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11 ドヴネズミの美少女

 その後は大きなトラブルもなく、二人は比較的穏やかな時間を過ごしていた。


 普段は見られないエルナの表情。

 甘味屋では、花蜜のかかった氷菓子に顔をとろとろに緩ませる。書店に行けば、大好きな冒険小説の続刊を見つけて目を爛々と輝かせる。雑貨屋で小さな髪飾りを買ってあげれば、もにもにと口元を動かして恥ずかしそうに感謝を口にする。


 特に反応が良かったのは、魔道具店だ。

 店頭で大小様々な瓶に入った緑の砂──マナ結晶を見ると、エルナはラークの服の袖を強く引いた。


 そのまま店内に入っていく。


「……これは?」

「あぁ、この小さいチップが魔波発信機。隣の端末が受信機だね。何かに発信機を貼り付けておくと、受信機の矢印と数字で、方向と距離がわかるようになってる。離れすぎると使えないみたいだけど」

「……おもしろい」


 エルナは魔波発信機を手に取り、ぐるぐると動かしては受信機の反応に目を細めている。


 意外とこういう道具類が好きなのかもしれない。


「……買う」

「え?」

「……お守りに、持ってることにする。もし私がいなくなったりしたら、これで探して」


 そんな不吉なことを言いつつも、エルナは鼻歌混じりにあれこれと魔道具を物色し続ける。そして、何かと理由をつけては「買う」と宣言し、無邪気な笑みを浮かべた。


 連れ出してきてよかった。

 エルナの弾んだ表情に、ラークはそっと胸をなでおろした。



 やってきたのは、一軒のカフェだ。


 提供しているのは軽食程度だが、二階のバルコニー席はなかなか眺めがいいと評判らしい。

 昼食の時刻に合わせ、ラークは何日も前から予約を入れていた。


「確かに、いい眺めだな」

「…………うん。いい。すごく」


 建物自体が少し小高い場所に立っていて、バルコニーからは遠くの方まで街を見下ろすことができた。

 ゆったりと腰掛け、香ばしい黒豆茶のカップを傾ける。サンドイッチを口に運ぶ。


 ときおり視線が合う。

 どちらからともなく小さく微笑む。


 街の喧騒もそれはそれで楽しい。

 ただ、今のラークにとっては、エルナと静かに過ごすこの時間が、ことのほか大切なもののように思えた。



 そろそろ店を出ようか、という頃。

 突然、眼下の街の様子が変貌する。


「姫様が通るぞ!!!」


 そんな言葉に、ラークとエルナは顔を見合わせる。姫様と言っても、もちろんエルナではない。


「……アルマ?」

「そうだろうな。僕がこの都市についたばかりの時も、この騒ぎに巻き込まれたよ」

「……そう」


 バルコニーから街を見る。


 ほどなくして、騎士に囲まれたアルマ嬢が姿を現した。華美なドレス姿。小麦色の髪をくるくると縦巻きにしいて、まさに絵本に出てくるお姫様といった様子だ。


 人々の熱狂はここまで届く。

 空気の温度が上がったように感じる。


「……すごい、人気」

「だな。あの様子、何のトーテムだろう」

「…………え?」


 きょとんとするエルナ。

 ラークは首を傾げ、彼女を見返す。


「気づいてなかったのか。あの娘──アルマが好かれるのは、トーテム特性だ。好意の心波が常時漏れてる」

「…………もしかして。私と、同じ?」

「うん。嫌悪か好意かの違いはあるけど」


 今、初めて気がついたらしい。

 エルナは目をまんまるに見開いている。


 そして、どこか納得したように頷く。


「……ハムスタア」

「ん?」

「……アルマの、トーテム。ハムスタア」

「なるほど。やたら好かれるわけだ」


 つまり、ドヴネズミとハムスタアの双子なのだ。

 よく似ているのに、かたや薄汚いと嫌悪され、かたや可愛らしいと愛でられる。これまでずっとそうだったのだろう。


 遠くからアルマを眺める。

 周囲から嫌われているわけではないが、あれはあれで大変なこともあるのかもしれない。


 エルナを見れば、ただ静かに、なんだか複雑そうな顔を浮かべていた。




 人の波が引いてからカフェを出る。

 のんびりとした昼下がり。緩い空気が人々を包み込み、街全体がまどろんだ雰囲気になっていた。


「そういえば、エルナ」

「…………なに?」

「ワンピースを買った服屋なんだけど。その店のオーナーが、街に来るときには立ち寄るようにって言ってたんだ」

「……?」

「着てるところを見たいんだって」

「…………うん。いい。けど」


 ほんの少し、エルナの顔が曇る。

 ラークは首を傾げて言葉の続きを待つ。


「……落胆、させる」

「落胆?」

「…………着てるのが、私だから」


 そんなことはないだろう。

 そう思うが、エルナの気持ちもわかる。


 常に双子の妹アルマと比較され、薄汚いと言われて育ってきたのだ。


 今さら、嫌悪感を制御できたところで、そう簡単に自分に自信など持てない。他人から可愛いなどと言われても、お世辞だろうとしか思えない。おとぎ話のお姫様を夢見ることはあっても、実際にお姫様の扱いをされると「嘘だろう」としか思えないのだ。


