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三話 「ボクは全てを知っている」

美加子side




 「もしもしー! キミはもしかして新入生かな!?」



 ボクは、校舎の入り口で熱心にプリントを見ているとある男子生徒に声を掛けた。


 (みなみ) 千曲(ちくま)

 彼のことは、実は声を掛ける前から知っていた。


 なぜならボクは一年前───彼が中学三年生になった頃から事件を調べていたからだ。いや、正確には彼自体を調べていた。


 当時新入部員にして新一年生だったボクは、記事にはされなかったものの新聞部の過去のデータとして残っていた事件の詳細───ひいては彼のプロフィールを漁ってワクワクしたものだった。


 曰く“超人”、曰く“魔王”。


 事件直後にスクープを聞きつけて取材に向かった新聞部員の尾行を尽く看破し、追い返していたという事実を知ったというのもある。



 “当事件に置いての一切を記事にせず、彼に関わらざるべし”



 もう卒業していった、当時の部長の言葉だ。

 新聞部に残るデータ以上の()()を現場で見たのであろう、元部長の結論は“彼を下手に刺激せず、関わらないこと”。


 彼が中学二年生の初めの頃に起きたという(くだん)の事件から既に1年の時が経過していたが、結局彼の“超人”たる所以、彼自身の謎は何一つ詳らかにされていない。



 「えっと、はい。まぁ新入生ですけど」



 目の前の男子生徒は、“超人”とも“魔王”とも思えない、ぼんやりとした仕草で応える。


 でも、1年も彼を追いかけていたボクは知っている。


 実は彼が、事件以降孤立した事を後悔していること。

 時折、羨ましそうに友人の輪を眺めていること。

 根はとても、とても優しい人物であること。


 当時のボクは未知への期待を抱き、密かに自信を持っていた探偵業を営む実家仕込みの尾行術を部内に示そうと、新聞部の禁を破り彼を追い始めた。


 最初は何度気配を察知されたことか……姿を見られなかったことだけでも今では軌跡だと思う。


 肉眼で彼を捉える事に限界を感じたボクは、実家から持ち出した数多の電子機器を使いこなし、彼を観察した。


 交差点の老人や、道端の小動物を助けるだなんてベタな良い人エピソードはもちろん、取り分け記憶に焼き付いているのは、交通事故現場に居合わせた時の彼の行動だ。


 あれは彼が中学三年生の夏の頃───下校中、狭い割に車通りの多い道路に横一列になってお喋りに興じる三人の女生徒の背後に、居眠り運転の大型トラックが突っ込んできたのだ。


 すると、50メートル以上後方を歩いていたはずの彼の姿が突然ブレ、未だトラックにも気づいていない女生徒らの背後に現れた。


 彼は走行中のトラックの正面に立ち、ぬるりとした動きでバンパーを掴むと、なんとトラックをそのまま上空に投げ飛ばしたのだ。


 走行の勢いも相まって軽々と女生徒らの頭上を超えたトラックが、民家の塀を破壊しながら停止すると、彼は硬直する女生徒らに背後から語りかけた。



 “気をつけた方が良いよ、ここは意外と車通りが多いから”



 振り返り、ようやく彼の姿を視界に収めた女生徒らは、みるみると顔面を恐怖で塗りつぶして逃げ帰った。


 彼を追い始めて8ヶ月、まさに“超人”的な映像を捉えることに成功したボクは、この時、自室のモニター前で狂喜乱舞したものだ。

 さぁ、この“魔王”による特大のスクープ映像をどの様に部内に披露しようか、と考えている途中、しかしボクは冷水を被せられた様な感覚に陥った。

 事件に直面した彼ら彼女らが口を揃えて恐怖心を抱き、彼を“魔王”と表現するものだから変に固定観念を持っていたけれど──────



 (あれ? この子、めちゃくちゃ良い子なんじゃないかな……?)



