表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/32

20 瘴血鬼

 敵地に乗り込むラークは、傍から見れば気楽に歩いているようにしか見えないだろう。


 時空属性の黄魔導〈百眼(アルゴス)〉。

 実際は、周囲の空間を把握する魔導を使いながら、襲撃を警戒して慎重に進んでいる。


 屋敷の扉が開く。

 一人の男が、同様に気の抜けた様子で現れた。

 その体からは闇色の霧がにじみ出ている。


「早えよ。今朝釈放されて、まだ昼前だろ」

「あぁ。この急展開には僕も驚いてるよ」


 視線が鋭く交じる。

 だというのに、出てくる言葉はどこか現実味がなく、まるで長年の友人と話すかのごとくスラスラと出てきた。


 二人は同時に立ち止まる。


「アルマは?」

「この中だ」

「返してもらっても?」

「あぁ。いいぜ」


 左手足を前に出す半身の姿勢。

 よく似た構えをとり、同時に笑う。


「もちろん、俺を倒せたら、だ」

「だろうな」


 刹那。

 地面が破裂する。


 広い庭を、二つの影が交差する。

 現象属性の黒魔導で周囲の石や木片を念動(とば)し合いながら、強化属性の赤魔導で縦横無尽に駆け回る。飛んでくる左足を避け、突き出した右手を弾かれる。


 二人の戦闘スタイルは酷似していた。

 すなわち、魔導を用いた格闘。


 静止。

 互いに構え直す。


六色(ヘキサコロル)、こんなもんかよ」

「けっこうやるね、瘴血鬼」


 再び地面が爆ぜる。

 急制動で疲労した肉体を生命属性で白魔導(なお)しながら、精神属性の青魔導で次の手を読み合い、牽制し、誘導する。


 男の突き出した左拳。

 ラークは両手で受け止めるが、その勢いに弾き飛ばされてしまった。瘴気による強化は、その者の実力を何段階も引き上げる。


「瘴気ってのは、厄介だな」

「はっ。瘴気だけじゃねぇ。俺自身それなりに鍛えてんだよ」


 ラークは男の蹴りを飛んで避ける。


 悪手だ。

 二撃目の蹴りを空中でまともに食らう。


 宙を舞い、地面に片膝をつく。


「久々の強敵だ。君、名前は?」

「──クレルヴォだ」

「覚えておくよ。僕はラークだ」

「知ってるよ。こっちは拍子抜けだ」


 クレルヴォは少々落胆している様子だ。

 戦闘狂とまでは行かないまでも、ラークと闘うのをそれなりに楽しみにしていたのかもしれない。


 ラークは駆けまわり、背後を取ろうとする。

 が、クレルヴォは余裕を持って追従してくる。


「クレルヴォ。君の目的は──」

「言うと思うか?」

「アルマ。だけじゃない」

「ふん」


 ラークの回し蹴りは、片手で受け止められた。


 ニヤけるクレルヴォ。

 その目を、ラークはジッと覗き込む。


「──エルナ、ローデント家、それに領都」

「ちっ。どこまで掴んでんだ」

「ローデント領、帝国全土」

「ん?」

「ふーん、これは違うか……」


 クレルヴォの前蹴り。

 ラークは一歩下がる。


「ターゲットがこの領都だとすると」

「てめぇ。まさか読心()んでんのか」

「アルマをさらった理由は──」

「──黙れ黙れ黙れ!!!」


 クレルヴォが叫びながら振り回した四肢は、ことごとく弾かれ、誘導され、空を切る。同時に、大きな石がいくつか念動()んではこめかみを打つ。


 クレルヴォが硬直する。

 ラークの抜き手がその喉に刺さった。


「ガッ……」

「魔導も格闘も中途半端。弱いな」

「──手ぇ抜いてやがったのか」

「クレルヴォだっけ。君、青魔導適性が高そうなのに、なんか読みやすいんだよな。エルナの方がよっぽど読めないよ。油断させて、今のうちにいろいろ聞き出しておこうと思ってさ」


