二話 「やられっぱなしじゃ、面白くはないよね」
「新入生代表──────中西 穂乃果」
「はい」
体育館内は式典特有の厳かな雰囲気と、新生活に期待を寄せる新高校一年生達の抑えきれないざわめきが混じり合う独特な空間となっていた。
(新入生代表……かわいいなぁ)
新入生代表の中西さんは、小柄な黒髪ロングの女生徒だった。
壇上に上る階段に足をかけるのも、どこか苦戦しているように見えてしまう。
(ラブコメもいいなぁ……)
突然だが、僕は強い。
自分で言うものなんだが、あの親にしてこの子あり、ビックリ人間の類だ。
中学の頃に一度やらかしてからは、ネットゲーム内のフレンドだけが僕の友達となった。
しかし、付き合うだとか、恋愛だとか、ヤっただのヤってないだのだとか、人並みに興味を持つのが思春期の男子というものだ。
地元とはいえ中々の偏差値を誇るこの高校に、同じ中学の連中は意外と少ない。
僕のリサーチによれば、3~4人といった所だ。
本当はまったく誰もいない新天地に通うことも考えたのだが、通学時間を考えたらここがベストだった。
それなりに勉強も苦労して入ったことだし、ここなら彼女とかできるかもしれない。
「………フフフフ……フハハハ……」
思わず漏れてしまった忍び笑いに、左右の席に座る男子生徒から訝しむ視線が飛んできたのを感じたが、僕は動じない。
伊達に長年ぼっちはやってないのだ。
他人の視線を気にする段階はとうに過ぎ───っと、いけないいけない。
僕は両サイドの男子生徒に視線を送って照れたように微笑むと、彼らは苦笑を返す。
(ぼっちも超人も、もうやめやめ。僕は“普通”の男子生徒として、ラブコメをするんだ)
“普通”じゃないから、僕は浮いていた。
もちろん、危機に際して力を振るう事に躊躇いは無いけど、中学の頃は見せ方も悪かった。
精神年齢に対して分不相応な力を持って、僕は自惚れてしまっていたんだね。
暗黒の中学時代という痛い目はもう見たことだし、この高校入学を節目に僕はリアルも充実させてみせる。
集団生活の中で“普通”という事が如何に尊いものなのか、僕は理解したんだ。
計画に沿って放課後に遊ぶ時間ができるならば、それを共に過ごす友達だって欲しいし、デートする彼女だって当然欲しい。
ならば、学校生活も充実させたい。
ネットゲームをする時間の確保も大事だけど、どの道学校では短くない時間を過ごすわけだしね。
◆◆◆
「ふあーーっ……」
僕はガヤガヤと人でごった返した校舎の前で日を浴びながら欠伸を一つ漏らす。
下駄箱のある入口からでも、校門まで続く道に桜が舞うのが見えて、なんとも気持ちがいい。
「僕は……1-Aか、当然名前を見ても一人もピンと来る人はいないけど……、とりあえず同じ中学のヤツらはいなさそうで良かった」
入学式前に受付で渡されたプリントにようやく目を通す。
どうせ入学式の注意事項だとか、次回登校日とかが記載されてるだけと思ってポケットに入れて持っていたけども、まさかこのプリントにクラス分けが載っているとは。
僕のイメージではこう、校門前にデカデカと張り出されたりする感じだと思っていたのだけれど。
「もしもしー! キミはもしかして新入生かな!?」
プリントに目を通して安堵の息を吐いていると、ハイテンションな女生徒に声を掛けられた。
染めているわけではなく生来のものなのであろう自然な茶色がかったミディアムに、敬礼をするように白い手を添えている。
「えっと、はい。まぁ新入生ですけど」
恐らく、僕に同伴の保護者がいないことを見て確認したのだろう。
校舎出入り口の周りでは、早くも上級生による部活動の勧誘合戦が始まっているようだ。
僕の応えに、大袈裟に“おおぉーーー!”と驚いてみせる、この……ハイテンション先輩(?)も、何かしらの部活に所属していて勧誘に回っているに違いない。
うむむ……そういえば、どこの部活で幽霊部員になるのか決めてないぞ……。
できれば活気のない、且つそれでいて一人ぐらい来なくなっても気づかれないぐらいには部員数のいる部活が良いのだけど……。
「ボクは2-Bの御剣 美加子! 新聞部で副部長をしています! 遠慮なく“美加子先輩”って呼んでいーよー! 突然だけどキミは新聞部に興味はないかな!? 校内、校外に限らずあらゆるニュース、スキャンダルを盗撮……もといパパラッ……もとい取材し、学園生徒のあらゆる秘密を握って学校を裏から牛耳るも支配するも貴方次第! そしてーーーー!! なんとなんと! もし今キミが新聞部に入ってくれたら特別にボクの事を“みーちゃん先輩”と呼ぶ権利を贈呈します! どうかなどうかなー!?」
キャラが濃いよ!!