 遠く離れた別カメラが捉えた、女生徒の“トラックを投げてた!”、“もしかして、私達を殺……”、“なんで!? あの時無視したから!?”という言葉に、ボクは憤りさえ覚えた。


 女生徒を助ける、というそもそもの事件の発端を考えれば、誰もが自然と行き着くはずの結論に、ボクは、その時点でようやく思い至ったのだった。


 それまでに彼が見せた物悲しそうな仕草の理由を理解したボクは、そっとその映像データを削除した。



 「ボクは2-Bの御剣(みつるぎ) 美加子(みかこ)! 新聞部で副部長をしています! 遠慮なく“美加子先輩”って呼んでいーよー! 突然だけど君は新聞部に興味はないかな!? 校内、校外に限らずあらゆるニュース、スキャンダルを盗撮……もといパパラッ……もとい取材し、学園生徒のあらゆる秘密を握って学校を裏から牛耳るも支配するも貴方次第! そしてーーーー!! なんとなんと! もし今君が新聞部に入ってくれたら特別にボクの事を“みーちゃん先輩”と呼ぶ権利を贈呈します! どうかなどうかなー!?」



 彼と正面切って話してみたい。

 叶うなら友人として、関わってみたい。

 なんだったら、それ以上だって──────


 いつしか抱くようになったそんな感情を抑える事ができず、ボクは早口でまくし立てるように自己紹介をした。



 「僕の名前は(みなみ) 千曲(ちくま)です。部活動のことなんですが、まだ決めかねていて……新聞部って部員数はどのくらいいるんですか?」



 どうやら千曲(ちくま)君は、部活動自体に入るつもりはあるらしい。

 やっぱり、あのままじゃ寂しいよね。千曲君も、この高校入学を機にどうにかしようというつもりではいるみたい。


 あんな力を目の当たりにされて、孤立してしまうのは仕方がないことなのかもしれないけれど、誰もあんなに優しい彼の本当の姿を知らないままだなんて、そんな悲しいことはないよね。



 「ほほーう……キミがあの、千曲(ちくま)君ね」



 ボクは、さも今初めて彼を認識したかのように相槌を打つ。

 顔がニヤけてしまったのは、自分の見てきた彼の本当の姿が間違いじゃなかったことに対する嬉しさを隠しきれなかったせいだ。



 「身長169cm、体重61kg、光陵中学校卒業。中学時代、とある女生徒と不良生徒のいざこざに介入。不良生徒の恫喝に対し、余りに凄惨な暴力と、強烈な威圧行為によって女性とを含む当事者達に加え、現場を目撃した生徒達は失神・失禁を起こす者多数……以降、学校生活で孤立する。なお事件後、不良生徒は転校、彼の所属していた地元の不良グループは謎の解散を遂げている……」


 「ヒィ!?」



 まるで得物を咥えて主人に見せびらかす猫のように、今までの成果を滔々と語る。ああ、きっと今ボクはドヤ顔なのだろう。


 こう言ってしまっては何だが、ボクも“普通”じゃない。


 盗撮紛い───というか、盗撮そのものな大量の監視カメラはもちろん、GPS機器、盗聴機器、追跡アプリをも駆使する新聞部部員など、他にはいない。


 最早犯罪である。この一年間、尽く失敗する尾行からくる意地と、未知への好奇心で、僕は躊躇いなくそれらの手段を用いた。



 “彼と正面切って会話し、友人となる。それを機に止めるんだ”



 そんな言い訳を心の中で繰り返しながら、部活動の一貫を逸脱し、犯罪行為に手を染めていたのだ。

 まずはそれを彼に告白し、謝ってからキチンとした関係を築くべきだ。


 ……だけど、その前に───“超人”たる彼を相手取り、自分が得た成果を自慢した。

 したくなってしまった──────



 「だから、なんですか? 僕の過去を吹聴して回って、また僕を孤立させますか? どうぞご自由に。ただし、その瞬間から新聞部は僕の敵です」


 「あ……!」



 ──────失敗した。



 彼の後悔なんて、とっくの昔に理解していたはずなのに。


 ボクは、ボクも“普通”じゃないんだよ、などどいう後ろ向きな同族意識を持ってもらおうとした自分の下心を心底恥じた。


 彼が“普通”でないことを誇ったことなど、一度もないと知っていたはずなのに。


 ボクは、直前まで聞こえていた喧騒が遠い世界のことに感じるくらいの衝撃を受けて、人混みの中で立ち尽くしていた。


 

 「……謝らなくちゃ」

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