表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/32

25 六色の大掃除

 領都の北側は険しい岩山に接しており、領都外壁の出入り口は東門、西門、南門の三つが存在している。


 その中でも最も大きな南門。

 普段は旅人を広く受け入れているその門も、非常時である現在は固く閉ざされ、見張りの兵が緊張した面持ちで警備にあたっていた。


 ラークは散歩でもするように門に近づく。

 すると、兵の一人がラークのそばにやってきて、持っている槍を突きつける。


「と、止まれ。今外には出られない」

「ん? 連絡来てないの?」

「何を言っている。大人しく──」


 兵士の前にさっと手をかざす。

 目の奥を覗き込み、ささやきかける。


「責任は上司が取る。通してくれ」

「責任は上司が取る。通します」


 下がっていく兵に手を振る。

 こうなってくると、次期当主はいよいよ頼りにならないかもしれない。ローデント家の未来を勝手に悲観しながら、ラークは門の前へと進んでいく。


 堅牢な門扉の開閉は、通常数人がかりで行う。

 兵たちに依頼してもよいのだが、少々面倒だ。 


「……跳ぶか」


 集まってくる兵たちを尻目に、黄魔導で空間を固め足場を作る。赤魔導で脚力を軽く強化し、地面を蹴った。


 トントントン、と宙を跳ねる。

 数秒もかからず、外壁の上部へ着く。



 一瞬、言葉を失う。

 ラークの眼前に広がる景色は、それほど圧倒的なものだった。これまで全く見たことのない、想像したこともない光景である。


「壮観だなぁ」

『よくもまぁ、こんなに集めたな』


 門から数十メートルほど離れた距離に、魔物の群れがずらりと整列している。統率の取れた軍隊でも、これほど上官の望み通りには動かないだろう。


 筋骨隆々で棍棒を振り回す、頭に角を生やした赤角蛙。額に目があり、心話で連携を取りながら群れで狩りをする三目狼。体色を周囲に合わせて変化させ、樹上から旅人を襲う擬態大蛇。風を纏って高速で空を飛び、大熊すら切り裂いて餌にする風切り雀。


 多種多様な魔物や動物。

 普段なら自由気ままに人間を襲うだけのそれらの生き物は、思い思いに唸り声をあげながら、体から黒い霧をにじませて一緒に並んでいる。


『初めて見るのもいるぜ』

「魔物図鑑でも作れそうだな。瘴血鬼化してなければ、一種類一体ずつ剥製にでもして学校に売りつけられそうなのに」

『そりゃいい値がつくだろうな』


 一般人にとっては一体だけだって危険な魔物を、これだけの数集めるのは苦労したことだろう。その過程を思うと、ある種の感動すら覚える。


 瘴血鬼の集団から飛び出た先頭に、見覚えのある一人の男がいた。彼はこちらに向かって片手を軽く振りながら、なんだか気安い様子で歩いてくる。


 ラークは壁の外へ飛び降りた。

 危なげなく着地する。


「よう。待ってたぜ六色(ヘキサコロル)


