1-3 罠
ジェフリーが言うにはBOSSモンスターはよりも多くの<叫びの果実>をドロップするとの事だ。ただ最初のユッキー達のレベルでは太刀打ちできる相手ではない。だからレベル上げも兼ねてリトルツリーの討伐を行っていたと言う。経験豊富なプレイヤーは色々考えているのだなとユッキー達は感心した。
<BOSS AREA>の中は薄暗く、壁にはツタが覆い茂っていた。部屋の真ん中には大きな木が立っている。そしてその周りにはユッキー達が先ほどまで散々倒していたリトルツリーが何故か倒れていた。それも何体もだ。
ユッキーはそれを見てうげっと呻き声を上げて、
「何あれ?死んでいるの?」
「えー?でも死んだらさっきみたいに消えるんじゃないのー?」
「どうします?ジェフリーさん」
三人が思い思いの事を喋るとジェフリーは、
「取り敢えずあの大樹まで進もう。BOSSモンスターが出現したらさっきと同じ要領で戦闘開始だ」
ユッキー達は頷くと武器を構えながら恐る恐る大樹へと近付いていった。
何度もリトルツリーと戦闘した事で大分、武器を構える事には慣れて来た。その甲斐あってか油断する事なく大樹まで近付く事に成功した、と思った。なんて事は無い、只のゲームだとユッキーは鼻で笑った。学校の人気者、いや国民的アイドルもこのゲームをやっているらしいがたった一時間ほどでユッキーは慣れて来た。これなら学校では真正面からは対峙できないがここでなら出来るかもしれない。そんな自信があった。それが何の根拠もない妄想だとはこの場で教えてくれる人はいなかった。
三人は周囲をキョロキョロと見渡すがジェフリーが言うBOSSとやらは見当たらない。どうしたものかとジェフリーに尋ねようとラブが振り返ると、
「あれ?」
何時の間にかジェフリーが三人と距離を取っていた。ロングソードを仕舞い代わりに何か水晶の様な物を持っている。
ラブはそれを見た事があった。確か映像なんかを撮影できるアイテムだった筈。何をしているのか問おうとした次の瞬間、
「あ―」
大樹に目が生えた。いや瞼が閉じられていただけだ。巨大な瞳が三人を見据える。何かを伺う様な視線だ。そして―
「アアアアァァァァァァァ!!」
悲鳴を上げた。その声を前に三人の動きは止まった。BOSSモンスターが持つ特別なスキルである<威嚇>だ。
・<威嚇>発動条件:一定範囲内にいるプレイヤーに向けて特定の行動をとる。プレイヤーは発動中のスキル・魔法を含め行動を阻害される。
逃げようとした足が動かない。<威嚇>の効果を知らない三人はパニックを起こす。
「ジェ、ジェフリーさん!!」
ラブが助けを求めるがジェフリーは動かない。何でと声を上げるよりも先にBOSSモンスター―マザーツリーが行動を起こした。
大樹の身体から生やした触手の太さはユッキー達の現実世界の胴体よりも太い。それを勢いよく振り下ろして♡エリリン♡の身体を打ち据えた。
「キャア!!」
痛みは無いものの想像だにしなかった衝撃に♡エリリン♡は悲鳴を上げた。次にマザーツリーは触手を水平に薙いでユッキーとラブを壁に叩き付けた。
「がっ!!」
壁に叩き付けられてもやはり痛みは無い。けれど突然の事で息が止まった。何が起きているのかさっぱり分からない。いや違う。分かっている。
自分たちは今、モンスターにやられていてそれを助けてくれる筈の人物に裏切られているのだ。
「ジェフリーさん!!何で助けてくれないの!?」
ラブの叫びにジェフリーは水晶を片手に鼻で笑い、
「悪いけど遊びはもうお終いだよ」
「え、え?」
「リトルツリーなんて雑魚モンスター倒して騒いでいる君たちと違ってさ。俺たちは忙しいんだよ」
ジェフリーはハァと溜息をついた。
リアルマネーが絡む<パンデモニウム・オンライン>ではギルドの資金巡りがかなりシビアだ。課金にも限度があるしそもそも<パンデモニウム・オンライン>で一儲けしようとしているのに金を使うのもおかしな話だ。