学校生活初日の初めての出会いで、いきなりすごい人と当たってしまった……。
なんだかちょっと心惹かれる権利の贈呈と同時に、めちゃくちゃ不穏な言葉が散りばめられていて、なんとも反応に困るし……。
ていうか牛耳るも支配も変わらないでしょうに。もしかして、この学校を今現在新聞部が支配しちゃったりしてるのかな?
「僕の名前は南 千曲です。部活動のことなんですが、まだ決めかねていて……新聞部って部員数はどのくらいいるんですか?」
とりあえず、無難な返事をしておこう。
運動部は僕の身体能力的に嫌でも目立ってしまうこともあるかもしれないし、元々文化系の部活に入る事は決めていた。幽霊部員にもなりやすそうだし。
それでいて部員数が多くて、且つ拘束時間も短ければ言うことない。
「ほほーう……キミがあの、千曲君ね」
ハイテンション先輩───もとい、美加子先輩は、僕が名を告げると顎に手をやって怪しく目を光らせた。
どうしよう、ものすごく嫌な予感がする。
「身長169cm、体重61kg、光陵中学校卒業。中学時代、とある女生徒と不良生徒のいざこざに介入。不良生徒の恫喝に対し、余りに凄惨な暴力と、強烈な威圧行為によって女性とを含む当事者達に加え、現場を目撃した生徒達は失神・失禁を起こす者多数……以降、学校生活で孤立する。なお事件後、不良生徒は転校、彼の所属していた地元の不良グループは謎の解散を遂げている……」
「ヒィ!?」
なんでこの人こんな詳しいの!?
ていうか、失禁って僕ですら今初めて知ったよ!
暴力なんて、ちょっと近くにあった箒を立てる陶器の筒を蹴り壊したくらいだし、威圧行為だなんてちょっと脅かしてやるつもりで睨んだだけなのに、どうしてそこまで……と思っていたけど!
そりゃオシッコ漏らすなんて、僕を避けるわけだよ!
うーん、困った。
こりゃ新聞部がこの学校を牛耳っている説、かなり濃厚だよ。
僕のヒーロー気取りの黒歴史を詳らかにした美加子先輩は、僕の反応を見てどうだと言わんばかりに不敵に笑っている。
もしかして、このまま脅されて入部を強制され、高校三年間ずっとこき使われるのでは……。
それはそれで、誰と関わることもなかった中学時代に比べれば、ある意味平穏な学校生活ではあるのかもしれないけれど……。
……。
面白くは、ないよね?
力の振るい方だとか、“普通”でいたいだとか、色々と痛い目を見て学んだつもりではあるのだけれど。
僕は根本的に負けず嫌いなんだ。
この力だって本来、あの強すぎる鬼ババアに負けたくなくて、それこそ血反吐を吐きながら死ぬような努力を重ねてようやく手に入れた力なんだ。
隠すべきではあっても、恥じるべきものではないんだ。
不満を抱いた僕は、軽く美加子先輩を睨みつけた。
「だから、なんですか? 僕の過去を吹聴して回って、また僕を孤立させますか? どうぞご自由に。ただし、その瞬間から新聞部は僕の敵です」
「あ……!」
硬直する美加子先輩───もといハイテンション先輩を残して、僕は学校を後にした。