14 拘束と幻影
強い光は、深い闇をつくる。
国の中枢を担う銀級貴族という立場は、キレイごとだけはやっていけない。その権力の輝きに見合うだけの、暗く濁った部分を持っている。
そのほんの一端だろう。
ラークの目の前には、一般人であれば一生お目にかかることのない、残酷な道具が並べられていた。
抵抗できないよう身体を固定する道具。効率的にゆっくり爪を剥がす道具。指先に圧力をかけて潰すための道具、それから──。
拘束され、見知らぬ男に縄を引かれながら、ラークはあたりを観察し続ける。
「へぇ、珍しい道具も多いな」
「……ふん、余裕か。たしか坊主は軍学校出身だったな。どうだ、学校の授業と比べて、実際の拷問部屋は」
「うん。充実してるよ。それに道具がちゃんと隅々まで磨き上げられてる」
「おぉ、わかってくれるか。こんな仕事でも、プロだからな。商売道具にゃ金をかけるし、ちゃんと整備してすぐ使えるようにしてんだぜ」
ラークの縄を引く黒服の男は、拷問官らしい。
坊主頭、顔中の傷痕。おそらく修羅場も多く潜っているのだろう。強面のわりに気負った様子のない口調で、熟練の者らしき落ち着きを感じる。
「坊主は魔導を使うんだろ。青色か」
「どうして? 確かに一番得意な色だけど」
「やけに落ち着いてるからな。そういうやつは、だいたい精神属性の術使いだ。それ以外の大半は、この部屋に着いた時点で泣きわめく。拷問道具を見て、顔を青くして、拷問を始める前から正直に話してくれることが多い」
正直に話す、というのは、ここでは文字通りの意味ではない。仮に無実だとしても罪も認める、ということだ。
「正直に話したら、解放するのか?」
「全部吐ききるまで痛い目はみてもらうがな。ただ、よほど強情な奴が相手じゃなきゃ、肉体的にゃそうそう後遺症の残ることはしねぇよ」
「へぇ。意外だ。もっと容赦がないのかと思ってたよ。良心的なんだね」
「良心? 違う違う、効率の話だよ。壊しちまったらそれまでだろ。生命魔術で回復できる範囲の方が、繰り返し同じ痛みを与えられる。そいつの弱点を見つけても、一度しか痛みを与えられないんじゃ駆け引きのしようがねぇだろうが。こっちはあくまで自白を引き出すのが仕事だ」
「そっか……でも、こう言ってはなんだけど、軍学校の教官よりは、よほど善良だよ」
見慣れた拷問道具を見る。
軍学校の教官の中には、指導よりも私情を優先するものが少なからずいる。彼らは「他の生徒への見本」「態度の悪い者への特別授業」などの名目で、授業用の道具をラークに使用することが度々あった。
それと比べれば、彼はあくまで仕事としてやっているだけ。嗜虐を楽しむ素人ではなく、善良なプロであった。
「はぁ。坊主も苦労してんのな」
「それなりには。嫌われやすい性質だからさ。努力して優等生の振る舞いをしてても、ちょっとしたことで疑われることが多いんだよね。今回も、拐われたアルマ様の行方なんて知らないし」
「だろうな」
容疑者に仕立て上げられた理由は、いくつか思いつく。
前日に彼女と会っているため、彼女の魅力にあてられて下種な欲望を抱いたのではないか、と疑われたこと。
使用人たちから嫌われているだろうから、聞き込み時に有利な証言は得られなかっただろうということ。
ローデント家としては対外的にも手がかりゼロというわけには行かなかっただろうこと。
男はラークを見てため息をつく。
「悪いが、俺は手抜きをしない主義だ」
「うん。そんな気はしてる」
「白状する内容はよく考えろよ。動機から手段から仲間の有無まで、ちゃんと筋が通った物語じゃねぇと、クライアントは納得しねぇ」
「自信ないなぁ」
「はは、心配しなくてもこっちはプロだ。坊主の胃が空っぽになる頃には、それなりのモンが出来上がってるぜ」
そう言うと、男はラークを椅子に座らせる。強引に四肢を固定し、縄を解き、乱暴に髪を掴む。
「さて。仕事の時間だ」
* * *
