前まで早く攻略されたダンジョン。そして長きに渡りラスボスを倒すのに苦労したダンジョンと言われている。あるのは<ヤオイバンザーイ帝国>、詳細は伏せる。
そして最後。<強奪の繁栄、貪狼と退廃の都>の攻略に貢献したプレイヤーによって興された国家<愚者の監獄>である。
―同時に<パンデモニウム・オンライン>の中で最も危険とされ初となる運営による強制撤去の可能性も秘められている大悪国家とも呼ばれている。
汝が欲するものを欲せよ、これが<愚者の監獄>のルールだ。自分の欲望に忠実であれと運営プレイヤー―国家と言うシステムを支えるプレイヤー達の事だ―が奨励し、街中では争い事が絶えない。これではダンジョンと変わりないと他の国家を知る良識的なプレイヤー達は眉を顰めるが、そう言った良識から外れたがる連中からはこの街は好かれていた。
特に他の国家には拠点を置けないプレイヤー達の救い処になっているのだ。
例えば<死神>と恐れられている彼女とかがだ。
「―久しぶりに見た」
ミゥは目を開けて自室を見渡していた。拠点として登録している部屋で目を開けた彼女は久しぶりのデス・ペナルティに顔を顰めていた。
「死亡したのもいつ以来だろ。素材集めも楽じゃない」
愛用している<エクゼキューター>の強化が解放されてミゥはその為の素材を集めるのにダンジョンに潜っていた。学校も休日で朝からずっとダンジョンに潜っていた。途中で軽食を食べる為にログアウトしたがそれがいけなかった。十分に警戒して岩場の影で一時的にログアウトしたのだが戻ってみればそこは地獄だった。
<憤怒の狂い、原初の炎を司る大火山>の深層である42層でフレア・ゴーレムに囲まれていた。必要な素材をドロップする相手でもないので逃げようとした。しかし前後左右を囲むフレア・ゴーレム、致し方ないとミゥが愛用の片手斧<エクゼキューター>を振るう。一体倒せた。しかし耐久力が高いフレア・ゴーレムを相手に<エクゼキューター>はその特性から刃こぼれによる攻撃力の低下が顕著になって行く。その後も襲い掛かるフレア・ゴーレムたちに攻撃され死亡した。
ミゥのプレイスタイル―と言うよりもスキル構成だと耐久力の高いモンスターとは相性が悪い。相手に合わせてスキル構成を変えればいいように思えるが中々に難しい。得意としているスタイルをその都度変えるのは脳が混乱する。
故にダンジョンを攻略する際は戦闘スタイルの違うメンバーでパーティーを組むのが常だ。
しかしボッチプレイヤー、否ソロプレイヤーであるミゥにはパーティーを組んでくれる相手はいない。この分では<エクゼキューター>の強化は先になりそうだ。
気分を変えようとミゥは決めた。久しぶりに訪れた拠点の街だ。探索をしたら新しい発見があるかもしれないと部屋を出ると、
「ヒャッハー!!」
「オラオラオラァ!!」
両手から炎を噴き出しながら暴れ回る恐らく<魔法使い(ソーサラー)>職のプレイヤー。どうやってカスタムしたのか知らないが見事なリーゼントだ。あと装備しているのが何故か前衛職の防具で肩の棘はおしゃれなのだろうか。
「汚物は―」
何か言い掛けた所でミゥはその汚らしい男二人の首を纏めて斬り落とした。
ミゥは自分の判断を悔やんだ。何が気分を変えて街を探索だ。<愚者の監獄>で心が休まる訳がないのだ。そこら中で殺し合いと略奪が行われてデス・ペナルティを受けたプレイヤーの死体が転がっている。露店を覗くと法外な値段でポーションが売られている。押し売りをしてこようとする店主をPKするとすかさず店頭に並んでいるアイテムを根こそぎ他のプレイヤーが奪っていく。そのままそのアイテムを露店に並べた奴までいる。
相変わらず最悪である。他の国家から犯罪者の街と呼ばれているがあながち間違いではない。
<愚者の監獄>には定められたルールは少ない。街中でPKも禁止されていないし詐欺を働こうが他人の拠点を襲ってアイテムを盗もうが運営プレイヤーは何も言わない。
汝が欲する物に従え、まさにその通りなのだが唯一つだけ運営プレイヤーから決められている事がある。
それは<パンデモニウム・オンライン>の存続を担う事。その解釈は様々だがダンジョンの攻略やアイテムの採取に尽力する事と捉える者が多い。
なのでダンジョンの攻略にも赴くのだが言った先々で揉め事を起こす者も多いしマナー違反スレスレな行動で採取したアイテムを法外な価格で売り飛ばす奴も後を絶たない。
これでどうして国家として成り立っているのかいつも不思議だ。だがその恩恵に預かっている身なので口には出さない。
ミゥはNPCから安い果実酒を買うとそれを片手にぶらぶらと歩く。喧騒に巻き込まれそうになれば力づくで黙らせて押し売りの類は魔眼の日と睨みで文字通り黙らせる。
何をやっているのだろうとミゥは途方に暮れた。今日はもうログアウトするかと考えているとメッセージが飛んできた。仕事の依頼だろうかと思い開けてみると、
「―は?」
思いも寄らない人物からの連絡だった。
