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19 捜索と発見

 その屋敷は領都の北エリアにあった。

 周辺は、昼前だというのに人の気配もなく、どこか薄暗い。荒れ果てて雑草が伸び放題の庭に、壁や窓ガラスのところどころ破れた家屋が建っている。


 その一室に、アルマはいた。

 手足に繋がれた重そうな鎖。ボロ布を被せただけの雑なポンチョ。破れた布地からは、これまで決して男に見せることのなかった部分──胸の突起や股の茂みが、チラチラと見え隠れしている。


 虚ろな表情のままピクリとも動かない。

 その体に、闇色の霧がまとわりつく。


 ガチャリ。

 部屋の扉が開く。


「……失礼します、マイロード」


 入ってきたのは、犬耳の男──ローデント家使用人、オスタだった。垂れた犬耳を小さく震わせながら、時折アルマの肢体に下卑た視線を向ける。



 アルマの体を覆っていた霧が蠢く。

 渦を巻いたかと思えば、中から一人の男が現れた。


 長身の男だ。

 少し癖のある長い黒髪。白い肌。赤い目を光らせ、少し開いた口元に鋭い牙が光る。


「オスタか。どうした」

「クレルヴォ様。六色(ヘキサコロル)のラークが釈放されたっす」

「そうかよ。想定より早かったな」


 クレルヴォと呼ばれた男は、オスタの前を通り過ぎ、黒色の魔物革の張られた大きなソファに腰掛けた。

 目を閉じ、足を組む。


『ガガ、クレルガガガガ──』

「黙れ」

「──はっ?」

「いや、トーテム(こっち)の話だ。おいシュナーブ。誰かと話してるときゃ割り込まねえのがトーテムの流儀だろ。勝手やってんじゃねーよ」

『ガ……ガガ』

「いいから黙れ」


 どこか壊れたようなトーテムの声。

 苛立っているのか、クレルヴォは整った眉を歪め、荒々しく足を組み直す。


「んで、六色(ヘキサコロル)は」

「は。今朝釈放され、そのまま捜索隊に加わるそうっす。まさか拷問にまで耐えるなんて──」

「ばーか、そんなのは初めから分かってんだよ。この程度じゃ多少の時間稼ぎにしかならねえ」

「で、ですがそれでは……」


 さっと手をあげ、オスタの発言を止める。


「心配すんな。その多少の時間稼ぎってやつをしたかったんだ。エルナ嬢を直接狙えりゃ話は早かったんだが……回りくどいやり方にはなったな」

「そ、そうなんすか」

「アルマ嬢の仕上がりは、まぁ及第点だ。もう少し追い詰めておきたいところだが」


 そう言うと、アルマへ目を向ける。

 その体からは、闇色の霧──瘴気と呼ばれるモノが、うっすらと漏れ出ている。


 オスタはアルマの体を舐め回すように見ながら、鼻息をフンスと荒く漏らした。


「アルマ様は、もう瘴血鬼になったんで? 落とす手伝いが必要ならいくらでもするっすよ」

「いらねーよ。変異しねぇギリギリを狙ってんだ。余計なことは考えるな」

「はぁ、わかったっす……」


 アルマは瘴血鬼になりかけていた。


 一般的に、瘴血鬼化した生き物は、あらゆる能力が強化される代わりに理性を失い凶暴化する。人間の場合は理性が残るが、それでもその性格は変異により大幅に変わってしまうらしい。