「──仕事のじかん、むにゃむにゃ……」
子猫のように丸まって眠る男を前に、ラークはグッと背伸びをした。
『チョロかったな』
「いや、青魔導適性の高い人だったから、誘導が大変だったよ。彼がトーテムに覚醒してたら、逃げるしかなかったかもしれない」
脱走自体はわりと簡単にできるだろうが、その後が面倒だ。結局、ラークは素直に拘束される選択をした。
拷問に耐える手立てはいろいろあるのだが、今回はシンプルに青魔導を使っている。
『どんな夢見せてんだ?』
「もちろん、いつも通り仕事をしてる夢──僕への拷問をしている夢だよ。ただ、僕は絶対に白状しない。アルマの行方どころか『自分がやりました』とすら言わないんだ。何をされてもね」
『まーた面倒なことを』
「今はまだ前科者になるわけにはいかないよ」
そう言うと、ラークは目を閉じて小さく笑う。目蓋の裏に浮かぶのは、不器用に笑う少女の姿。
「──エルナにはまだ、教えてないことがたくさんあるんだ。クビになったら困る。ここを出たら、家庭教師に戻れるようにしておかなくちゃ」
だから、逃亡者になることなく大人しく捕まった。地下牢から無実を訴え続けることが、今できる最善だと判断したのだ。
『で? どうするよ』
「どうするも何も、突然拘束されたんだ。アルマが拐われたらしいってこと以外、何も知らない。まずは情報収集しないと」
『なら、俺の出番か?』
「うん。よろしく」
情報を集めるのは、クロバの得意とする分野だ。そもそも、ラークはしばらくここから動けない。
「──〈分裂召喚〉」
ラークの足下にマナが集まると、体長3センチほどのゴキヴリが約100体現れる。今回、クロバの身体は小さいほど、数は多いほど良い。
『そういや、食いもんと水は?』
「最低限はもらえると思うけどね。一応、適当に持ってきてよ。人間の食べ物だと助かるけど、この状況で贅沢は言わないからさ」
今さら言うまでもないことだが、食べ物が供給されずに自分で獲得しなければならない、という状況になど慣れきっている。
同級生が寮生活をしている横で、ラークはわりとサバイバルな生活をしてきたのだ。普通なら人が食べないようなモノも、だいたいどんな味か経験していた。
『嬢ちゃんに伝えることはあるか?』
「うん。そうだなぁ。ひとまず、今の状況を正確に伝えて。あまり心配しないように。それから──」
『それから?』
「念のため、絶対に一人になっちゃいけない、って伝えておいてほしい」
ラークは少し考え込む。
情報が少ない現状、先入観で下手な判断をすべきではない。が、リスクには備えておくべきだ。
「最近、妙な視線を感じることがあったろ」
『あぁ。正体は掴めなかったがな』
「取り越し苦労ならいいんだ。けど、もしもこの状況が……僕が拘束されてエルナのもとを離れる、という状況が。相手の意図通りなのだとしたら──」
『嬢ちゃんが危ない、か』
想像する。仮にエルナを狙う何者かがいたとすると。ターゲットのすぐ隣に、ラークのような戦力が常に張り付いていたら、非常にやりづらいはずだ。
ラークが疑われるようなタイミングで、身柄を拘束されるほどの事件を起こす。そうなれば、エルナの周囲には衛兵が配置されるだろう。こう言ってはなんだか、護衛としてはラークに数段劣る。
──これで、エルナを狙いやすくなる。
「という可能性もあるからな。まぁ、状況が全くわからないから、エルナには無関係に僕が拘束された可能性も高いけどさ。一応、用心しておくように伝えて」
『あぁ、伝えておくぜ』
そう言うと、クロバ達は散り散りに去ってゆく。あとは上手いことやってくれるだろう。
これで良し。
ラークはホッと息を吐いた。
『ラーク。お前、少し変わったな』
「え?」
『いや。何でもない。行ってくるぜ』
そう言って、最後の一体も去る。
残ったのは、使われない拷問道具と、眠り続けている拷問官、暇そうにあくびをするラークのみであった。