1-1 彼女の名は<死神>
作者はMMORPGをやった事が無いので雰囲気で書いてます。またVR技術と言うジャンルで書くのも初めてです。
なので実際のMMORPGと違ったり他作品のVR技術とかと違いがあり過ぎたりしてもこの作品でのVRMMOはこんな感じなんだなー程度で流して貰えると幸いです。
その男はとてもいい気分で街を歩いていた。レアなアイテムを見付けて良い金額で売れたからだ。おかげで美味い酒を飲めた。現実世界では絶対に味わえない様な美酒、呑めたとしても懐に十倍以上の痛手を受けるのは間違いない。
楽して儲けられる上にこんな安い金で美味い酒が飲めるなんてVRMMO様々だ。
「ふーんふふーん…っと」
ここでは酔う事は無いとは言え気分は高揚する。鼻歌を歌いながら夜道を歩く。繁華街から離れ自分の根城へと向かう途中でその男は、
「お…?」
ふらついて倒れた。あり得ない事だった。幾ら酒を飲んだからと言ってこの仮想世界で酔っ払って足を縺れさせることは無い。
しかしそこで気付いた。自分の足が無くなっている事に。
「はっ!?何で!?」
慌てふためく男、その上に影がさした。顔を上げてみればそこに居たのは一人の少女だった。繁華街から離れ灯りは少ない。けれど彼女の瞳だけは見て取れた。
金色に輝くその瞳。男は息を呑んだ。
「お、お前まさか<死神>―」
「―」
少女は何も言わない。何も言わずに手にした手斧を振り下ろした。
VR技術は22世紀に革新的な成長を遂げた。その要因はナノマシンの発明にある。元は難しい病気を治す為に開発されたものだった。だが次第に技術は進歩し手術の手法から予防接種の代替になり、すぐに誰でも手軽に使える物へとなった。今では家の扉を開くのに指紋認証ではなく体内のナノマシンが電子信号を出して鍵を開ける。このナノマシン技術を用いて五感を仮想世界とリンクする技術―これが22世紀に誕生したVR技術だった。触れる物、見る物全てがナノマシンを介して現実の感触と同じものを再現する。
そうして生まれたのが仮想世界であり、VRMMOであった。
中でもVRMMO<パンデモニウム・オンライン>は24世紀初頭に登場した巨大な仮想世界であり、他のVRMMOとは比べ物にならなかった。
現実と見間違うグラフィックに幻想的な世界観。しかしそれは単にファンタジー世界であると言うだけでなく自由度の高いアバター設定や武器は混沌としながらも根底の世界観までは壊す事は無かった。アラビアンライトの主人公が西部劇のガンマンと同じテーブルでジョッキを傾ける、そんな風景があってもだ。
何より違ったのは<パンデモニウム・オンライン>はVRMMO初と言っても良いRMTを公式として認められたゲームであると言う点だ。
ゲーム内通貨100Gあたり日本円にしておよそ1円。これは実際に換金もできる。様々な危険性を孕むと運営当初は世間から厳しい眼を向けられていたがそれ以上に人気を博した。今ではこのゲーム内で仕事をして金を儲けているものもいる。
たった今、少女に殺されたこのアバターの男もレアアイテムを換金して懐を温かくしていた。しかしそれが少なくない恨みを買う事になる。
「…<依頼の達成を確認されたし。確認の後、入金を>」
依頼人にメッセージを送ると少女はその場から去った。死亡したアバターは一定時間、強制的にログアウト―デス・ペナルティが課せられる。
彼女に殺される。そのペナルティは存外、大きい。
それは殺した側も同様だ。
故に相応の対価を貰って彼女は仕事を行う。
彼女はPlayerKiller-即ち、殺し屋である。
ガンガンとトイレの扉を乱暴に叩く音で彼女は眼を開ける。外では複数人の笑い声がしていた。憂鬱であるが古典的に頭から水を被らされたりしなくて良かった。最近のノートブックが幾ら防水加工に優れていて頑丈でももしもの事がある。
仕事に差し支えでもしたら一大事だ。彼女は<パンデモニウム・オンライン>からログアウトするとノートブックをカバンに仕舞った。それから扉の外から聞こえてくる罵声にじっと我慢する。
大丈夫。下手に騒がなければ直ぐに済む。
こんな事どうって事ない。そう自分に言い聞かせてじっと目を瞑る。
