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鬼というただ一つ 2

咲桜夜さあやと別れた晴明は、その後、ある知り合いの元へと立ち寄っていた。

五芒星の描かれた門を潜り、目当ての人物を探す。

ちょうど、梅の木の下、縁側の端っこにある小さな茶室に、その人物はいた。


「久しいな、芦屋」


その人物こそ、晴明のライバルであり親友、芦屋道満であった。


「ああ、半月ぶりか」


道満は、まだ異国から入って来たばかりの煙草を左手に持ちながら吸い、右手には筆と、霊力の込めたスミで護符を書いているところだった。

晴明は、どちらかというと地味な…星読みや結界術といったものを得意とするが、道満は、まぁ、どちらかと言うと呪術を得意とする、が、…二人とも感覚派なので結局何でもできてしまうと言うのが現状である。


晴明は、道満の横に腰掛けると、咲桜夜から感じた小さな違和感をポツリ、ポツリと語り始めた。


「…まだ、憶測なのだが…今日、桜月姫から、霊力の残りカスを感じた」


「…? 普通だろ? あそこの家は帝と彰子姫が見鬼けんきの才を持ちその娘や息子も何人かその才を受け継いでいるのだから」


誰かの霊力を浴びたのではないか?と道満は続けるが、晴明はフルリと首を横に降る。

それはありえない、と。


「いや、それは無い。彼らは誰も、術を使えなかったはずなんだ。なぜなら私は今日、宮廷に、霊力封じの術を結界に混ぜて来たのだから」


そう、晴明が咲桜夜に感じた小さな違和感、それは『霊力』。

確かに、魑魅魍魎、蠢くこの平安、誰かから浴びたのかもしれないし、何かのお守りなのかもしれない。

だが、これほどまでに強くビシビシの感じるような霊力を、清明は、生まれて早二十年ほどだが…数名からしか感じたことはなかった。

さすがに、そんな人物が宮廷にいれば、その人物の霊力くらいは覚えているはずだ。


「それはーー」


「だからもし、桜月姫が霊力を浴びたのだとすれば、妖からか、もしくは…自分のか」


「おい待てよ。桜月姫様は、見鬼の才も霊力も無かったはずだろ?」


「ああ、そのはずだ。だが、もしかしたら…」


「…あー、はいはい。そんなに心配なら式神でも見張りにつけとけば?」


「…………ぁ…忘れてた」


…案外晴明は、ドジらしい。




ー宮殿、咲桜夜の部屋にてー


「桜姫様、少しよろしいですか?」


「……少し待ってね。…晴明の結界に触らないようにして待っててください」


「了」


咲桜夜は、夜天が来たことを悟り、動きやすい着物に着替えて結界の外へ出た。

晴明の結界は、建物から一メートル弱くらいのところで途切れているので、それくらい離れれば妖と話す事ができる。

否、夜兎の眷属である妖、妖怪レベルになれば晴明の結界程度越えることなど容易いだろうが、バレる可能性が高まる為の処置だったが、これは正解だったのだろう。

何故なら晴明は今、感知度をMAXにする程に、結界に気を張っているのだから。


「我が主人、氷矢様から貴女様を守るよう命じられました」


「…そう、氷矢から…。わかりました。出来るだけ隠密しながらその任務に当たってください」


「了」


「それじゃあ、よろしくね」


そう言うと、咲桜夜は夜天から離れ、御簾を閉じてから、兄である夜兎の髪を媒介として作られた小さなお守りを胸に抱きながら微睡みへとおちていった。



朝、咲桜夜が目覚めると、母屋の外が慌ただしく騒いでいた。

気になって近づいてみると、そこには小さな妖の…雛がいた。

それも、吉凶をもたらすと言う金鶏きんけいの美しい雛。


「…兄様…アレは何?」


ひとまず咲桜夜は、自分の兄である、師実に答えを求める、が、咲桜夜は聞いた後になって自分のした事を後悔した。


「…桜月、あの妖が見えるのか?」


