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仮想世界譚 GrimReaper <Miu>  作者: 夢見 旅路
第2章 殺し屋の女と最速の男
5/9

2-0 些末な顛末

 ナノマシンによる治療が本格的に行われる様になり医者の形は大きく変わった。従来の医学や薬の知識と同等に最新の電子テクノロジーが医者にとって必要不可欠な知識になったのだ。薬の辞典の横にプログラム言語の本が並ぶ程度にはだ。故にこの患者が言う事は絶対に間違っていると断言できる。

「だから!!本当に俺はゲームの中で殺されて!!ログアウトしたら同じ痛みが!!」

「それはないよ、幾らVRゲームの中でも現実と同じ痛みが生じる事は無い」

 そもそもVRゲームを通じて感じているのはあくまでナノマシンを介在した情報だ。その情報もナノマシンで再現できるものと出来ない物がある。より正確に言えばナノマシンにはその様に設定がされており例えば痛みと言う情報の再現はナノマシンには記憶されていない。つまりナノマシンが知らない痛みと言う情報はどうやっても再現は出来ず、それが現実世界で実際に同じ痛みを感じた原因とは関係が無いのだ。

「念の為、君のナノマシンのログを確認させて貰ったけど不審なところは無かったよ」

「そんな訳あるか!!」

 太ったその男は両手をわなわなと震わせる。男は体中に痛みに耐えかねて掻き毟った傷跡が残っている。全身を襲った灼かれる痛み、その痛みを思い出して男はゾクリと背筋を震わせた。耐え難い苦痛に上げた叫び声は常軌を逸した物ですぐさま近隣から通報された。駆け付けた警察官に痛みのあまり殴りかかり、罵声を上げて最後には助けを乞うた所で男の意識は途絶えた。次に眼を覚ましたらこの病院のベッドの上だった。

「私は君が突如、錯乱して暴れ回ったと警察から依頼を受けて診断をしているのだけどね。君は至って正常だ。薬物反応もなし、まぁ食生活は見直した方が良いかもしれないが」

 だけどねと医者は言い、

「さっきも言ったけど君のナノマシンのログを確認させて貰った。<パンデモニウム・オンライン>だったか。そこで君はあまり褒められた事はしていないんじゃないかい?」

「な、何を言って!?」

「ログの中には君が撮影していたデータも残っているんだよ。悪いけどこれも仕事でね。君の錯乱の原因が何かを調べるのに必要だからデータを確認させて貰った。このデータだけで君を警察に報告する事はないけど、もしも被害者がいて届けが出されている様ならこちらとしてもそれを報告しない訳にはいかない」

 男は眼を右往左往させる。

 自分は被害者なのだと男は証明する為に警察から病院での鑑定を受ける様に言われそれに従った。それなのに逆に加害者の立場に立たされようとしている。だが否定は出来ない、その程度には自分が何をしたか男は理解していた。しかも自主的に提供したナノマシンから見つけられた情報だ。云わば自分で犯人ですと名乗り上げているのと変わりがない。

 太った男は扉を見る。逃げるべきだ、何か言い訳してこの場を立ち去ろうとして、

「因みに警察に確認したら一件、そう言った被害届が出ているそうだ。私としては知ってしまった事を報告しない訳にはいかない。取り敢えず、外でお巡りさんが二人待っているからあとは彼らに話しなさい」

 男はがっくりと肩を落として項垂れた。


 車椅子を看護婦に押して貰いながら病院の中庭の散策を楽しんでいた子供はふと視界に映ったそれに興味を抱いた。

 でっぷりとした男が両脇を警察官に拘束されている。手錠はされていないが両脇を固める警察官の二人は連行される男よりも数十倍は強いだろうと思わせる体格だった。下手な手錠や鉄砲よりもその二の腕の太さの方が十分威嚇になる。二人の警官と太った男はアメコミのヒーローと間抜けなヴィランみたいだった。

 屈強な警察官に連れられて去って行く男を見てその子供は首を傾げた。

「あの人、何か悪い事でもしたの?」

 そう子供から問われて看護婦は苦笑し、

「うーん。(かける)君にはちょっと難しい話かな」

 すでに病院内の看護婦間で噂になっている変態的な行為とその結果について小学校を卒業もしていない子供に話すのは憚れた。

「えー気になるよ。それに僕の方が絶対にお姉さんより大人だよ」

「そーだねー。翔君は大人だねー」

 ふふんと胸を張る子供に看護婦は適当な返事をする。

「僕ってゲームの中では凄いお金持ちで実は超有名人なんだよ」

「そーなんだー。翔君はすごいなぁー」

「ゲームって本当に凄いんだよ。だってゲームの中なら僕もいっぱい動けるからね」

 そう言って笑う子供に看護婦はハッと胸を打たれた。

 彼は生まれて間もなく難病を患った。それは現代のナノマシン技術でも治療が困難な病だった。むしろナノマシン技術がなければ彼は今、こうして笑っている事も出来なかった筈だ。車椅子から降りた事のない生活、そんな彼が唯一その両足で地面を踏みしめる感覚を知れるのはVRゲームの中でだけだ。

 そんな彼のゲームの話を適当な会話で済ませて良い訳なかった。彼女は自戒の念を噛み締めた。

「そうだね、翔君は本当にゲームが大好きなんだよね」

「勿論!!」

 そう言って満面の笑顔を浮かべる彼に釣られ彼女も笑みを見せた。

「でも気を付けてね。ゲームの世界にも悪い人っているから。翔君がお金持ちならお姉さんも心配だな」

 事実、警察官に連れて行かれた男はゲーム内で自身の欲望を発散する為に他人の尊厳を踏み躙った。あまつさえそれで一儲けも企てたらしい。そんな汚い話を彼にしたくは無かったが彼はキョトンとした顔を見せ、

「大丈夫だよ。ゲームをする人に―ううん、ゲームを楽しむ人に悪い人はいないから」

 そう言って向日葵の様な笑みを浮かべた。


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