ミゥは入念に準備を整えた。いつどこで戦闘になっても良い様に武器を揃え、防具やアクセサリを固める。そして万が一、死亡したとしても大丈夫な様に死亡した瞬間に拠点へ死体が戻るアイテムを用意しておく。これは取って置きのアイテムだ。これを用意しなければならない程、今から向かう場所は危険なのだ。
「冗談のつもりだったんだけどまさか本当に討伐隊でも組んだのか…?」
ミゥは覚悟を決めて<聖火の都>に入った。いきなり襲い掛かられる事は無かった。油断せず慎重に進む。ついた先は、
「ミゥちゃーん!!」
お洒落な喫茶店と派手な衣装の女プレイヤー。飛びついてハグをかまそうとしてきたのをミゥは全力で回避する。やっぱり罠かと警戒するが、
「やーん。ミゥちゃん避けないでよー」
それはなさそうだった。ミゥは苦虫を嚙み潰したような顔で、
「何の用?トッププレイヤー二人が揃って」
肉体美を惜しげもなく晒した踊り子姿の女プレイヤー、彼女の名前は元気玉。攻略の最前線で活躍する補助系スキル専門のプレイヤーで彼女の加護がついていればどんな戦いも負けはしないと言われるほど。因みに現実世界での正体はあの秋坂 昴だ。
そしてもう一人。椅子に座って腕を組んでいる女プレイヤー。珍しい事に今日は帯剣していない。ミゥにメッセージを送って呼び出したのは彼女、
「座れ。話しがある」
<聖火の都>の守り人、燐火であった。
連絡先を教えた覚えがない燐火からメッセージが飛んできた時には驚いた。殺しの依頼?いやいや相手はあの<不屈のパラディン>だ。ありえない。じゃあ罠か?遂に討伐隊でも組まれた?などと考えていたのだがどうやら口の軽い奴(元気玉)が漏らしたらしい。
「好きなのを頼め。私の奢りだ」
「じゃあこの世界樹のクッキーで」
一番高いメニューを即断で頼んでやった。ピクリと燐火の眉が動いたが何も言わない。それをいい事にミゥはお代わりでも要求してやろうかと考えたが、
「で?話って何」
それよりも面倒な事を片づける事にした。態々、人づてに連絡先を聞いて呼び出してきたのだ。何かあるのは間違いない。
「<ブラック・ウォール>と言うギルドを知っているか?」
「<ブラック・ウォール>?」
聞いた事が無い名前だ。乱立の激しい攻略系のギルドだろうか。ミゥが首を傾げると燐火は説明をしだす。
「ここ最近できた攻略系のギルドだ。全員がほぼ駆け出しの初心者と言っていい。構成人数は約二十名」
「―冗談でしょ?」
出来たばかりのギルドなのにその構成人数はおかしい。ギルドの運営は見た目以上に難しいのだ。構成員のレベル上げは勿論、資金やアイテムの分配、攻略の方針や目標設定、その他諸々の管理と構成員間の調整。見ず知らずの他人同士でいきなりその数を纏め上げるのは困難だ。そうなると、
「現実世界の知り合い同士で作ったって事?」
「恐らくはそうだろう」
燐火はそう言う。しかしそれが一体何だと言うのだ。この場に呼ばれた理由がミゥにはいまだに分からない。
「えーっとね。燐火ちゃんは<ブラック・ウォール>に関して何か話を聞いてないかなって。特に悪い話」
「さぁ?今初めて聞いた名前だし」
元気玉が尋ねるがミゥは運ばれてきた世界樹のクッキーに舌鼓を打ちながら首を横に振る。しかし、
「ふーん。そのギルド、何か後ろめたい所があるんだ」
燐火がミゥに尋ねて来たという事はそう言う事か。
<愚者の監獄>に拠点を置くミゥの耳には日頃、悪徳プレイヤーの噂話が飛び込んでくる。その噂話をミゥに期待していた様だが、
「お生憎様、そう言った情報はちゃんと情報屋を通した方が良い」
「そーなんだけどねぇ」
元気玉は困った顔をする。燐火に至ってはしかめっ面をしたまま何も言わない。何か問題がある様だ。しかしミゥには関係ない事、
「もういい?クッキー分くらいは付き合ってあげたでしょ」
そう言ってミゥは立ち上がり、一瞬考えてから燐火にメッセージを飛ばした。
「何だこれは?」
「情報屋。何か聞きたい事があるならこの人たちに聞いた方が早い」
それはミゥが使っている情報屋のリストの一部だった。流石に奢って貰ったクッキー分くらいは対価を出さなければミゥも後味が悪い。
「半分は知らない名前だな。だが―」
「うわぁ。ミゥちゃんってばフリットとまだ付き合いあるんだー」
元気玉が嫌そうな顔をする。燐火もあまりいい顔をしていない。
「大丈夫?変な事されていない?ミゥちゃんって現実世界と違ってちっこいし問題案件とかになっていない?」
「ちっこいは余計。あと現実世界の話は持ち出さないで」
どこでミゥが現実世界の城ヶ崎 千代だとバレるか分からないのだ。堂々と世間に公表している元気玉と違ってミゥは可能な限り、この<パンデモニウム・オンライン>での姿は秘匿にしておきたい。
「じゃあ帰る。あと<不屈のパラディン>様はもう連絡してこないで」
「善処する」
ミゥは舌打ちをして店を出た。今日は本当についていない。ミゥは今度こそログアウトしようとしてまた新たに届いたメッセージに辟易した。今度こそ無視しようかと思ったが、
「―何でこんな時に限って」
それは流石のミゥにも無視する事の出来ない人物からのメッセージだった。