 クレルヴォが構えた一瞬の隙。

 地面が破裂し、ラークの足がクレルヴォの背中に刺さる。


「くっ。ふざけ──」

「で、エルナに何する気だ?」


 クレルヴォの鋭い突きは、届かない。

 ラークの放った蹴りが、一瞬早くクレルヴォの顔面を貫く。その衝撃で力の抜けた腕を、流れるように掴みとり、背負って地面に叩きつけた。


 関節を極め、拘束する。

 クレルヴォの呼吸が荒れ、額に汗がにじむ。


「っく。なんで俺は六色(ヘキサコロル)相手に油断なんか」

「そんなの誘導したに決まってるだろ」

「反則すぎんだろうがよぉ」

「ところで『闇巫女』『闇生み』って何?」

「くっ、読心()むんじゃねぇ──」


 ふと、手応えがなくなる。

 クレルヴォの体は闇色の霧になり、少し離れた地点へとその身を移動させる。


 ラークは驚き、身構える。


「瘴血鬼って、そんなことまでできるのか」

「ハァ、ハァ……はは、まだ本気はこれからよ」


 立ち上がったクレルヴォが瘴気を纏う。

 ラークもまたマナを集める。


 あたりを静寂が包む。


『ガガガ、ガガガガガガ』


 そこへ、トーテムの声が響いた。

 クレルヴォのものだろう。


 内容は聞き取れない。それでも、クレルヴォを心配するような、慰めるような、熱くなるのを諌めるような。そんな不思議な響きを持って聞こえる。


「──うるせぇ、シュナーブ!」

『ガガガガガガガガガガ』

「あぁぁぁぁ、くそがっ!」


 クレルヴォは叫ぶ。

 何かをする気だ。


 ラークは大地を蹴る。

 が、クレルヴォの術発動の方が早い。


「──〈霊装(アムド)〉」

「っ!?」


 背中に黒い翼が生えた。

 ラークがたどり着くより早く、彼は翼を翻し、空高く舞い上がる。 


 操霊術〈霊装(アムド)〉。

 それは、召喚とはまた違ったトーテムの使役法。トーテムの力を体の一部に纏い、人間の能力範囲を超えたことができるようになる術行使だ。


『ガガガガガ』

「黙れ。今六色(こいつ)を相手にすんのは、俺のワガママだってんだろ。分かってんだよ、んなことは」


 ボヤきながら、クレルヴォは高くへと上る。


「さすが強えな、六色(ヘキサコロル)。実は瘴血鬼化する前から、俺はお前に憧れててよ。ファンなんだ。一度闘ってみたかったんだが、いやぁ想像以上だ」

「え、えぇぇ」

「だが、今回は俺の勝ちだな」


 そう言うと、空中を旋回し始める。

 その軌道に沿って、空中に魔術陣が描かれ始める。何かをする気だ。


 これまで黙っていたクロバが話し始める。


『ラーク。大丈夫か』

「あぁ。だけど奴はかなり強いよ。この場の騎士じゃ歯が立たないと思う」

『渡り合えんのはお前と婆さんくらいか』


 騎士たちに目を向ける。

 彼らの驚く様子を見るに、二人の戦いを目で追えたものすら少ないようだ。


「それより、奴が空中に描いてるあの魔術陣」

『あれは……拡声の魔術だな』

「目的はわからないけど、とにかく止めないと」


 声を大きく響かせるためのもの。

 黒魔導と同じ現象属性の魔術だが、あれ自体に攻撃性はない。


 ラークが黄魔導〈障壁(ウォール)〉で空中に足場を作ると同時に、クレルヴォの声が響き渡った。


『よく聴け、人間ども。俺はアルマ嬢を拐った者。瘴血鬼ってぇ存在だ』


 遠くの方で、民衆がざわめきを上げるのが聞こえる。クレルヴォの声は都市中に届いているのだろう。屋敷を囲む騎士もまた、空中を見上げている。


『悔しい限りだが、ローデント家はアルマ嬢を取り戻した。いやぁ、参った。彼女はやはり、この都市にとって必要な存在ってことだな。ここまで皆から愛される貴族令嬢も珍しいぜ』


 ラークは急いで障壁を駆け上がる。


 直感が告げていた。

 クレルヴォの口を急いで塞がなければ、マズいことになる。


『一つ残念なお知らせだ。せっかく助けたアルマ嬢だがなぁ、大量の瘴気を吸い込んで、俺と同じ瘴血鬼になりかかってんだ。順当にいきゃ、明日には変異するだろう。つまりなぁ、このままじゃお前らの大好きなアルマ嬢は死んで、俺たちの仲間になるってこった』


 空気が震える。

 民衆の怒りや憎しみが、地鳴りのようにラークの耳まで届く。


 ラークは宙を跳ねる。

 しかし、翼を持つクレルヴォの機動力には全く追いつくことができない。


 クレルヴォの声は続く。


『なんだなんだ、そんなに怒声をあげて。怖えなぁ。みんなそんなにアルマ嬢が好きなのかよ。ったく…………仕方ねえな。じゃあ教えてやるよ』


 ラークは焦る。

 この先の展開が読めたのだ。


 黒魔導〈雷火(プラズマ)〉を飛ばす。

 クレルヴォは空中を飛び回り、余裕を持って避ける。


『ひとつだけ、アルマ嬢を救う方法がある』


 クレルヴォの翼から、黒い羽根が雨のように降り注いだ。ラークは障壁から足を踏み外し、地上に向かい落ち始める。


『簡単な話だ。アルマ嬢の体に溜まった瘴気を、他の誰かが引き受けりゃいい。あぁ、誰でもいいってわけじゃねぇ。近い性質を持つ親しい誰か。そう、例えばよぉ──』


 ラークはナイフを念動()げる。

 届かない。


『──双子の姉のエルナ嬢ならバッチリだなぁ。彼女が瘴気を引き受けてくれりゃ、アルマ嬢は助かるぜ。俺たち瘴血鬼にとっちゃ、別にエルナ嬢が変異するんでも構わねぇからよ』


 ラークは落ちた。

 激突とともに、地面に大穴があく。


『街のみんなでエルナ嬢を説得しろよ。それから、エルナ嬢が命惜しさに逃げねぇようにだけは、みんなで見張っておいてくれよな』


 そう言い残すと、クレルヴォは空高く舞い上がり、小さな点となって都市の外へと飛んでいった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