八話 「異世界の設定が壮大過ぎて、正直ついていけません」
一応注意ですが、私が超まったりペースで更新(止まっているなど認めない)している別作品のネタバレ入ってます。
異世界の設定は、今作品内の今後の展開上、特に重要にはならないはずなので、読み飛ばしていただいても結構です。
「で、アンタ誰? 名前は?」
とある洋風の個室。
……いや、よくよく見たら洋風というわけでもなさそう。
盆栽っぽいものとか置いてあるし、他の調度品なんかも日本風が混じってなんだかチグハグな印象を受ける。
そんな彼女の(恐らく)自室に連れられて、僕は開口一番ヒドイ質問を投げつけられていた。
「えーと……君は?」
質問に質問で返す僕。
あの青い巨大狼を倒してからというもの、なんだか驚く他の少年少女達の視線を浴びながら、僕と赤毛の少女は連れ立って闘技場を後にした。
その際、少数混じっていた大人の人と赤毛の少女が何だか会話をしていたけれど、正直僕にはチンプンカンプンだった。
“召喚”だとか、“契約”だとか、色々な単語が飛び交っていたけれど、どうやら彼女は正式な手続きを踏まずに僕を喚んだそうで、それを大人に攻められていたようだ。それくらいの事しかわからなかった。
“自室に戻って契約を済ませます”とツッケンドンに言い放った彼女は、そのまま隣の建物の寮っぽい(推定)自室に僕を連れ込んだというわけだ。
つまりこの流れからして、彼女は僕と何らかの“契約”を結ぼうとしているわけだよね。
“契約”と言うからには、古来から“名前”が重要な役割を持っていたりする。
あ、ちなみにこれは鬼ババア知識ではなく漫画知識です。深い意味はありません。
とにかく僕は、無難に名を名乗らず、先に彼女の名を聞いてみたのだった。
「……私は、サンドボーラー魔術学院、召喚魔術学科一年のシーラ=アズナヴールよ」
赤毛の少女───シーラは、憮然とした態度とは裏腹に、意外と素直に答えてくれた。
……いや待って、魔術学院ってなんだろう?
「えっと、シーラさんね、よろしく。僕は南 千曲って言うんだけれど…………“魔術”って何? ……いや、それよりもとりあえず、ここはなんて国?」
あちらが名乗ってくれるならば、変なこだわりは捨てて名乗り返さないわけにはいかない。
“魔術”とか、“召喚”とか、色々と気になる単語が飛び出た所ではあるのだけれど、まずは現在位置の確認を優先しよう。
国名がわかれば、ここがどこだかわかるかな。
それにしても、学院ときたか……。
皆着ていたお揃いのローブっぽい服は制服ってわけだ。
まぁそんな外国の学院名を聞いた所で、僕が知っているわけがないので状況把握に何の進展も無いのだけれど。
「シーラで良いわよ……って、“ミナミ”!? アンタ今、“ミナミ”って言った!?」
お返しに僕が名乗ると、彼女は僕の名字に強い関心を抱いたらしい。
なんだなんだ、こんな外国の辺境(偏見)で、どこぞの南さんに心当たりでもあるのだろうか。
……なんだろう、すごく嫌な予感がする。
「今から言う質問に答えなさい。貴方の親族に……そうね、サクラという名前の兎妖精族はいるかしら?」
有無を言わさぬ剣幕で、こちらに身を乗り出すシーラ。
サクラ? プーカってなんだろう?
あぁ……、わけわかんない状況だけど、この娘も美少女なんだよなぁ……胸無いけど。
ここまで顔を近づけられると意識してしまう。今更ながらに緊張してきたかも。
「サクラっていう子は、親族にはいない……と思うよ、多分。それより僕の質問なんだけど、ここってなんて国?」
「ここは魔導大国ブリームの首都アルフォンシーノよ。……では、チトセという人物に心当たりは? ……いえ、どうかしてた。こう聞けばいいのよね。貴方の出身国の名は?」
むむ……。
まったく知らない国だ。
とはいえ、僕は世界中の国名を覚えているわけでもないし……いや、でも魔導大国なんて名乗る国が現実にあるかな?
それに実は今更ながらに気づいたんだけど……目の前の少女はもちろん、あの美男子も、闘技場の大人の人───今までの話を統括すると、恐らく教師かな?───だって、流暢に日本語を話していた。
そんな如何にも日本と密接な関係がありそうな国、知らないなんてことあるのかな?
それに、彼女の質問。
チトセと言えば、僕の父の名前ではあるけれど。
僕の父は過去に世界中を旅していたという話は聞いているけれど、今は普通の会社員のはずだ。
もしかして、昔ここに立ち寄ったことがある……とか?