「ダンジョン攻略のための装備やアイテムの準備に情報の収集、それにメンバーの強化だって行わなきゃいけない。資金調達もリーダーの重要な仕事なのさ」
「それが何―」
「世の中さぁ変わり者って多いんだよね」
例えばとジェフリーは口の端を上げて笑い、
「モンスターに甚振られている女プレイヤーを見て興奮する輩とかさ。結構な数がいるんだよ」
「へ―」
「レベルが低すぎると一発で死んじまうし逆に高いとモンスターを倒しちまうから意味がない。要はさ中途半端なレベルで画になる程度には耐久してくれるくらいが良いんだよ」
だからレベル上げの為にリトルツリーを倒すのを手伝ったり強力な武器や防具を貸し与えた。順調にレベルが上がって<耐久>とHPがそれなりに上がった頃を見計らってBOSS AREAに辿り着く様に道筋も考えた。何度も何度も検証を重ねて効率のいいレベル上げとルート、そしていい画が撮れる様に努力したのだ。
「特に選別したのはやる側のモンスターさ。これも強すぎてもいけないけど弱すぎても駄目。しかも撮影しているこっちに攻撃が来るようじゃあ仕事にならない。それで考え付いたのがこのマザーツリーさ」
マザーツリーは<怠惰の赦し、魔の森林>の第1層のBOSSでリトルツリーの生みの親という設定だ。そしてリトルツリーはレアアイテムである<叫びの果実>をドロップするのだがそれは巧妙な罠であった。大量にリトルツリーを狩り続けたプレイヤーはその分だけ<叫びの果実>を手に入れる。だが名前の通りそれは叫び声であり、リトルツリーの怨嗟の声だったのだ。子供を殺されたマザーツリーは残された怨嗟の声に従いプレイヤーを攻撃する。<叫びの果実>を多く持つ者ほどその対象に選ばれる。
つまり<叫びの果実>はマザーツリーの<ヘイト>を集めるアイテムでもあるのだ。
「本当に苦労したぜ、ここまで成功するのにさぁ。まぁお陰でいい金儲けになってきているんだけどな」
「そんな―理由で私たちを?」
ユッキーは信じられないと言った顔で呟く。
それに対してジェフリーは鼻で笑い、
「そうさ。どんな手を使っても俺は俺のギルドを潤す。楽しくゲームが出来る為にな。その為だったらアバターの調整だってするし馬鹿な女を引っ掛ける努力だってするさ。それに」
ジェフリーの眼に怪しげな光が浮かぶ。
「最近はさ、意外とこーいう画も好きになって来たんだよな。仕事が高じてってやつか?」
こいつヤバいと♡エリリン♡は思って口に出そうとしたがそれよりも先にマザーツリーに弾き飛ばされ地面を転がった。更に触手が三人を縛り上げ、上下左右と揺さぶり壁や地面に三人の身体を叩きつける。何度も何度も。
ユッキー達のレベルであれば普通であれば既にHPが全損している。だが高価な防具と付与されたHP回復の効果によってHPは減ってもゼロにはならなかった。
「この調子ならあと5分はいけるな。途中で回復ポーションもぶっかけてやるからさ。もうちょい粘ってくれよ」
「ふ、ざけんな。このっ」
ユッキーは縛られたまま杖を振りかざし魔法を選択する。初期の<魔法使い>が使える魔法は限られている。けれどレベルが上がった事でその数も増えていた。
「<フレイム・ショット>!!」
炎の弾丸が3発放たれる。弾丸の速度は速くマザーツリーは防御も出来ず直撃を受けた。
弱点の炎属性の攻撃を受けてマザーツリーは呻き声を上げる。
「やった効いてる!!」
「ユッキー!!どんどんやっちゃって!!」
「…駄目」
ラブたちの歓声とは逆にユッキーは青い顔をする。
「今ので打ち止め、だ」
「え?だって一回しか使って」
♡エリリン♡の困惑した声とは逆にジェフリーはニヤニヤと笑い、
「駄目だよー。いきなり高レベルの魔法なんて使ったら君位のレベルじゃあすぐにMPが枯渇するよ」
「エ、エムピー?」
「そんな事も知らないでこのゲーム始めたのかよ。本当に笑えるな」
ジェフリーは失笑し撮影を続ける。いくら<叫びの果実>を所持しているからと言って確実にそのプレイヤーだけを狙い続けるとは限らない。ある程度は<ヘイト>を向け続けられるように攻撃をしてくれないと行けないのだ。