ザァっと音がした。扉の上からホースで浴びせられた水で彼女は頭から制服までびしょ濡れになった。ひときわ大きな笑い声がして足音が立ち去って行く。
「…はぁ」
物憂げに溜息をついてからノートブックを仕舞って良かったと本当に思った。
濡れた制服からジャージに着替えて教室に戻れば授業はもう始まっていて教師から咎められた。制服ではなくジャージ姿だったのも叱責された。理由を説明しても聞いてくれないのは分かっているので何も言い返さず謝って席に座った。
クスクスと笑う声が聞こえたが気にはしない。誰が笑っているかなんて確認しなくても明白だからだ。
教科書を開けばお決まりの落書きだ。
<気味悪い黒髪お化け>
<オタク女>
<デカイ胸で男誘ってんな>
毎度よくこんな無駄な事をしていられるなと彼女は思う。
今日はもうさっさと帰ろうと彼女は決めた。家に帰れば仕事に集中できる。そう決めたら退屈な授業も少しはましになった。
授業が終わると彼女は直ぐに帰り支度を始めた。濡れた制服が入った鞄は少し重い。それを持つと何時もの三人組が彼女を呼び止めた。
「ねぇ城ヶ崎さん、ちょっと付き合ってよ」
付き合ってよと言うのは楽しいお誘いではない。今までの経験でそれは分かっていたので彼女―城ヶ崎 千代は目線を逸らした。
「用事が、あるから。ごめん…」
そう言って横を通り過ぎようとしたら腕を掴まれた。
「何言ってんの?あんたの都合なんて知らないわよ」
「そうよ。私たちが付き合えって言ったらその通りにすればいいのよね根暗女」
ニヤニヤと笑う三人組にどうしようか千代が考えていると、
「ねぇ邪魔なんだけど」
その声に三人組がビクッと肩を震わせた。恐る恐る後ろを振り返ればそこにいたのは金髪の少女だった。髪は腰まで長く耳にはピアスを二つしている。着崩した制服の袖からはタトゥーが見え隠れしている。誰もが彼女の存在に気付いてそそくさと逃げ出している。
「か、神野さん…」
酷く不機嫌な顔をしている彼女―神野 茜は三人組を睥睨すると、
「そこ。邪魔。どいてくんない」
「ご、ごめんなさい!!」
慌てて彼女に道を譲ると茜はフンと鼻を鳴らして歩いていく。その途中で千代を一瞥するが何も言わなかった。学校で最も恐れられている彼女に気をひかれている間に千代はその場から逃げ出した。それに気付いた三人組が何か言っているが千代はそれを無視して校舎から飛び出した。
下駄箱には向かわない。こうした時の為に予備の外履きは鞄に入れているのだ。
そんなは話を何時もの酒場でしていたら大笑いされた。
「いやいやいやいやマジでウケるし!!予備の外履きって何!?上履きならまだ予想着くけど、下駄箱で待ち伏せされる可能性を考えてもう一足、靴を用意しておくとかミゥたんスゲェよ!!」
腹を抱えて笑うこの男を見る度にミゥ―<パンデモニウム・オンライン>での千代のアバター名だ―はイラっとして殺してしまおうかと考える。
「フリット、殺すよ」
実際に口に出てしまった。いやそれよりも先にサブウェポンの<灼毒のナイフ>を首筋に突き付けていた。自分でもびっくりである。
慌てたフリットは、
「待った待った!!ここでの殺しはご法度だろ!?」
「…ち」
バーテンダーから睨まれミゥはナイフを戻した。
PKはどこでも可能だ。しかし何も無法と言う訳ではない。<パンデモニウム・オンライン>では幾つかの国家がある。プレイヤーがそれぞれの国家を運営しそこではルールが定められている。そして多くが非戦闘地帯と決めた場所でのPKを禁止している。
システム的に制限されている訳ではないのでやろうと思えばできる。だが自警団を呼ばれ無駄な戦闘してデス・ペナルティを頂戴するような事は避けたい。
「それで?」
「んん?」
それでもこの世界では殺し殺されかけるなんて日常茶飯事だ。フリットも先程の遣り取りを忘れたかのように何喰わない顔でビールの瓶を傾ける。実際にアルコールを摂取するわけではない。味と極めて現実に近い酩酊感を得られるだけだ。全ては仮想世界での体験なので人体に影響は少ない。だからと言う訳ではないが未成年のミゥやフリットでもここではビールを口にする事が出来る。
「用事があるんでしょ。また依頼?」
「いや?ただ君と一緒に飲みたかっただけ」
フリットは飲み干したビール瓶を机の上に置いて指で弾いた。すると瓶はポリゴンになって消えた。