「チトセと言えば、一応僕の父の名前がそうだけど? 出身国は日本って言う、こう白地の中心に赤い丸が乗ってる感じの国旗なんだけど……」
「息子ッ!? 貴方、あの戦神チトセの息子だって言うの!?」
「……はいぃ?」
父ちゃん……アンタ、外国でなんばしよっと……。
◆◆◆
落ち着いてシーラと対話をしてみると、いくつかの事がわかった。
一つ、ここは惑星上のどこを探しても日本などという国が存在しない異世界だと言うこと。
一つ、この世界には“戦神”、“魔神”、“竜神”、“星神”と呼ばれる四柱の神が実在すること。
一つ、初代戦神である“南 千歳”がこの世界を去った後、その一人娘だという“南 桜”という人物が二代目戦神として崇められているということ。
一つ、初代戦神の行方については諸説が存在し、その中で“初代戦神は神国日本に帰還した”という説の信奉者(?)であるところのシーラが周囲の嘲笑も何のその、なんと恐れ多くも戦神の召喚を試みていたらしいということ。この世界の人の価値観はよくわからないけれど、信者なんだか神をも恐れぬ狂人なのか、もうよくわからないね。
うん。
壮大な設定すぎて、もうわけがわからないよね。
父さんが神様って言われてる時点でもうピンとこないのに、極めつけには見知らぬお姉ちゃんご登場だしね。
「かつて、初代戦神には11人の弟子がいたと言うわ」
戦神と11人の弟子、ねぇ……。
それはまた、一気に登場人物が増えたものだ。
……ん?
戦神って、父さんなんだよね?
で、母さんの師匠は父さんって言ってたよね?
いやいやいや、まさかね。
「私のお婆ちゃんはね、大昔になんとその9番弟子に当たる───かの有名な“狂狩人 クク=リキッドアンバー”とコンビを組んでハンターをしていたのよッ!」
うん、知らんがな。
今はそんなどこぞの狂狩人さんのことはどうでも良いです。
そんなことよりも、物凄く重要な事に気がついてしまったんだもの。
もしかしなくても、これは母さんまで登場するのでは……。
もう僕の頭はいっぱいいっぱいだよ。
「そんなことよりッ! 貴方……チクマと言ったかしら、戦神チトセの息子ってどういうことかしら!?」
結局話はそこに戻るわけか。
まぁ聞けば聞くだけ、ペラペラと情報を話してくれたわけだしね。
僕も相当に混乱しているけれど、その点に関してのみ彼女には恩を感じなくはない。
彼女は僕のこの状況の元凶とも言えるわけだけれど、少なくとも悪意を感じることはないし。
「うーん、まぁ僕の父さんがその戦神って確定したわけじゃないというか、まぁ認めるしかない気がしてる自分もいるわけだけど認めたくないというかなんというか……」
「いいえ! 貴方が住んでいた国が、ニホンだと言うのであれば矛盾は無いわ!! ……あぁ、やっぱり初代戦神は神国ニホンに帰還していたのね……。あたし、戦神の4番弟子で冒険小説家の“大魔道 エラルド=V=フロストナーゼ”が残した“神話伝記”の大ファンなのよッ! 不老不死の戦神チトセをめぐり、その11人の弟子が四柱の神々に挑む、史実に沿った全六巻の大スペクタクルストーリーッ!! 最終章のラストでは何とあの生涯のライバルである“神の子 サクラ=ミナミ”と“白鬼姫 アスカ=ミヤモト”が組んで……ってダメね、これはネタバレ無しで貴方にも読んでもらいたいわ。 とにかく、最終話の後の戦神の行方が、その“神話伝記”には書いてないの……史実を検めようにも、お婆ちゃんは数年前に亡くなってしまってクク様の行方もわからないし。というか神話の登場人物達は誰も彼もが神出鬼没で、直接御目に掛かるだなんてそれこそ宝くじに当たるより難しいもの。これはもうあたしが召喚魔術を極めに極めて、念願の“戦神召喚”を果たすしかなかったわけで……」
……うん。
どうやらシーラは、なんというか歴女の類らしい。
見た目は活発系赤毛美少女なのに、なんかこう神話同好会的なサークルにでも入ってブツブツと訳の分からない言葉を呟きながら資料を読み漁る姿が想像できる。
っていうかやっぱり出てきたよ。母さん。
飛鳥って、もしかしなくても僕の母さんだよ。
旧姓は宮本だって話も、本人から聞いたことがある。
“白鬼姫”って……。
そんな恥ずかしい二つ名もらって、異世界で神話にご登場だなんて、アンタもなんばしよっとよ……。
「…………その“白鬼姫”さんって、もしかしなくても本気を出すと頭から二本角が生えちゃう系の人?」
無駄だとわかっていても、そのまま受け入れるのを躊躇って僕は最後の確認をしてみる。
「本気を出すとってのがよくわからないけど……“白鬼姫”は確かに二本角種の鬼人族と言われているわね。彼女は別名で“魔法使い”とも呼ばれているけど、そこは諸説があるわ。神話の始まり、“初代魔神マーリン”の手によって“魔術”が普及してから徐々に廃れていったという“魔法”……。そんな失われた技法を、なぜ“白鬼姫”が…………」
うん、確定ですね。
っていうか気づけよ僕。
頭に角が生えてるなんて、どう考えても人外じゃないか。
絶対これ、その“魔法”だかなんだかって不思議パワーで正体を隠して日本に隠れ住む系の人外ヒロインじゃん。ヒロインって何だよ、母親にヒロインとか気持ち悪いよ。何を言ってるんだ僕は(錯乱)
鬼ババアって、比喩じゃなかったよ。本当に鬼だったよ。
いや、ちょっと待って。
またしても、ものすごい事実に気づいてしまったんだけれど……。
「……ってことはさ、僕も半分は異世界人ってことじゃん。ハハッ……ハハハ……、こんなの、“普通”じゃないよ……」
未だに興奮状態でまくし立てるシーラを放置して、僕はズルズルと深くイスに座り込んだ。