 瘴血鬼のクレルヴォ。

 黒い翼を生やし、愉快そうな笑みを浮かべている。


「これはまた、すごい集めたな」

「ははは、狩人の目を盗んで、大森林で行動するのは苦労したんだぜ。なかなかすげぇだろ」

「しかもこんな数、よく制御してるよ」

「いや、俺が制御してるのは群れのトップだけさ。瘴血を流し込んで瘴血鬼化すると、使役の親子関係が生まれるからな」

「いいのか? そんなベラベラと」

「あぁ、大した情報じゃねぇ。冒険者ギルドなんかは、たぶんもう知ってるんじゃねぇかな」

「へぇ」


 友人とでも話すような、気楽な雰囲気。

 一方、瘴血鬼たちの放つ殺気はその圧力を徐々に増してゆく。普通の者であれば、生命の危機を感じて逃げ出しているところだろう。


「そういや、エルナ嬢はどうしてる?」

「あぁ。お前の企み通り、アルマを救うために命をかけてるよ。よかったな」

「そうかい。まぁ最悪、アルマ嬢だけでも闇巫女になりゃ、納得のいく結果だったんだけどなぁ」


 そう言ってクスクスと笑う。

 こちらを小バカにするような目線だ。


 ラークはゆっくり体を伸ばし、関節の可動域を広げる。これから激しく運動するための準備だ。いつもと同じように、深く呼吸をしながら体と心を解きほぐす。


「知ってるか。あの大人気のアルマ嬢も、心の内を覗いて見るとよぉ、意外と闇が深いんだぜ。あれならいい瘴気を生みそうだ」

「知らないよ、そんなの……」


 答えながら、心波制御をやめる。

 ラークの体からはゴキヴリ由来の嫌悪の心波が放たれ、呼応するように魔物の群れがざわつく。ただ、今はクレルヴォが群れを制御しているのだろう。襲いかかってくる様子はない。


「ま、心の闇で言えばエルナ嬢の方が期待できるだろうな。あれが闇巫女になってくれりゃ期待通り。しかも、もしこれで二人とも闇落ちしたら、双子の闇巫女が誕生するなぁ」

「そうだろうね」


 ラークは右手を前に出し、構える。

 クレルヴォも同様の構えをとる。


「そんなに心配するなって。瘴血鬼になったら、お前の女はちゃんと俺がもらってやるぜ。顔も体もなかなか悪くねぇしな」

「…………はぁ」


 ラークは気の抜けたため息をつく。

 クレルヴォの目を覗き込む。


「あのさぁ、クレルヴォ」

「……なんだよ」

「青魔導師相手に、挑発が雑」

「ちぇっ、盛り上がんねぇな」


 クレルヴォは瘴気を纏う。

 ラークはマナを集める。


 一触即発の空気の中、クレルヴォは口角をニイッと上げて笑う。


「俺がこの前のような──」


 ラークはその言葉を無視する。

 地面に手をつくと、大量のマナを込める。


「行け、クロバ。〈大型召喚(マグナサモン)〉」

「あっ……てめぇ!!」


 瞬間。

 地面が割れる。


 這い出てきたのは、体長30メートルはあろうかという巨大ゴキヴリだった。黒い身体に長い触覚、極太の手足と大きな顎が凶悪に周囲を威圧する。

 キシィィィ、という異音。口元をにちゃにちゃと動かして魔物の群れを見る。巨大な翅を伸ばしたり畳んだりしながら、ズシンズシンと足踏みをした。


 客観的には、完全に悪役側だ。


『久々だなぁ、ラーク』

「だな。じゃ、掃除の手伝いをよろしく」

『おうよ』


 クロバは魔物の群れに突っ込んでいく。

 その濃密な嫌悪の心波に、魔物たちは我を忘れたようにクロバに殺到し、次々と捕食されていく。


 クレルヴォは盛大に顔をしかめた。


「あぁ、くそっ。マジかよ」

「言ったろ、挑発が雑。僕を怒らせて一対一に持ち込みたかったんだろうけど、僕の目的は瘴血鬼の数を減らすことだからさ」


 そう言いながら、ラークは再度マナを集める。風が渦を巻き、大地が震える。


「けっ。余裕な顔しやがってよぉ。だが、これがこっちの全てだとは思わねぇことだ」

「そう。出し惜しみは悪手だと思うけど……。さて、クロバに任せきりも申し訳ないし、僕も参戦するよ。止めてみな」


 ラークは地面を殴りつける。

 めくれ上がった土塊が軌道を変え、魔物に向かって飛ぶ。


「──六色(ヘキサコロル)のラーク。参る」


 蹴った大地が破裂する。

 ラークの姿は、あっという間に魔物の群れの中へと消えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