「何々?依頼が欲しいの?たんまり稼いでるでしょ、足りていないの?」
「…プライベートよ。情報屋には教えない」
「つまんないのー」
唇を尖らせてフリットは追加のビールを注文する。
「用事がないならもう帰る」
「えー。付き合ってよ。最近、誰も俺に付き合ってくれなくて寂しいんだよ」
「誰もって?」
「ほら、アルベルトや元気玉、後はグラスホッパーにエンデ婆さんに…」
「全員トッププレイヤーで最前線を攻略中でしょ。アンタみたいな暇人とは違う」
「暇じゃないよー。その最前線の攻略情報をさ、色んな人が気にしているんだよね」
そう言って<パンデモニウム・オンライン>屈指の情報屋、フリットはビール瓶を揺らす。
「半年前に開放された新しいフィールド、<怠惰の赦し、魔の森林>は第5層を突破したばかりなのにこれまで貴重素材だった<叫びの果実>のドロップ率が高い。これって多分、<嫉妬の愛、絢爛舞踏歌劇館>に出て来る怨楽人形の叫び声による<スタン>に対して耐性の高い<耐音のリング>を作るのに必要だからだよね。今、<耐音のリング>の価格は高騰している。それに対する運営の措置かな?その辺り、生産ギルド<ドラゴン工房>が気にしているんだよ。<サーペント商会>が先んじて最前線のトッププレイヤー達に取引を持ち掛けていてそれが<叫びの果実>を買い占めるからじゃないかって。<嫉妬の愛、絢爛舞踏歌劇館>も第38層をクリアしたから。次の次、第40層では10thBossが出現するだろ?事前情報から推測すると怨楽人形の纏め役が出て来るんじゃないかって話になっている。<爆炎・豪炎・極炎>の連中が第39層のクリアまであともう少しで…」
聞いてもいないのにつらつらと情報を口にするこの男が本当に屈指の情報屋なのか疑わしくなる。
「口が軽いんじゃないの。まさか酔っ払った?」
とミゥの皮肉に対して、
「まさか。本当にヤバい情報は伏せているよ」
そう言ってニヤッとフリットは笑った。食えない奴だとミゥは目を細める。
「君もちょっとは気になるんじゃないかと思ってね。最前線の様子をさ」
「別に。私の仕事とは関係ないから」
「そうかなー。仕事抜きにしても気になるんじゃない」
ミゥは舌打ちをして自分が呑んだ分の支払いをすると席を立つ。
「帰る」
「えー」
「次、呼ぶときは仕事の話持ってきて」
そう言って立ち去ろうとするとフリットは何気ない口調で、
「じゃあ仕事の話をしようか」
ピタリとミゥは足を止めた。
「さっきは無いって言ってなかった?」
「君を呼んだのは一緒に飲みたかったから。依頼が一件も無いとは言ってないよ。それに依頼が途切れる訳ないじゃないか」
フリットはニヤニヤ笑いビール瓶を傾けた。
「<パンデモニウム・オンライン>最強の殺し屋―累計キル数15000越え、<死神>のミゥに依頼を出す奴なんてごまんといるさ。それだけこの<パンデモニウム・オンライン>では日々、金と欲望が渦巻いているって事なんだけどさ」
「依頼条件は分かっているの?」
「勿論。最低金額1000万Gからで標的のレベルと難度によって追加料金あり。その他諸々の条件を満たすのがこれ―」
フリットは懐から3通の封筒を取り出した。放り投げて来たそれをミゥはキャッチして中身を確認した。
「ふーん…つまんない依頼ばっか」
「断る?」
「いいよ。全部受ける。これが私の仕事なんだから」
感情の篭らない声でミゥは答えて封筒をマントの下に入れた。
VRMMOの殺し屋、それがミゥであり城ヶ崎 千代の仕事だった。両親を事故で亡くした彼女は生活の糧をこの<パンデモニウム・オンライン>で求めそして天職を見付けた。
対人戦において比類なき才能を持ちその技を磨いた。プレイスタイルの自由度が高いこのゲームの中であらゆるスキルの組み合わせを試した。その試行錯誤の中、彼女は<パンデモニウム・オンライン>で誰も持たない一つの特別なスキルを生み出した。それがまた彼女の殺し屋としての名声を高め、何時しかミゥは<死神>と称される様になった。
ある者には恐怖の代名詞として。又ある者には憎悪の対象として。
そしてある者には救いの名としてだ。
ミゥは<死神>の名を自分の魂に刻んだ。
決して忘れない様に。そしてその生き方を忘れない為にだ。