 それでも、ラークが言うべき言葉は決まっている。


「自信を持って。エルナは……可愛い」


 顔の火照りを自覚しながら告げる。


 そもそも、家庭教師という仮面を被っているからこそ普通に接していられるのだ。

 ずいぶん仲良くなったとはいえ、同年代の異性に向かってこんなことを言うのは、明らかにラークのキャパシティを超えている。


 一方のエルナは、特に嬉しそうにするでもなく、キョロキョロと周りを確認する。


『どうした、嬢ちゃん』

「……また、誰かに、つけられてる?」

『いや、今は気配はないぜ』

「ふーん」


 全く本気にしていない。

 ラークの言葉は響かなかったらしい。



 服屋の扉を開ける。

 目の前に飛び込んでくるのは、お洒落な服を格好良く着こなした人形。色とりどりの布地。様々な形の靴。


 怖気づいたのか、エルナは一歩あとずさる。


「……だめ。無理」

「エルナ?」

「私には…………まだ早い。三十年早い」


 石像のような顔で呟いた。

 体中がガチガチに固まっているようだ。


「ほら、オーナーさんに服を見せないと」


 明らかに挙動不審だった。

 出口とラークを交互に見る。お洒落な人形に顔を向け、ブンブンと首を横に振り、小さな物音に反応して背筋をビクッと震わす。玩具の兵隊のように、肘と膝をピンと伸ばしている。


 ラークは石像エルナの背中を押して進む。


 棚の間を通り店の奥へ。

 すると、どこからともなく大柄な人影が現れ、ラークを見てぴょんと跳ねた。


「あらやだぁ! ラークちゃん!!」


 野太い声が店内に響き渡った。


 大きく立派な筋肉だ。

 男らしいガッシリとした顔に魅惑的な化粧を施し、身体をクネクネとしならせ、少し湿った感じの茶髪を豪華に盛っている。

 割れたアゴの青ヒゲと、情熱的な赤いドレスのコントラストが目に眩しい。


 ゴルリア・マッチオさん。

 この店のオーナーである。


「あら! その娘がラークちゃんの彼女ね。エルナちゃんだっけ。想像してたより可愛いじゃなぁい! アタシのデザインしたワンピースをここまで可愛く着こなすなんて、感激ー!!!」

「あの、彼女じゃなくて──」

「いいのいいの、照れないの。ふふ。でも、そうねぇ……」


 エルナの石像化は解けていない。

 ゴルリアさんはそんな彼女を眺めながら、うんうんと唸り、しばし目を閉じる。


 ──パチン。


 小気味よく指を鳴らし、ニヤリと笑う。


「エルナちゃん。こっちにいらっしゃい」


 そんなセリフとともに、石像エルナが運ばれていく。ラークはただ、その様子を見ていることしかできなかった。



 店の奥の一室。

 エルナは鏡の前に座らされる。と、両肩をトンと叩かれ、少しだけ石像化が解ける。


「さて。エルナちゃん」

「…………は、はい」

「あなたみたいな娘を見るとね。アタシもう……我慢ならないのよッ!」

「…………あの」


 ゴルリアさんの顔に迫力がこもる。

 般若のような恐ろしい顔だ。


 動揺からだろうか。

 エルナは声が出せない。


「あなたね、素材はすっごく可愛いの。嫉妬しちゃうくらい。それなのに、全く調理されてないわ」

「……調理?」

「侮辱よッ! あなた自身の中にいる、オンナに対しての侮辱。これまでの人生、一体あなた何してきたのッ!!?」

「……え……侮辱……オンナ?」

「解き放つわよ、あなたのオンナを。見せつけてやりなさい、あの鈍感なトウヘンボクに。そのためのアレコレは、私が教えるわ」

「あ………はぁ」


 そう言うと、ゴルリアさんはウィンクし、クネクネしながらエルナの顔や髪をいじくり回し始めた。



 どれほど待っただろうか。

 女性服ばかりの店で一人待つ居心地悪さは、永遠の牢獄に閉じ込められた囚人の気持ちを思わせた。


 実際は10分ほどだっただろうが。


「…………ラーク」


 その声に、なんの気もなく振り返る。

 そこにいたのは──。


「エルナ……?」


 ラークは言葉を失う。


 何万年に一人、いるかいないか。

 こんな美少女が存在して良いのか。


 化粧など全くしていなかった顔は、頬や唇がほんのり色づいて華やかになり、もとから大きかった目元には何かを訴えかける力がこもっている。決して濃くはない、あくまで自然な範囲でのメイクだ。

 ざっくりとポニーテールにしていた長い髪は、毛先の傷んでいたところだけ切りそろえられ、丁寧に編み込んで後ろでまとめられていた。


「…………ラーク」

「あ、あの──」

「うん……魔法、みたい」


 ラークの感想は、ちゃんと言葉にならなくても、表情や仕草で十分伝わったのだろう。


 エルナは少し照れたように顔をそらし、嬉しそうにそわそわして、ラークの方へと遠慮がちに一歩ずつ近づいてきた。


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