ユッキーは見事にその役目を果たしてくれた。憎悪を宿した瞳が三人を射抜く。更に増えた触手が三人をより強く縛り上げ動きを拘束する。そして徐々に加わる力が増していき、
「お!?これいくかぁ!!」
ジェフリーは鼻息を荒くする。
その次の瞬間、ユッキーの右腕がもげて、♡エリリン♡の左足が引き千切られ、ラブは両腕を肩から失った。
「あ、あぁぁぁぁぁぁああああ!!」
現実なら失血してもおかしくないが痛みすらない。しかし自分の四肢が千切れる光景を前に三人は悲鳴を上げた。
特定の部位に過剰なダメージを受けると発生する<部位欠損>。発生した箇所に応じてステータスが減少し、回復魔法を受けない限りその状態は継続する。
「狙って撮れるモンじゃないからな。ツイているぜ今回は」
ジェフリーは舌なめずりしながら目の前の光景に釘付けになる。
しかしその油断が全ての終わりだった。
<怠惰の赦し、魔の森林>の第1層、そのBOSS AREAの前で二人のプレイヤーが暇そうに立っていた。
「ずるいよなぁリーダーだけ中でお楽しみなんだぜ」
「なんだよ。お前もあんなエグイのが好みなのか」
<盾持ち>のプレイヤーが顔を顰めると<盗賊>のプレイヤーはだってさと言い、
「現実じゃあ絶対、出来ないじゃんか。あんなこと。その辺に憧れるって言うかさー」
「俺には一生分からないよ。ま、そのお陰で俺たちの武器も充実しているってのもあるけどさ」
そう言って<盾持ち>のプレイヤーは今回の見張り役の御駄賃として貰った新しい盾を眺める。以前から欲しかったのだが中々ドロップせず購入するのも躊躇われるそこそこな値段だったのだが気前よくジェフリーは彼に買い与えた。
「本当にありがてぇよな。リーダーの仕事のお陰で俺たちもゲームしやすいって言うかさ」
「あぁ本当にな―あぁでもやっぱあれだな」
<盾持ち>のプレイヤーは扉の奥で嬲られているだろう女プレイヤー達の事を思い出して溜息をついた。リーダーの趣味趣向には如何してもついていけない。何故なら、
「どうせならこの盾で思いっきりあの女プレイヤーだちをぶっ殺してやりたいよ」
「お前もそこそこイカレているよな」
<盗賊>が辟易とした顔で呟く。<盾持ち>のプレイヤーは得意げな顔で、
「PKは俺の趣味だ。生き甲斐だ。<盾持ち>を選んだのだってこの後の上級職で戦槌を選びやすいからだ。今は盾でぶっ潰すので我慢しているがランクアップしたら絶対に戦槌を振るうんだ」
そう言い切った<盾持ち>のプレイヤーは他のギルドで仲間の女プレイヤーをダンジョン内で襲い、パーティーを壊滅させてギルドを追放された。その上、懸賞金を掛けられ追われている。そこを今のギルドのギルドマスターであるジェフリーに誘われたのだが、
「良いんじゃね?戦槌だって死なねぇ程度に殴れば<部位欠損>とかも起こせるし。そういやこの前の女、覚えているか?」
「俺が両足を叩き潰した奴か?覚えているとも。騙されたと気付いて襲い掛かって来たところを俺が軽く弾いてやったら驚いて硬直していたな。あまりに間抜けだったのでそのまま盾で小突いて倒してから勢いよく振り下ろしたらなぁ。上手い具合に両足が吹き飛んでな!!」
嬉々としてギルドでの初仕事を語る<盾持ち>のプレイヤー、彼がジェフリーに誘われた理由はこれである。何も躊躇わず暴力を振るえるプレイヤー、コントロールするのは難しいが飼い慣らせば役に立つ猛犬になる。
「そうそう。あれは良かったなぁ。残った腕で這いずり回りながらさ、マザーツリーにボコボコにされているの。滅茶苦茶、興奮したわー」
その時の光景を思い出して<盗賊>は恍惚な表情を浮かべた。<盾持ち>も両足を自慢の盾で潰した時の感触を思い出して一人笑った。
全く持って隙だらけで見張りとしては最悪の行為である。
「邪魔」
だから<隠蔽>で身を潜めていた<暗殺者>の接近に気付く事が出来なかったのだ。
ストックがある分まで予約投稿しています。