「…っ……(やってしまった…どうしましょう…)…アレは、妖なのですか? 綺麗ですね」


「桜月と相性が良く同調しているのか? いや…しかし…」


「(もぅ、ここはごまかしましょう)私、あの鳥が飼いたいです。良いですか?」


幼い金鶏は、濁った霊力や、禍々しい妖気に当てられて、衰弱しきっている。

多分、親鳥が死んだか居なくなったかで、神聖な森を追い出されたかわいそうな鳥なんだろうな…。

と、咲桜夜は少し考えて、もう一度金鶏を見た。


弱って居ながらも、毛並みの揃った美しい金の羽。

小さいながらも、強く、清い霊力。

何と言ってもその鳴き声は、聴いたものを惑わせるほどの能力を持っていると言う。


「あ、あの鳥を、か…?」


「はい! 私…兄様たちと違って、妖怪の他類が見えないので…調伏するときも、何をしているのかわからないのです」


「桜月…」


「ですが、あの鳥と、心を通わせれば、もしくはあの美しい鳥がその様子を教えてくれるかも知れません」


咲桜夜は、精一杯の感情を込め、師実にお願いしてみる。

師実は一瞬「うっ」と目をそらし…最後には諦めたようにコクリと頷いた。


「ありがとうございます! 兄様!」


「だが、俺の一存では決められないぞ。父上や母上にも聞いて見なければ」


だが、師実の事を兄弟の誰よりも信頼しているその本人の口添えがあれば、金鶏の雛を飼えるようになったことは、ほぼ確定と言っていいだろう。


「それでも、ありがとうございます」


咲桜夜が、少しいたずらっぽく笑ってから、ぺこり、と頭を下げるようにして言えば師実は満更でもないような顔をしながらも、苦笑いをする。

「桜月には敵わないな」と。



結局、念願叶って金鶏が飼えるようになった咲桜夜は、弱ってしまったその霊力を、回復してあげようと治癒術を発動したところで気がついた。

ここには、霊力封じがされている、と。


「…しょうがないわ…外でやりましょう」


咲桜夜は、柔らかい羽毛のクッションに乗せている金鶏の雛を連れて、夜天がいる場所の側まで足を運ぶ。


「金鶏の雛さん。あなたにお名前はないの?」


「ぴー、ピィーピイ」


「…みやび?あなた雅っていうのね」


これは、咲桜夜の固有能力の一つで、動物と、言葉を交わすことのできる力。

鬼でありながらも、人として生まれた咲桜夜ならではの能力であろう。


「ほら、これをお食べなさい。私の霊力をたっぷり練り込ませた砂糖菓子よ」


「ピーピィ〜〜!」


「そう、美味しいのね。良かった」


心底ホッとしたように咲桜夜は笑い、ふと、昨日のうちに書いておいたある手紙を夜天に渡した。


「…これは?」


「報告書です。兄様への…いつもは自分で行くのだけれど今は監視が厳しいし、雅のこともあるから……ですが、できるだけ早く帰ってきて下さい」


「了」


返事をした夜天は、次の瞬間には其処には初めから何も居なかったかのように消えていた。

夜天は、化けからすの妖怪である。

化け烏というのは、天狗の下種で、天狗の光速とまではいかなものの、音速で空をかけることのできる妖だ。


妖力を蓄え続ければやがて、天狗となり、金色の全てを見通す千里眼を手に入れることができる。


「さぁ、雅。部屋へ入りましょう」


「ピィピィー」


「はいはい、今度ね」


咲桜夜は、雅と楽しげに自室へと入って行く。

本来、女である藤原桜月として過ごす咲桜夜は御簾を閉じ、出てはいけないはずなのだが……咲桜夜自身は、特に気にしていないようである。


「今頃、兄様や私の眷属はどうしているのかしら…」


ふと、咲桜夜の口から漏れた呟きは、誰の耳にも届かぬままに風に身を任せ、散っていった。


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