 元の通り生きていくのは困難だ。

 定期的に他の生き物の生き血を啜る必要がある。瘴気や瘴血を撒き散らしながら、仲間を増やして生きていくことになる。


「ところで、マイロード」

「あぁん?」

「その……()()()に推薦してくれるって話、本当っすよね」

「働きを見てから決めるって言ったろ」

「今回けっこう働いたっすよ。エルナを孤立させるのも、アルマ様を拐うのも、ラークの奴を拘束させるのだって──」


 オスタは必死な様子で唾を飛ばす。

 一方、クレルヴォは無表情を貫く。


 瘴気自体、その存在を確認されるようになったのはここ数十年のことだ。瘴気により変異した瘴血鬼も、人間に比べれば個体数はそう多くはない。

 だがその中でも、強い力を持った瘴血鬼が集まる集団がいくつか存在していた。話に出た「クラブ」もその一つだ。


「──それに、アルマ様の体を自由にさせてくれるって……約束、でした、よね?」

「あぁ、そうだったなぁ。クハハハハ……」

「ハハ、アハハ、ハハハ……」


 笑うクレルヴォの体から、瘴気が滲む。

 オスタの体は一度ビクッと跳ねるが、そのまま黙って下を向いている。


「おいおい、怖がるなよ。俺はよぉ。瘴血鬼になる前から、ずっと思ってることがあるんだ」

「……は、はい。なんっすか」

「なぁ、想像してみろよ。極上のいい女を捕え、拘束する。その女のクソめてぇな尊厳とやらを踏みにじってよぉ。思うがままに、てめぇの欲望をぶつける。そういう──」

「へ、へへ……」


 オスタはニヤニヤしながら顔を上げた。

 クレルヴォは、真顔だ。


「──そういう事を考えてニヤけ面を晒すクズは、死んだほうが世のためじゃねぇかな」

「っ!? マイロ──」


 一陣の風。

 オスタの首が落ちる。


「お前はクラブ(うち)には合わねぇよ。他をあたりな」


 転がったオスタの首が、クレルヴォを見つめパクパクと口を動かす。

 首だけなので声は出ないが、この程度で瘴血鬼は死なない。魔導核を潰されない限り何度でも蘇るのもまた瘴血鬼の特徴である。


『ガガガクレ、クレルガガガ』

「黙れ、シュナーブ。分かんねぇよ、何言ってるか。ったく、俺の周りにはバカしかいねぇのか」


 クレルヴォは背筋を伸ばし、立ち上がる。


 ふと、転がったオスタの首に違和感を覚える。

 めくれ上がった犬耳の、普段は見えない内側部分。風呂場でもあまり洗っていないのだろう、見るからに汚れて汗臭くなっているところ。

 そこに、目立たないように、何やらシールのようなモノが貼りつけられていた。


 首に歩み寄り、シールを剥がす。


「……はは。コレはやられたな」


 ──魔波の発信機。


 つまり、オスタは誰かに疑われ、居場所を追跡するために発信機を取り付けられていた、ということだろう。


 小さなチップを、指先でパキッと割る。


六色(ヘキサコロル)の差し金か。それとも」


 立ち上がり、割れた窓に近づく。

 隙間から外を見る。


 騎士鎧に身を包んだ数十人の集団が、屋敷の周辺をぐるっと取り囲んでいた。



*  *  *



 屋敷を目の前に、ティコ婆さんが笑う。


「お手柄だねぇ、エルナ」

「……ティコ婆の方が、先に場所を掴んでた」

「いや、私が突き止めたのは、大まかな場所だけさ。今回のこれは、間違いなくあんたの手柄だよ」


 ティコ婆さんは愉快そうに口を歪める。


 騎士たちはこれまで、大きく三つの部隊に分かれて捜索を行っていた。すなわち、都市の外部、周辺、内部である。

 このうち、都市内部の捜索については、市民の協力を得て民間捜索隊を組織。建物から裏路地まで徹底的に捜索を行っていた。


 ティコ婆さんが行ったのは単純なこと。

 塗り絵大会である。


 都市の明細な地図を取り出し、民間捜索隊の調査記録を元に、既に調べた場所に色を塗る。本当に徹底的に調べきったのなら、地図に白い部分は存在しない、はずであった。

 

 都市の北側。

 ある地区だけが、不自然なほどに、全く捜索対象に上がっていなかったのだ。


「──愛しのアルマ嬢を捜索する決死の思いの男たちを、誰一人として寄せ付けないような強力な人避けの結界が、この都市にひとつ存在している。ということを、突き止めただけだよ、私は」

「……すごい。尊敬する」

「ははは、私の手柄を見事にかっさらった娘が何を言うかい。あんた気に入ったよ」


 捜索隊は、皆でこの地区に集まった。


 すると、エルナの持つ魔波の受信機が、突然反応を示したのだ。どうも、こっそりオスタに取り付けていた発信機が、魔波の届く有効距離に近づいたらしい。


「いつからその使用人を疑ってたんだい」

「……ずっと前から。何か怪しかった」

「くくく。で、その男があんたの『お散歩』で気を失った隙に、発信機を仕込んだと。やるじゃないかい」


 いつの間にか仲良くなっているティコ婆さんとエルナ。その前に、武装したラークが現れた。

 厚手の道着、胸当て、手甲、ブーツ。軽装にも見えるが、魔導を巧みに扱うラークにとっては必要十分な装備だ。


 胸の前で拳を打ち鳴らす。


「ティコ婆さん。屋敷から少し瘴気が漏れ出てる。クロバの見立ては正しそうだ」

「瘴血鬼か。厄介なのに目をつけられたね」


 アルマの部屋で見つけた瘴血の染み。

 やはり、犯人は瘴血鬼で間違いなさそうだ。


「ったく。フェリアスの奴から指揮権を奪っておいて正解だよ。総員突撃、なんてされたら、騎士をみんな瘴血鬼にされてたところだ」


 ボヤくティコ婆さんのすぐ後ろ。

 ゴミ屑のように縮こまったフェリアスは、器用に存在感を消しながら黄昏れている様子だ。


 ラークは軽い柔軟を終え、穏やかに微笑む。


「行ってくる」

「……気をつけて」

「しっかりやんな」

「あぁ。ティコ婆さん、エルナを頼む」

 

 皆からの声援を背に受ける。

 息を吐き、気合を入れ直すと、ラークは屋敷の庭へと侵入していった。


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